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「少年と犬」の高橋文哉=松田嘉徳撮影
2025.3.18
高橋文哉「今までにない役。芝居観も変わった」 「少年と犬」で新境地
「少年と犬」の高橋文哉は、これまでとちょっと雰囲気が違う。「仮面ライダーゼロワン」のオーディションに合格、主演して以来、優等生的なイメージが印象にあったが、今作で演じた和正は、東日本大震災後の仙台で職を失い、被害に遭った家屋から金品を盗み出してさばく窃盗団の一員を手伝っている。伸び放題の髪、投げやりですさんだ態度。
「撮影現場でも、アウトローの姿がすごい新鮮だなって言われて。僕自身も、今までにない役をやらせてもらっているという感覚がありました」。瀬々敬久監督の狙いは「シュッとした役が多かったので、今回はチャーミングに」。それを聞いて「脚本や原作を読んでイメージしたのとはちょっと違って。ノリが軽くて憎めない、いいヤツだよなっていう男になりました」
仙台から熊本へ 多聞がたどる奇跡の旅
「少年と犬」は、馳星周の直木賞受賞作が原作だ。東日本震災の後、犬の多聞が飼い主をなくし、大切な人を探して仙台から熊本まで5年をかけてたどりつく。その途中でさまざまな人と出会い、その人生を変えていく様子を描いた連作短編集だ。林民夫が脚色した映画では、原作の挿話に登場する和正と美羽を中心に置き、多聞を助けながら旅をする。ファンタジーの要素も加えたロードムービーのような趣となっている。美羽役は西野七瀬。
「和正の気持ちが想像できないとか、理解できないということは全くなかった」。和正は家族を養うためとはいえ違法行為に手を染め、すさみかけていた。それが迷子になっていた多聞を飼い始め、心を通わせて自らを省みることになり、「何かひとつでも、いいことをしたい」と多聞の旅を助ける決意をする。
「少年と犬」©2025映画「少年と犬」製作委員会
「信じがたい話。でもあり得るかも」
「和正は、素直で真っすぐ。自分を押し殺しながら、生活のため家族のために生きてきて、芯の部分がちょっと浮ついて揺れていた。でも多聞によって、彼の奥に眠っていた正義感というか、大切にしなきゃいけないものをもう一度見つめ直した。『何か一つでも、いいことをしたい』ということを口にしたのは初めてでも、何度も思っていたのではないかな。そこが和正のゴールだと、役を作りました」
多聞は出会った人々の気持ちを理解するかのように振る舞い、導いていく。和正と美羽も多聞を通じて知り合い、互いを思い合うようになる。「犬ってこういうことあるよね、という映画ではないと思います。むしろこんなことあるのかなという、信じがたいお話。多聞は特別な感覚で、遠く離れた愛する人を感じてそこに行こうとする。動物と人間の間にしか起こりえない奇跡でもあるし、動物と人間の壁を、関わった人たちの絆で乗り越えていく奇跡でもある。普通では想像もできなくても、この映画を見たらあり得ると思うかもしれませんね」
気持ちを見せた? 〝名演〟に助けられ
小さい頃からずっと犬を飼っていて、犬が登場する映画にも思い入れがあるという。「小学校高学年だったか、『犬と私の10の約束』という映画を見て、今も大好きなんです。何回見ても泣いてしまう。好きすぎて、他の犬の映画を見るのをためらうくらい。こうして自分が犬と共演して皆さんに届ける側になるなんて、大人になったなあと思いますね」。「犬と私の10の約束」は、犬を飼うための心構えを説いた10カ条を基にした作品だ。
多聞を演じたのは、警察犬としても活躍したジャーマンシェパードのサクラ。映画に犬が登場する時は、通常何匹もが交代で演じるものだが、サクラは1匹で通したという。「サクラは寂しそうだったり、うれしそうだったりするんです。それをいいタイミングで出してくる。多聞の感情が見えてくるような気がしました。不思議でした。多聞をいとおしく感じる瞬間があったし、撮影が終わる時は寂しかったです」。
調理師から俳優へ
今や新人俳優の登竜門となっている「仮面ライダー」シリーズの主役を2019年に射止めて一気に知名度を上げ、活躍が続く。24年は映画3本が公開された。「からかい上手の高木さん」で高木さんに振り回される好青年、「ブルーピリオド」で主人公の進む道を示す女装の友人と、原作漫画の印象的な役どころを違和感なく演じ、オリジナル脚本のミステリー「あの人が消えた」では事件に巻き込まれる配達員で主演した。ドラマも「伝説の頭 翔」(テレビ朝日系)で2役を演じ、NHK連続テレビ小説「あんぱん」にも出演する。映画、ドラマで役柄を広げている真っ最中である。
しかし、幼いころの夢は調理師だったそうだ。「母親が料理が得意で、手伝ううちに、だんだん自分でも。小学4年のクリスマスには、サンタさんに自分用の包丁とフライパンを頼んだんですよ。母親と取り合いになるから」。高校時代に調理師免許も取得した。それでも「芸能界に挑戦したい」と両親に相談し、卒業を条件に許しをもらったという。
演じることにワクワクする
「演じるのはワクワクしますね。最近はがむしゃらにやっていくというより、自分なりに考えて、時には俯瞰(ふかん)して分析しながら、楽しんでいます」と語る。芝居への向き合い方が今までとは違ってきたと感じているという。「瀬々監督の下で演じたことで、芝居観みたいなものも変わった気がします。毎日が勉強です」。瀬々監督に言わせれば「フレッシュで羽ばたいている。僕たちの尺度では測れない、新しい感性を持っている」。瀬々監督といえば、妻夫木聡、岡田准一らスターの駆け出し時代も知る大ベテラン。多くの俳優を育てた人気監督をうならせる、新世代である。
新境地に挑み、サクラの〝名演〟にも支えられたこの映画を「見た人それぞれが、登場人物の誰に共感するかで受け止め方も変わってくるのではないかな。素直に受け入れてほしいです」と語る。そして「『少年と犬』というタイトルの意味も、考えてもらえたらと思います」と付け加えた。