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2023.6.12
毒親の問題に切り込みつつ、子供の感情も描写するラ・ミラン、イ・ドヒョン共演作「良くも、悪くも、だって母親」:オンラインの森
親が子どもの未来を心配する気持ちと、毒親になる境界線はどこにあるのか。ドラマ「良くも、悪くも、だって母親」を見ながら、改めて考えた。
記憶喪失と復讐、ありがちな要素がベースだが、オリジナリティー満載なドラマ
生まれる前に父親を殺されたチェ・ガンホ(イ・ドヒョン)は、母親チン・ヨンスン(ラ・ミラン)に厳しく育てられた。父親、後ろ盾、コネを持たない〝非力〟のガンホが、将来困らないようにと、スパルタ教育を徹底した。勉強するために遠足を休ませ、ご飯は腹八分目までしか食べさせない。満腹になると眠くなり、勉強に身が入らなくなるからだ。
ヨンスンの念願かなって、ガンホは検事になる。しかしガンホは父親を殺害したウビョクグループ会長のソン・ウビョク(チェ・ムソン)とズブズブの関係にあり、彼の家族の罪を隠蔽(いんぺい)するために無実の人を罪人に仕立てていた。
母親とは疎遠だ。ヨンスンが田舎町の家から、ガンホが暮らすソウルのマンションを訪れると、居留守を使って追い返す。しまいには、ウビョクの養子になるために母子の縁を切りたいと申し出るのだった。
正義とはほど遠い悪人そのものだが、父の真相を明らかにすることが目的だと、ドラマ後半で明かされる。父を死に追いやった人間たちに近づくガンホだが、交通事故に遭い、精神状態が7歳の子どもに戻ってしまう。
記憶喪失と復讐(ふくしゅう)という〝お決まり〟が物語のベースになっているのにもかかわらず、オリジナリティー満載のドラマである。
まず、ガンホが7歳の子どもに戻るという、従来の記憶喪失と一線を画す設定が斬新だ。そこから母子が関係を修復する巧妙な展開、毒親の問題に正面から切り込む今っぽさにも、思わず舌を巻く。終盤にかけて助っ人が突如現れる違和感はあるものの、全体として計算が尽くされている。
毒親となる母親たちの複雑な状況と思いも映しだす
このドラマの肝は、毒親になってしまった母親たちの苦闘だろう。
ヨンスンは不運続きの人生を送ってきた。画家になることを夢見ていた少女時代、 目の前で両親と弟を交通事故で失う。画家の夢を諦め、飼料店で働く。そこで出会った養豚場の社長ヘシクと結婚する。
ガンホを身ごもり、やっと手に入れた幸せはあっけなく崩れる。養豚場が放火され、ヘシクは謎の死を遂げたのだ。
ヘシクの死を早々に自殺と結論づけた警察と検察に、ヨンスンは再度捜査するよう懇願するが、ウビョクが検事とつながっており、取り合ってもらえなかった。ヨンスンは不幸が降りかかるのは、自分に権力、財力がないからだと確信する。再捜査を諦め、生活を立て直すため、近隣のチョウ里に移ってまた養豚場を始める。やがてガンホが生まれる。
ヨンスンは、チョウ里のおせっかいだが心温かい住民たちとにぎやかな日々を過ごす一方、ガンホを自分や夫のような目に遭わせまいと誓う。強迫観念に取りつかれ、鬼の教育ママになるのだった。
誰にも踏みにじられることのない検事になることを強要する。ガンホが自分と似て、絵を描くことが好きだと偶然知っても、見て見ぬふりをした。「過干渉」「支配」「管理」‥‥‥。毒親を特徴付ける言葉が浮かぶ。
チョウ里にはもう一人、悩める母親がいる。ガンホの同級生、パン・サムシク(ユ・インス)の母だ。
優等生のガンホとは正反対で、幼い頃からトラブルメーカーだったサムシクは、窃盗罪で服役し、出所した現在は借金取りに追われている。借金苦で自宅に眠る金目の物を盗み、さらにはガンホをだましてヨンスンの貴金属をせしめようとする、どうしようもないやつだ。
心根は優しく、憎めないところがあるのだが、チョウ里で問題が起こると、里の人たちはまず「サムシクか?」と疑う。両親は常に肩身が狭く、サムシク母はいい年をした息子を公衆の面前でしかってばかり。
優秀なガンホと仲良くしていれば、「出来の悪い息子が恩恵を受けられる」と思い、ガンホを引き立ててきた。そんな母に対し、サムシクは「俺の誕生日には仕事を優先したくせに。ガンホが大学に合格した時は店を閉めて祝ってた」とぼやく。
ある日、ガンホとヨンスンの養豚所が放火され、ガンホが建物の中に取り残されてしまう。その場に居合わせたサムシクは、ガンホを救うため、燃える養豚場の中に飛び込む。息をのむチョウ里の人たち。ほどなくして、サムシクはガンホに背負われて無事に戻ってきた。
「お前に万一のことがあったら、父さんと母さんはどうなる」としかるサムシク父。その後に続く言葉が切ない。
「お前が悪く言われるのが嫌で、人様より先にののしってた。お前が殴られる姿を見たくないから、人様より先に母さんはお前を殴ってた。我が子に厳しくする親の気持ちが分かるか?」
サムシク母を毒親とは呼ばないだろう。しかし、我が子を守ろうとするあまり、結果としてサムシクを傷つけていた点はヨンスンと似ている。程度の差こそあれ、子を思う親の気持ちは思いのほか複雑だ。
プロットだけでなく、イ・ドヒョンの振り幅ある演技も見どころ
親を思う子の気持ちはどうだろう。子どもに戻ったガンホは、食事を拒む。息子は生きる意思を失ってしまったのではないか——。不安にかられたヨンスンが、ガンホに問いただすと、ガンホはこう答える。「満腹になると眠くなる。そしたら勉強できない」。勉強に集中するために味わった幼少期の空腹感を、身体が覚えていたのだ。
親の愛情に飢え、時に母を憎み、敷かれたレールを歩んだガンホが、検事になって復讐を決意したのは、母の苦労を理解していたためだ。ヨンスンに危害が及ばないようにと、離縁を迫った胸中いかばかりか。
7歳に戻ったガンホは、母を慕いながらも、ブタをペットにしたいと言い出したり、言いつけを守らずに勝手に外出したりする。母に思う存分、甘えられなかった幼少期を取り戻すように。
ヨンスンは相変わらずスパルタな一面を持つが(半身不随のガンホのリハビリと称して荒療治を行うあたりは、さすがである)、過去を反省し、ややトーンダウンする。2人の心が通い合うようになる。
プロットの良さはもちろんだが、イ・ドヒョンの演技もドラマの大きな見どころだ。復讐に燃える冷酷な検事、あどけない7歳児、さらには回想シーンで無口な高校生、恋人との幸せな時間を過ごす大学生役を演じ分けている。
イ・ドヒョンは、「刑務所のルールブック」(2017年)でデビュー後、「ホテル・デルーナ」(19年)、「Sweet Home -俺と世界の絶望-」(20年)、「ザ・グローリー~輝かしき復讐~」(22年)などの話題作に出演。主演した「18アゲイン」(20年)では「百想芸術大賞」新人演技賞を受賞した。定評のある演技力を、本作で存分に発揮した。
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