「sio/100年続く、店のはじまり」の一場面。 ©2023 TerraceSIDE

「sio/100年続く、店のはじまり」の一場面。 ©2023 TerraceSIDE

2023.5.01

鳥羽周作シェフの奮闘を描いたドキュメンタリー「sio/100年続く、店のはじまり」:応援します!インディー魂

分かりやすく誰もが楽しめるわけではないけれど、キラリと光る、心に刺さる作品は、小さな規模の映画にあったりする。志を持った作り手や上映する映画館がなかったら、映画の多様性は失われてしまうだろう。コロナ禍で特に深刻な影響を受けたのが、そんな映画の担い手たちだ。ひとシネマは、インディペンデントの心意気を持った、個性ある作品と映画館を応援します。がんばれ、インディースピリット!

後藤恵子

後藤恵子

去年の後半からドキュメンタリー映画を見る機会が増えている。きっかけは「ソウル・オブ・ワイン」、「チーム・ジンバブエのソムリエたち」といった、好んで飲むワインにまつわるもの。その流れで食つながり、ということで興味を持った「sio/100年続く、店のはじまり」はテレビにも出演する鳥羽周作シェフを中心に、「sio」スタッフをも追ったドキュメンタリーだ。
 
おいしそうなメニューが多数登場し、100年後を目指して鳥羽シェフとスタッフが奮闘するドキュメンタリーかと思いきや、新メニューの開発やコロナ禍で通常通りの営業とはいかない中での模索は映し出されるも、「sio」をはじめとした店舗を運営する経営者としての運営のスタンスや難しさにスポットは当たっていて、起業を目指す方の参考にもなりうる内容だ。
 


異色の経歴で料理人となった鳥羽周作シェフ

 ここでタイトルにもなっているお店「sio」の鳥羽周作シェフについて紹介しておこう。鳥羽シェフは1978年生まれ。Jリーグの練習生、小学校の教員を経て、31歳で料理人に、という異色の経歴を持ち、2018年に代々木上原に「sio」をオープン、ミシュランガイド東京2020から4年連続で一つ星を獲得のかたわら、業態の異なる飲食店も運営している、と公式サイトには記載がある。
 
「sio」など展開する店舗の運営のかたわら、テレビ番組に出演してレシピを伝授、レシピ本を出版、YouTubeチャンネルでのレシピ公開、SNSでの発信など、メディアへの露出も多いが、驚くのは異業種を経験して30歳を過ぎて料理の道に入ったこと。ただ、自身の父親もシェフで原点となるものはあったのだが。
 
料理人のキャリアとしては10代、20代から下積みを経て修業を積み独立する、が王道なのだと思うが、鳥羽シェフの経歴だからこそ、自身は料理のイメージを伝え、スタッフのシェフがメニューに落とし込み、料理人は厨房(ちゅうぼう)にいるもの、という概念を覆す。そして恐らく鳥羽シェフにとって、料理とは目的ではなく、自分のビジョンを達成する手段でプロデューサー気質が強いのだと推察される。
 
だからこそ本作で語られるのは、メニューや食材へのこだわり(もちろんこだわっているはず)ではなく、「sio」の運営スタイルと店舗開発、企業トップとしての方向性・あり方なのだろう。
 

会社トップとしての孤独も抱えながら、「おいしい、で幸せの分母を増やす」をモットーに突き進む

 モットーだと語っていた「おいしい、でより多くの人の幸せの分母を増やす」。そのために100年後という長い長いタームで店舗や食について考えを実行に移していく。自身の頭の中に中長期的な具体的目標があったりはするのだろうが、劇中から分かるのは「世の中の人を幸せにするために動く」。根底にあるのはお店に来る人以外にも幸せになってもらえるきっかけを作りたい、という思いだ。
 
実行に移して2018年から5年で東京だけでなく関西、九州にも進出し現在8店舗(23年4月現在)、このスピード感はなかなか中々見られない。しかも、お店のテイストがそれぞれに違う。このことからモットーに当てはまれば自身の旗艦店とも言える「sio」のようなフレンチに限らず、立地などの条件に合わせたジャンルで展開することがうかがえる。
 
だが、ここまでのスピードでなされる店舗開発、会社の規模拡大は、鳥羽シェフとスタッフとの間に、方向性の共有、認識の齟齬(そご)、スピード感への対応という部分では、劇中で13代中川政七氏も指摘しているが、崩壊しかねない危うさも持つ。
 
劇中でも忙しさに付いていけなくなったスタッフについても出てくるが、その局面での鳥羽シェフの発言は、まさに企業のトップそのもの。トップとは得てして孤独なものだが、鳥羽シェフもまた孤独を抱えながら周囲を巻き込み、きっと周りの予想とは違う方向へも進んでいくのだろう。プロデューサーとしての鳥羽シェフの動向をがぜん注目していきたくなったドキュメンタリーだ。
 
「sio/100年続く、店のはじまり」は全国順次公開中

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ライター
後藤恵子

後藤恵子

ごとう・けいこ 熊本県出身。映画WEBメディア運営会社、広告会社で営業、映画事業などコンテンツビジネス周りを担当。2021年10月にダフネ・エンタテインメント㈱を設立。主に映画・アニメ周りのプロモーション等に携わる。