毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2022.5.06
この1本:「マイスモールランド」 隣に生きる難民の鼓動
戦火を逃れたウクライナからの避難民を政府が受け入れ、「準難民」なる新制度も検討するという。困難にある人がいち早く救われたのは本当によかった。しかしそれなら、助けを求めて来日しながら長い間非人間的扱いを受けている、難民申請中の人たちの救済だってできるのではないか。「マイスモールランド」は、日本にいる難民の苦難と、その心境に分け入ってゆく。
17歳の高校生サーリャ(嵐莉菜)は、父親と弟、妹とともに埼玉県川口市で暮らしている。一家はクルド人で、迫害を逃れて日本にやってきたのだ。コンビニでのアルバイトに精を出し大学進学を考えていたが、難民申請が不認定となって在留資格を失うと、労働を禁じられ移動も制限されてしまう。さらに父親が入管の施設に収容され、生活はたちまち困窮する。
サーリャの苦境が絵空事でないことは、日本に暮らす難民たちを追ったドキュメンタリー映画「東京クルド」(日向史有監督)や「牛久」(トーマス・アッシュ監督)などを見ても分かる。日本の難民政策の非情さを改めて訴える。
映画が描くのは、政治の壁にとどまらない。サーリャを通して、日本社会の窮屈さも浮き彫りにする。10年以上日本に住んでも「日本語上手ね」と話しかけられ、クルド人社会では同胞の青年との結婚を期待される。彼女をドイツ人と思い込んでいる学校の友人に真実を明かせない。制度から厄介者扱いされると同時に、無意識の偏見や思い込みも道を塞ぐ。日本とクルドの間で民族や国籍を押しつけられてサーリャは居場所を見つけられず、心身共に身動きが取れなくなっているのだ。
無知だが素直で真っさらな聡太(奥平大兼)が、映画の救いとなる。これが第1作の川和田恵真監督、生硬さが随所にあるものの、社会への確かなまなざしと、物語ろうとする意思が頼もしい。1時間54分。東京・新宿ピカデリー、大阪ステーションシティシネマほか。(勝)
ここに注目
クルド人の精神性を守ろうとする父マズルムと、クルドと日本のアイデンティティーの間で揺れ動くサーリャの素直な心情を描いたことで、物語に一本筋が通った。学校での友人たちとのさりげない会話や教師との面談、バイト先のコンビニ店長や家主の対応、通り一遍の言葉しかかけられない弁護士などサーリャらを囲む現実の厳しさ、身の周りにある偏見と悪意のない不誠実さを突きつける。世間の不正義や普通に生きようとする権利を奪う〝暴力〟の根深さを考えれば、ストレートで単調な語り口など取るに足らないことである。(鈴)
技あり
実力ある四宮秀俊撮影監督が撮った。サーリャと聡太が土手に行って座るまでを、柔らかく揺れる手持ちで追う。後ろ姿の2人の間に動くのは、橋脚の間に光る川の流れだけ。静かな瞬間から正面への切り返しで、打ち解けた話が始まる。また、帰国を決意した父親とサーリャの収容施設での面会場面。サーリャの涙が必要で、前後半に分けて後半の泣くところから撮ろうとしたが、四宮が「このシーン、頭から撮っていいですか」。これは正解。別れを意識する親子の感情が徐々に高まり、ついに涙が光る。優れた撮影監督と組んでよかった。(渡)