毎回、勝手に〝2本立て〟形式で映画を並べてご紹介する。共通項といってもさまざまだが、本連載で作品を結びつけるのは〝ディテール〟である。ある映画を見て、無関係な作品の似ている場面を思い出す──そんな意義のないたのしさを大事にしたい。また、未知の併映作への思いがけぬ熱狂、再見がもたらす新鮮な驚きなど、2本立て特有の幸福な体験を呼び起こしたいという思惑もある。同じ上映に参加する気持ちで、ぜひ組み合わせを試していただけたらうれしい。
2022.6.12
勝手に2本立て 「ザ・マスター」 ホアキン・フェニックスが作る怪しい調合酒
昨年末、ショーネシー・ビショップ・ストールなる人物が、10年かけて体を張り、自らを実験台に二日酔いを研究した結果をまとめた愉快な書物「二日酔い その正体を探し求めて」(国書刊行会)が刊行された。本書は、著者であるストールが実際に酒を浴びるように飲み、強烈な二日酔い状態になったところで、諸説ある二日酔い対策を試してみるという内容だが、その端々で、二日酔いがこれまでどのように語られてきたかを示す言説の引用がちりばめられ、〝飲酒の文化史〟といえる要素もささやかに内包されている。そして、そんな挿話のひとつに面白い話があった。
開巻5分 圧巻の泥酔ぶり
それはアメリカの禁酒法時代の密造酒についてのエピソードである。当時は工業用アルコールを原料にした安酒が多く出回っていたが、政府はそれを防ぐために工業用アルコールの毒性を高めるよう指示したというのだ。また、それとは別に、アメリカ製密造酒には、熟成味を出すためにネズミの死骸や腐った肉を投入したものまであった。この逸話は、毒を入れても飲酒は止められなかったという結論へと続くのだが、私の脳裏には読みながら一本の映画が浮かんでいた。
来月早々に最新作「リコリス・ピザ」の日本公開がひかえるポール・トーマス・アンダーソンの「ザ・マスター」(2012年)がそれだ。第二次大戦後のアメリカを舞台に、ひとりの復員兵と新興宗教の教祖の共依存的交感と決別を描いた作品だが、このたび目を向けたいのは物語ではない。特異な飲酒場面の多さである。
本作は、主人公フレディ・クエル(ホアキン・フェニックス)の海軍生活描写で始まる。浜辺でヤシの木から実を落として穴を開け、そこに酒を注ぎ飲んでいたかと思えば、艦内では搭載されている魚雷から燃料用アルコールを抜いて飲み泥酔している──映画の開始から5分でこの体たらくだ。ちなみに、アメリカ海軍は艦上では飲酒厳禁なのは有名な話。とことんだめな水兵さんなのである。
なんでもかんでも謎の調合
しかし本番はまだまだここから。とうとう復員となり、デパートの肖像写真撮影の職に就いたフレディは、現像室にある数々の薬品をライムと酒と混ぜ合わせ、謎の調合酒をこしらえ、職場の女に飲ませて口説きはじめるのだ。その後も職を転々としていく彼は、その場その場であり合わせの材料を使って調合酒を作り、周囲にふるまっていく。時には三角フラスコなどを用いて理科の実験さながら製造し、また別の時には洗面台の薬品棚から選んだ薬類をミックスして。
このフレディ特製の調合酒は、見るからに危険極まりなく(じっさい死人も出る)、場当たり的な材料調合ゆえに色すらも毎回異なるのだが、分け与えられた誰もが夢中になってしまうのが面白い。本作の中核である教祖ランカスター・ドッド(フィリップ・シーモア・ホフマン)との関係も、ほかでもないこの調合酒から始まるのである。「科学者で酒の愛好家の私にも分からん……この驚くべき飲み物の中身は?」「秘密さ」「もっと作ってくれ」
「ミスタア・ロバーツ」© Warner Bros Entertainment Inc. All rights reserved.
「ミスタア・ロバーツ」 身の回りのものでスコッチを作ろう
久しぶりに「ザ・マスター」を見直して思い出したのが、同じく第二次世界大戦下を舞台とする「ミスタア・ロバーツ」(1955年)。本作は、高圧的な貨物輸送船艦長に頭を悩ませる海軍中尉ロバーツと乗組員たちの海上生活が描かれる同名戯曲の映画化で、中盤に忘れがたい調合酒場面がある。お調子者のパルバー少尉(ジャック・レモン)が一時停泊時にスコッチを餌に看護婦をナンパし成功するのだが、肝心のスコッチは同室のロバーツが消費してしまっており、やむなく〝製造〟を余儀なくされるのである。
参加者は、ロバーツ中尉(ヘンリー・フォンダ)、軍医長(ウィリアム・パウエル)、そしてパルバー少尉の3人。机を囲んだ議論の末、医療用アルコールをメインに、コーラで色をつけ、ヨードチンキを1滴垂らして味を近づけ、ヘアトニックでコクを出す。最後に味見し、「よく似てる」「本物かどうかわかるもんか」と喜ぶ一同。ここまでしておいて、じっさいに活用されないのがまた余計にほほ笑ましい。本作屈指の名場面であろう。
正直なところ、ジョン・フォード監督作のなかでは特段すぐれた出来映えではないという声も少なくない「ミスタア・ロバーツ」は、厳密にはフォードが途中で降板したためマービン・ルロイが引き継いだ共同監督作。ルロイもまた名監督に違いなく、フォードが最後まで単独で監督したとして現行より良くなるとは必ずしも言い切れないと個人的には思うのだが、不出来の要因が監督交代にあるという者も多い。監督降板の原因は胆のう炎。胆のう炎といえば、考えられる原因のひとつとして「飲酒」があるが、じっさいに当時のフォードは酒浸りだった。ビールを何本も飲みながら演出し、時には酔いすぎて旧知の出演者が撮影を切り上げさせることさえあったという。
酒とは、かくも恐ろしいものである。
「ザ・マスター」はU-NEXTにて見放題で配信中。
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