音楽賞を受賞した青葉市子=内藤絵美撮影

音楽賞を受賞した青葉市子=内藤絵美撮影

2023.2.09

音楽賞 青葉市子「こちらあみ子」 即答で「やります」 「可動域が広がる体験だった」:第77回毎日映画コンクール

毎日映画コンクールは、1年間の優れた映画、活躍した映画人を広く顕彰する映画賞。終戦間もなく始まり、映画界を応援し続けている。第77回の受賞作・者が決まった。

勝田友巳

勝田友巳

海外でも人気のシンガー・ソングライターとして活躍する青葉市子。映画音楽は初めてだったが、「あみ子に呼ばれた」と依頼を即答。音楽は〝気配〟となって画面に存在し、毎日映画コンクール音楽賞を受賞した。
 


 

自分の枠を壊してくれた

今村夏子の原作は友人に勧められて読んでいた。「その子とは沖縄の戦争を題材とした演劇で一緒に仕事をして、命を分け合うような作業をいっぱいしたんです。『お前、これ読め』みたいな感じで渡してくれて、読むというより深く入りこむみたいな感覚でした」

 

「あみ子は、自分が普通だと思っていること、線引きや枠を、どんどん壊してくれる。驚くかもしれないし、一時はふさぎこむかもしれない。でもあみ子に出会った人たちは、柔らかい人になる気がする。会うと会わないだったら私は会いたい」

 

「その友人とは、なぜかお互いに『あみ子』と呼び合うようになって。あみ子の個性、気配みたいなものが体の中にインプットされていました。記憶のいくつものレイヤーの中に、いろんなあみ子が存在している。だから私にとっては、映画とか物語の中の女の子だけではないんです」

 

© 「こちらあみ子」フィルムパートナーズ


同情せず、気配として漂った

もちろん、原作を読んだときに映画化の話は知らないし、まして自分が音楽を担当するとは思ってもいなかった。しかし森井勇佑監督からの依頼には「やります、と即答でした。運命みたいな感じで」

 

あみ子は自由奔放、純真無垢(むく)、思った通りに突き進む。時にとっぴな言動に周囲は慌てるが、あみ子はお構いなし。家族や学校の出来事を、あみ子の視点から描いていく。青葉の音楽は出しゃばらず引っ込まず、あみ子の周囲に漂っている。選考では「独特の感性を持つあみ子を優しく見守っている」と評された。

 

作曲にあたって意識したのは「登場人物の誰かの気持ちに、特別同情しないこと」。森井監督からも「誰かの個性を引き立たせるのではなく、あみ子を含めてこの世界にうごめいている、かすかな気配みたいなものになってほしい」と求められた。「あみ子やお父さんやお兄ちゃんの気持ちを、音楽でプッシュするより、みんながいる空間の動きを捉えるようなところに意識を使いました」

 


実母の視点で「ちゃんと見てたよ」

そしてもう一つ。物語には登場しない、あみ子の実母の視点だ。「本当のお母さんがあみ子を見てたら、どんな気持ちだろうと監督に言ってもらって、主題歌が書けた」。「あみ子の本当のお母さんを画面に出していいんだったら、キャスティングしたかった」とも言われ「大きな鍵になりました」。

 

主題歌の「もしもし」は、「もしあなたに迷う日がきたら どうかそのまま 耳を澄ませて」と語りかける。「あみ子が1人でスキップしてる時もクッキーのチョコをなめてる時も、お母さんはちゃんと見てたよ、応答しない無線の先にちゃんといたよ、と」

 

楽曲の中に時折、涼しげな鈴の音が聞こえてくる。取材でも身に着けてきたガムランボールの音という。「お母さんの気配として使おうと、最初に定めました。この音が鳴ると、お母さんが近くにいるんです」

 


映像には音のニュアンスがある

普段のステージではクラシックギターの弾き語りだが、今回は「最初に触れたのはピアノでした」。劇中、歩いて行くあみ子の足跡がリズムになり、「オバケなんてないさ」を歌い出す。「ここは一番たくさん楽器を使いました。歌詞の4番まで同じメロディーが繰り返されて、映像はカラフルに変わっていく。音楽もそこは一緒にいたいなと思って、4番分アレンジしました」

 

ふだんの曲作りは「音楽の流れている筒みたいな領域があって、感情の動きが激しくなって命が凝縮される瞬間に、そこに触れてくみ取ってくるみたいな感じ」と表現するが、今回はまず映像ありき、物語ありき。

 

「視覚の情報はすごく強いし、原作者もいる。その枠を守りつつ、いかに自由に『あみ子がいる世界』になるかを意識しました。映像には、あみ子が歩く音、走る音があり、動きの速さがある。座った時に椅子をギーッと引く音。声の張りや強さ。そういう時に付く音のニュアンスは、決まってるんじゃないかと思うんです。物語のバランスや尺の中で役割を担っている気がしますね」

 


ゼロテークだった主題歌「もしもし」

これまでも演劇の劇伴は手がけてきたが、舞台と映画はまた違う。「舞台はお客さんがどこを見るか、選択肢が広い。舞台のどこを見るか、見ようと思ったら劇場の天井だって。でも映像は、決まった枠の中での表現で、いかに見えてない部分の気配を伝えるかが重要なポイントだと思います」

 

森井監督はシナリオ準備中に青葉の曲を聴いて、ぴったりだと依頼したそうだ。音楽を付ける場所の映像を決め、青葉がメロディーの候補を作って監督が選ぶという作業。「監督はよくスタジオに来てくれたし、SNSですぐに返事をくれた。スムーズだったと思います。すごく楽しく取り組みました」

 

森井監督とはゼロテーク志向が一致したとか。ゼロテークとは、音声チェックのための試し撮り。「普段から、私はゼロテークが好きなんです。準備してない時に、本当の輝きみたいなものが出ることがあって」

 

「もしもし」も、実はゼロテーク。「ピアノで弾いて試し撮りして、その後2回ぐらい重ねて撮ってるんです。自分で聞き比べて、最初のが好きだと思いながらそのことを言わずに監督に投げたんですね」。森井監督が「これで」と選んだのがゼロテーク。

 

「デモ音源の時点で、ギターにしたらどうかとか、音楽プロデューサーなんかの意見をもらったんですけど。私はなぜかピアノでやりたいと思って。監督が『いい』って言ってくれたので、ずれてない、大丈夫だと思いました」

 


大沢一菜の強さですべて大丈夫

あみ子を演じた大沢一菜(かな)は、演技未経験の小学生。オーディションで見いだされ、唯一無二の存在感を発揮している。資料の写真で大沢を知って「彼女の存在感は、すべてを大丈夫にしてくれた」と振り返る。

 

「原作と、何というか、私たちの生身の世界、物語と私たちが生きているこの次元を、結びつけてくれる強さが、一菜さんに宿ってるなって思ったんです。だから全然心配しなかったです」

 

試写で会った大沢とは「数秒で友だちみたいになった」と笑いながら。撮影現場でも暴れ回ったという大沢は、歌のレコーディングでもヘン顔をして周囲を噴き出させ、全然オッケーが出なかったとか。「サービス精神が旺盛っていうのかな」。大沢のお気に入りと同じ犬のぬいぐるみを偶然見つけ、思わず購入。写真で一緒に写っているのが、その犬である。

 

映画音楽は「新しい扉が開く感じがした」という。「自分では作っていない柱みたいなものを授けてもらえる。こんなこともできるんだと、可動域が広がって、とても楽しかったです」。活動の幅は、まだまだ広がりそうだ。



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ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

内藤絵美

ないとう・えみ 毎日新聞写真部カメラマン

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