「すうぷ」

「すうぷ」©︎株式会社THEATERROOM

2024.8.01

とんこつラーメンの本場・福岡のシンガー・ソングライターが見た「すうぷ」 失敗を恐れないことの大切さを感じた

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

波多野菜央

波多野菜央

沸々と湧きあがるこのやる気

あぁ、たまらない! 今私は、濃厚なとんこつラーメンがたまらなく食べたい。普段、麺類ではうどんを選ぶことが多い私だが、あの独特な香りとパンチ力のあるスープを強く欲している。きっとこれはただの食欲ではない。映画「すうぷ」を見て沸々と湧きあがるこのやる気を、もっと「バリカタ」にしたいからだ。


熱いヒューマンドラマ

今や福岡グルメの代表である「とんこつラーメン」といえば白濁したスープが特徴だが、その誕生のきっかけは、あるアクシデントによるものだったという。この作品はそこに焦点を当て、麺とスープのように絡み合う不器用なキャラクターたちがそれぞれの困難を乗り越えていく、熱いヒューマンドラマである。

仕込みに失敗し白く濁ったとんこつスープ

時は昭和、まだとんこつラーメンのスープが透明だった頃。屋台「久三」の店主、久三(陣内孝則)は頑固でけんかっ早い性格ながらも、常連の客に支えられ屋台とラーメンに人生を懸けていた。ある時、その常連の一人である小企業ハヤマ万年筆に勤める博文(高橋佳成)はボールペンの発注ミスにより大量の在庫を抱え、これを1カ月で売り切らなければクビと宣告を受ける。同じ頃、久三も借金取りから多額の返済を迫られ、店の存続が危ぶまれる事態に。うなだれる2人の前には、久三が仕込みに失敗し白く濁ったとんこつスープ。博文がそれを一口飲んだ瞬間、物語は大きく動き出す……。

失敗を恐れないことの大切さ

生活を顧みず仕事に熱中し家族に愛想を尽かされたうえ、屋台まで失いそうになる久三。存在すら浸透していない高価なボールペンを大量に売らなければ、職をなくす博文。まさに窮地に立たされた2人。彼らが壁に立ち向かう姿からは「失敗を恐れないことの大切さ」を強く感じた。

見えない殻の破り方を探していた

個人的に、導かれたようなタイミングで出合えた作品だった。最近「菜央ちゃんは、失敗を極端に避けるよね」と、心当たりしかない言葉をもらったばかりだったのだ。奇麗に見せたい、よく思われたい、認められたい。必要以上に周りの目を気にし、石橋をたたいてたたいて結局渡らない。そんな場面が多い私は、この見えない殻の破り方を探していた。そんななか、博文の「失敗かどうかは最後までやってみらんとわからんやん」というセリフが心に響いた。その通りだ。むしろ成功といえるまでやり続ければ、それは成功の一歩目となる。弱気な博文が言うからこそ効く、一緒に一歩を踏み出してくれたような印象的なセリフだった。

いかにそこに魂や情熱を感じるか

もうひとつ、シンガー・ソングライターとして、よく考えることがある。それは「いい歌」について。つまるところは好みの問題であって、きっと答えのない永遠のテーマだ。例えば、音程が寸分たがわず取れていてカラオケの採点で100点を記録しても、その歌が人の心を動かすとは限らない。一方で、台所でお母さんが何気なく歌った、歌詞も曖昧な鼻歌交じりの歌がずっと心に残ったり、かすれた歌声や潰れたような歌声がどうしようもなく心を震わせたりすることもある。白濁したスープを飲んだ博文の「ちょっと臭みがあってクセになる」という一言は、私が歌う時にいつも意識していることにも通じていた。整って透き通っているものが、いつも正解とは限らない。もちろん、久三のように澄んだスープへこだわりを持ちそれを追求する姿に共感をしつつも、それまでの常識を超えていく姿勢に、とても勇気をもらった。私が「いい歌」において大事だと思う要素は、表面的な美しさではなく、いかにそこに魂や情熱を感じるかである。一般的にアクや臭みとされる部分も味となりクセになっていく。日々もんもんとしていたことを、とんこつスープと重ね合わせる日が来るとは思いもしなかった。

エネルギーは、終盤に行くほど火力を強めていく

多少荒くも人情味あふれる方言とテンポのいいカットで、冒頭からスムーズに作品の世界へ引き込まれた。とんこつラーメンの発祥とされる福岡県久留米市と福岡市で撮影されたことが、題材への愛と、そこに携わっている人々へのリスペクトを感じさせる。福岡が誇る名俳優・陣内孝則さんの声、目線、表情は言わずもがな熱気の源となっているが、対峙(たいじ)する高橋佳成さん演じる博文が見せる成長も、また違うベクトルの熱を帯びていた。監督の山口寛明氏も福岡市出身で、26歳という若さでこの映画を作り上げた。彼らの作品にかけるエネルギーは、終盤に行くほど火力を強めていく。

うまみと勇気が凝縮された作品

主演2人が向かい合うキービジュアルの表情も、観賞後にはより一層のドラマを含んで見える素晴らしいショットだ。欲を言えば彼らが奮闘する様子をもう少し見たかったが、それはスープが冷めないうちに味わってほしい、そして替え玉をするように何回も楽しんでほしい、という監督からのメッセージとして受け取った。暑い日には心を燃やしてくれ、寒い日には温かさが体の芯から染み渡るような、うまみと勇気が凝縮された作品だった。

さあ、皆さんも、どうぞ召し上がれ。

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ライター
波多野菜央

波多野菜央

はたの・なお
1996.10.4 生まれ
北九州発シンガーソングライター 。エネルギッシュなステージングと持ち前の元気の良さは これ以上にない武器 。ストレートかつ表現にこだわった歌詞中域から低音が特徴的な説得力のある声は現代の音楽シーンで存在感を放つ。明るいキャラクターとのギャップで聞き手の心を掴み北九州を中心に イベント、TV ラジオ、CMで活動中 。
波多野菜央のプロフィール|VIRAL(バイラル)

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