「正欲」ⓒ 2021 朝井リョウ/新潮社 ⓒ 2023「正欲」製作委員会

「正欲」ⓒ 2021 朝井リョウ/新潮社 ⓒ 2023「正欲」製作委員会

2023.11.14

多様性のまやかしに気づいた「正欲」 こんな自分も〝普通〟でしょうか

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

田野皓大

田野皓大

「〝普通〟って、なに」。映画を見ながら、思わずつぶやいてしまった。「正欲」の登場人物は、あるものに性的興奮を覚える特殊な指向を持っている。「正しい」欲とはなんなのだろうかと考えさせられ、社会を見る目が少し変わってしまった。

 
 

アレルギー持ちで「特別扱い」されていた

突然だが、私は魚や卵、牛乳にアレルギーがある。昔は今のようにアレルギーがあまり理解されておらず、幼稚園を渡り歩いたし、小学校では母のお弁当を毎日持参していた。「田野くんだけ弁当でいいね」とよく言われ、修学旅行でも同じ班の級友の親が「子どもたちの旅行がどうなるのか」と訴えてきた。「特別扱い」の子どもだった。
 
成長するにつれて症状は軽くなり、周りの人と同じ食事をすることも多くなった。〝普通〟になって気が楽になった半面、今度は自分がアレルギーだと言うことが恥ずかしくなってきた。「その場の雰囲気が壊れてしまったらどうしよう」「めんどくさいと思われないか」などと考えると、口に出せない。そんなこんなで、その場の空気でアレルギーのものを我慢して食べてしまい、こっそり症状を起こしていることが多々ある。アレルギーであると伝えるにも、非常に勇気がいる。
 
「正欲」に登場する大学生の諸橋は、私と同世代だ。自分の特殊な性的指向を隠して生きている。アレルギーと一緒にするのは申し訳ないようなものだが、「人に言えない」という立場には親近感がわいた。しかしさすがに、アレルギーで「バレないように死にたい」とまで思い詰めることはないから、その言葉は衝撃だった。性癖を知られてはならないとおびえながら生活している気持ちは、私のアレルギーの比ではないだろう。


「正欲」ⓒ 2021 朝井リョウ/新潮社 ⓒ 2023「正欲」製作委員会
 

実は鉄道好きだけれど

またしても唐突だが、私は幼い頃から鉄道が好きだ。だが「撮り鉄」の迷惑行為が問題になるご時世もあり、鉄道好きと口に出しにくい。学校で同好の士を見つけてグループを作り、マニアックな話で楽しんでいる。自分を隠さずに話ができる気楽さと言ったら!
 
そんなわけで、諸橋が同じ志向の佐々木や桐生とSNSで巡り合ってグループを作るくだりでは、やっと自分と気持ちを分かち合える同士を見つけた喜びを、多少なりとも理解した。人は、どれだけ独りがよくても、一人では生きていけない。そんなふうに感じた。諸橋たちの顔が明るくなったように見えた。しかしそれもつかの間で、小児性愛者と誤解されて逮捕されてしまう。


 

カミングアウトできる世の中を

取り調べに当たるのは検事の寺井だ。彼は「普通」を連呼する。不登校の息子に「道から外れた生き方なんてさせられないだろ、普通じゃなきゃ」と吐き捨てるように言う。自分の理解できない指向は否定して、存在しないものとする。諸橋の特殊性癖を「あり得ない」と聞く耳も持たず切り捨てる。彼は、現代の社会の大半の考えを映し出していると感じた。
 
アレルギーも鉄道好きももちろん犯罪ではないし、周囲に気まずい空気が漂うかもしれないという私の気後れも、「気にしすぎ」かもしれない。だが、少数派の肩身の狭さの一端は感じている。無理して自分の指向を暴露する必要はない。しかし、それを開示しても、軽蔑されたり排斥されたりしない社会を最低限作ることが大切だ。寺井のように、自分の価値観で物事を判断するのではなく、よく相手の話を聞き理解しようとする努力が不可欠だと思う。


決められた範囲の「多様性」でいいのか

世間ではしきりと「多様性」が叫ばれているし「LGBT理解増進法」も施行された。しかし、私も含めて本当に理解できているのだろうか。都合のいい時にだけ使っていないか。大多数の人間が寺井のような考えであれば、多様性は決められた範囲でしか認められず、そこからはみ出せば世間の価値観を押しつけられて潰されてしまう。少数者に合わせるべきだという考えには賛同する。しかし趣味や嗜好(しこう)が細分化された現代は、無数の「少数派」の集まりだ。正直、具体的に何をすればいいのかわからない。
 
桐生と佐々木の高校時代のシーン。授業で生徒の一人が、新聞の切り抜きを紹介する。水道の蛇口を壊して逮捕された容疑者が、水が大量に出るところが気持ちよかったと供述しているとの内容に、教室中が「なんだ、それ! 水で興奮だなんて」と大笑いする。もし今、同じことを同じ状況で聞かせても、おそらく皆笑うだろう。水に興奮する指向は「多様性」に含まれないのか。そんなに社会は変わらない。変えるのは難しい。

ライター
田野皓大

田野皓大

たの・あきひろ 2003年埼玉県生まれ、日本大学国際関係学部国際教養学科在学中。高校時代は演劇部で、演出や舞台美術などを担当。23年5月より毎日新聞「キャンパる」編集部学生記者。