第78回毎日映画コンクール 日本映画優秀賞「ほかげ」 塚本晋也監督=玉城達郎撮影

第78回毎日映画コンクール 日本映画優秀賞「ほかげ」 塚本晋也監督=玉城達郎撮影

2024.1.27

「どうせなら思い切ってちっちゃく」逆転の発想が生んだ敗戦直後の日本のリアル 日本映画優秀賞「ほかげ」 塚本晋也監督

毎日映画コンクールは、1年間の優れた作品と活躍した映画人を広く顕彰する映画賞です。終戦間もなく始まり、映画界を応援し続けています。

勝田友巳

勝田友巳

反戦をテーマとした3連作で、毎日映コン連続受賞。「野火」(2015年)は監督賞と自身の男優主演賞、「斬、」(18年)でも男優助演賞。「3作連続、うれしいです」

「ほかげ」はベネチア国際映画祭など各地で上映されたが「反応が、はっきり分からない映画」と、心配していた。「終わった時に拍手喝采になるとか、ノリノリという作品ではない。拍手も、いい意味か悪い意味かはっきりしない。どう伝わるか未知数で、こうして賞をいただいて、作って良かったと思いました」


 

終わらない戦争を生きる人たち

終戦直後の日本を舞台に、終わらない戦争を生きる人々を描く。家族を失い焼け残った居酒屋で体を売って暮らす女、戦災孤児の少年、心身に傷を負った復員兵。「『野火』を作った時に、終戦は『戦争が終わったバンザーイ』ばかりではなかった、戦争が終わっていない人たちがたくさんいたことを知ったんです」

2人の復員兵に、これまでの日本映画ではあまり描かれなかった戦争の側面を託した。1人は心優しい元教師だが、爆発音におびえて暴力を振るい、取り戻しかけた平穏な生活を失う。もう1人、戦地のケガで片腕が使えなくなったテキ屋は、戦争中に残虐行為を強制した上官への復讐(ふくしゅう)を企てている。PTSD(心的外傷後ストレス障害)は癒えることのない戦争の傷痕だ。

「戦場では『殺す』という目的があって、限度を超えて暴力的になってもおかしくない。敵の兵隊を殺すのもそうだけれど、一番恐ろしいと思うのは、女性や子ども、赤ちゃんまで手にかける精神状態になってしまうこと。戦地から帰って平穏な生活を送っていても、自分がやったこととのギャップに苦しんで発症する。うつろな虚脱症状になる人もいれば、異常な暴力を振るう人もいた」


「ほかげ」©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

戦場での加害を描かなければ不十分

昨今問題になっている、親から子への暴力の連鎖も、遠く戦争に起源があるのではないかと考える。「暴力を受けて育った子どもが、自分の子どもに暴力を振るう。それが戦争から帰ってきたお父さんから始まっていることも、十分考えられる。そうすると、戦争は終わらせればいいというものではない。始めてはいけないと、つくづく思う」

日本の戦争映画では、日本人は被害者として描かれるか、大義のために命を賭して戦ったと英雄視されることが多かった。「被害者としての悲劇だけでは、戦争の恐ろしさを描ききれない。ほんとうに怖いのは加害行為をしてしまうこと。その、底の抜けたような、虚無的な恐ろしさを描かないといけないのではないか。戦争はエンタメにしてはいけない。ヒロイズムやスペクタクルでお客さんを気持ちよくしたら、若い人を恐ろしい方に誘導してしまう」


焼け跡のミニチュア「妻が4カ月かけて作った」

選考では、そうした思いを伝える熟練の手法も高く評価された。例えば作劇。前半は焼け残った居酒屋兼住宅のセットで、男女と子どもの3人による室内劇。後半はロケ撮影でテキ屋と少年が山道を歩くロードムービー。簡素でシンプルながら、小規模でも作り込んだセット、前後半でがらりと趣が変わる構成の妙。

ヤミ市を舞台にした大作の構想があったものの、資金調達が難しく方針転換した。「予算が集まらないまま粗削りで類型的なものにするよりは、思いっきりちっちゃくした方がいい。生理や肌感覚に近い視点で、焼け落ちた家にいる1人の女と周囲の気配に静かに目と耳をこらすことで、真実に近いものができるんじゃないか」

あるいは病を得た女の家の畳に、東京の焼け跡が現れる幻想的な場面。閉ざされた空間が突然広がりを持ち、戦争の記憶をよみがえらせる。焼け跡をミニチュアで再現した、塚本映画ならではのアイデアだ。「脚本を書いてると、画(え)が自然に出てくるんです。女の病気がうんで広がっていくイメージと、空襲で焼けた町並みが重なって、畳の上に崩壊した都市が現れる。大きなスケールでできないことを小さくするなら、つまらなくしたくない。むしろその方が良かった、面白かったとしたい。CG(コンピューターグラフィックス)で焼け跡を見せるより、病気のグツグツ感と家が焼けるイメージをダブらせながら焼け跡に広げていった方が、映画的な面白さが出るんじゃないか」

ミニチュアは塚本監督の妻が3、4カ月かけて作ったそうだ。「〝とんち〟と呼んでるんですけど、コペルニクス的発想でいちばん大変なところを楽に、効果的にする方法はないかと常に考えています」

撮影も自分で「ミリ単位でベストのポジションに」

今回は撮影も自身で担当した。「そこは大事でした」。小型で高性能のカメラを手に、狭いセットの空間で動く俳優に密着、シーンの最初から最後までアングルを変えて何度も撮影した。「小さな作りで始まった映画だし、俳優の息づかいを見逃さず、一番いいところにミリ単位で入りたかった」。毎日映コンで2度も俳優賞を受賞し、23年も「シン・仮面ライダー」に出演。準備段階では「塚本さんがやれば」と言われた役もあったというが「今回はその気になれなかったです。カメラに集中したかった」。

凝縮されたドラマを支えたのは、俳優たちの力量だ。前半の主役、趣里。「『生きてるだけで、愛。』のエキセントリックな役が素晴らしかった。自分の映画もエキセントリックだから、いつか出演してもらおうと思っていました。ところが会ってみたら普通の方で、役が憑依(ひょうい)するタイプだと分かった。楽しみでしたが、想像以上でした」

テキ屋役の森山未來には「制約を課したらどう演じるかな」と利き腕をケガした設定に。監督の提案に「それでいきます」と乗ったという。「拳銃を扱うのも片手だけ。どうやるんだろうと、仕掛けながらセッションした感じ」


弱虫と言われても、戦争はしない

安倍晋三政権が特定秘密保護法を強引に成立させたのが13年。「日本が戦争ができる国になる」と危機感を覚えて、「野火」に着手した。以来10年近く。「一番の心配事を映画にしてきた。そうせずにいられなかった。戦争に絶対近づきたくないという思いに共感してくれた人がいて、ホッとします」。ただ危機感は高まるばかりという。

「日本に戦争を実感した人がいなくなる。世界がきな臭くなっている中、周りが押し寄せてきたらどうする、戦争もしょうがないと考える人が相当数いる。それでも、弱虫と言われても、踏みとどまって戦争は絶対にしないという立場を守らないとまずい」

「戦争ばかりの監督じゃないんだけれど」と言いつつ、もう1作と取り組んでいる。ベトナム戦争が題材の、相当な大作になりそうだという。「これだけは作って一石を投じないと、終われない」。「ほかげ」の評価が、製作の後押しになるといいのだが。

【第78回毎日映画コンクール】
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ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

玉城達郎

毎日新聞

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