私と映画館

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2024.8.30

私と映画館:父と見に行った夏

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

小学生の頃、両親がよく映画館に連れて行ってくれた。「南極物語」(1983年)は母と行った。高倉健、渡瀬恒彦演じる南極観測隊員が南極を再訪問し、置いてきた樺太犬を発見して「タロ!」「ジロ!」と叫んだ瞬間、私の感情はクライマックスに達したが、母に「トイレに行く」と言って席を立った。子ども心にも母の前で泣くのが恥ずかしかったのだ。

同じ年の夏休み、父と「スーパーマンⅢ」を見に行った。少し前にテレビで「スーパーマン」を鑑賞。クリストファー・リーブ演じるスーパーマンが愛する女性を救うため、超高速で地球の周りを回って時間を巻き戻すという展開に度肝を抜かれ、続編がどうしても見たかった。

父に東京・渋谷の映画館へ連れて行ってもらった私は鼻高々だった。同級生は映画館に行くとしても「ドラえもん」だが、自分は超かっこいいスーパーマンを見てきたのだ。しかも、渋谷という大人の街で。

私は日記に「スーパーマンⅢ」を見たと得意げに書き、夏休み明け、担任の女性教師に提出した。数日後、戻ってきた日記には赤字でこう書かれていた。「お父さんはもっと大人の映画を見たかったかもしれないけれど、優しいお父さんですね」

鼻を折られた私は納得できず憤慨した。ただ同時に「大人の映画って何だ」とも思った。今は亡き父の面影と共に色あせない夏の思い出だ。【木村光則】

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