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2024.1.20
毎日映コン女優主演賞杉咲花の「表現しない」演技 「他人も役も分からない。だから想像できる」
「忘れられない作品で評価していただけたことが素直にうれしい」と声を弾ませた。初の単独主演で手にした受賞に笑みがこぼれる。「お芝居をしていてこれまで味わったことのない経験をたくさんさせてもらった作品」と「市子」との出会いを改めて喜んだ。
心とらえた監督の手紙「受けない選択肢ない」
映画は、同せいする長谷川(若葉竜也)からプロポーズを受けた翌日に失踪した川辺市子の真実を、彼女と関わった人たちの証言から浮かび上がらせた。底知れない痛みを抱えた市子の宿命を、すさまじい存在感で演じ切った。
戸田彬弘監督から届いた手紙が心をとらえた。「監督人生の分岐点になる作品、と書かれていた。それだけ思い入れの強い作品で必要とされたことが何より光栄だった」。脚本も血のにじむような思いで書かれたことがうかがわれ「役を演じることに震える思いだった」と話した。「市子がどのようなものに幸せを感じるのか知りたかった」
作品を受けるとき、俳優としての自分、もしくは日々を営む自分のどちらかが、価値を感じたり意味があると思えたりする作品に関わりたいという気持ちがあるのだという。「市子」にはそのどちらの感情もあった。「受けない選択肢は全くなかった」と明快だ。
©2023 映画「市子」製作委員会
分かったつもりになってはいけない
「社会の一員として穏やかに暮らしたい、それだけを願って生きている人と感じた」。市子の人物像をこうとらえた。その背景として役立ったのは、戸田監督が作り上げた市子の年表だった。「生まれてから現在に至るまでにどんな時間を過ごしてきたのか、かなり細かく書き起こしてくれた。とても参考になった」
戸田監督は市子について、何度聞いても「数多く回答をくれたが、常に断定的な言い方はしなかった」。「こうなんじゃないですかね」というように答えた。人の手によって生み出された人物でも、世界を生きる一人の人間なんだという敬意を感じた。「他者を知ることはできない。分かったつもりになってはいけない、ということを考えさせる物語だと思った。その感覚を大切にした」
作品の根幹への理解を深めていった。「実生活で他者のことが分からないように、役を分かることはきっとできなくて、その〝分からない〟があるからこそ想像できるし、その感覚があるから演じられる気がする」と続けた。
セリフの端々からも市子の人物像を探していった。戸田監督は淡々と撮影を進め、監督やスタッフとの間に戸惑いや大きな相違もなく、心地よく本番に向かっていく現場を作り上げた。「日々、現場にいる方たちと同じものを共有している感覚があって、素晴らしい経験をさせてもらった時間だった」
©2023 映画「市子」製作委員会
ロケハンに同行、子役の撮影に立ち合い 貪欲に吸収
撮影が行われた和歌山県のロケハンにも同行した。「舞台になった団地や長谷川君と暮らすアパートは実際に人が生活されていて、そういう場所から匂い立つものの作用を体感した」と語る。「演じる人物が触れてきたもの、過ごしてきた時間を想像していたいし、一瞬でもいいので実感を持って自分の中に流しておきたいという感覚はある。それはセットで、市子が読んでいた本などに直接触れることでもあった。触れることで、何かが違ってくると思った」
市子の小学生時代を子役が演じた撮影にも「基本的に全部現場に立ち会った。子役がどんな癖があり、他者に対してどんなまなざしを向けるのか興味があったし、そこから得られるものがあったらいいと思っていた」
すべてを吸収しようと、貪欲に役に向かっていった姿勢がうかがえる。2022年夏に撮影が行われた時も「流れてくる汗といった放出されるものが生っぽく映し出される物語だと思い、汗をそのままにしてもらったし、少し天然パーマの髪の毛が、汗をかいてうねったままにしておいた。ケアをしてもらわないほうがいいと考えたから」
湧き上がる感覚に素直でいたい
撮影に向かう時に自身に課していることを聞いてみた。少し考えてこう切り出した。「矛盾なんですけど、表現しないことです」。少し困ったような笑顔で続けた。「その時に湧き上がってくる感覚に素直でいたい。自分は作為がにじみ出てしまうタイプだと思う。でも、表現しようとしないって、難しいですよね、基本的にはできないです」
取材中、「感覚」という言葉を何度も口にした。市子の人物像、そこへのアプローチ、監督の言葉や考え、共演者について。豊かな「感覚」が、複雑な内面を持つリアルな市子を生み出したに違いない。
【第78回毎日映画コンクール】
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