©2024「ディア・ファミリー」製作委員会

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2024.6.15

やり抜いた先には、誰も知らない景色が広がっているんだろう「ディア・ファミリー」作家デビューした小田実里が見た

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

小田実里

小田実里

だるいと思うこと。お風呂に入ること、部屋を片付けること、しゃべること。何かを成し遂げるって、「だるい」の積み重ねで、ドブ板にしがみつくことだったよな、と思い出した。

娘の願いのもとさらなる大きな挑戦に

余命10年を宣告された娘・佳美の命を救うために、工場を経営する父・宣政が巨額の資産を投じて人工心臓を医療素人の状態から作ろうと試みる。大学病院などを渡り歩き人の手を借りながら奮闘するも、娘の状態は悪化し、人工心臓でも助からない命であることを医師から伝えられる。余命10年のうちに娘の命を救うという夢を絶たれた宣政は、娘の願いのもとさらなる大きな挑戦に人生を懸ける。
 


何の意味があるの

人工心臓を発明し、娘の命を救うという夢を絶たれた父・宣政。死を待つほかなくなった娘の運命に落ち込む家族を横目に、一人颯爽(さっそう)と家を出ていく。これまで研究してきた人工心臓の開発を諦め、心臓の動きを補助するIABP(大動脈内バルーンパンピング)バルーンカテーテルを日本人向けに開発しようとする宣政に、妻・陽子は投げかける。「娘の命はもう助からないのにカテーテルを作ることに何の意味があるの」と。悲壮な目で夫に投げかける妻に対して、「これは娘との約束だから」と言って、父は迷わずにカテーテルを作ることに没頭し始める。娘を救うものではないが、心臓の疾患で苦しむ多くの人を救うカテーテルを。

「なんの意味があるの」と問いかける妻の言葉が、めんどくさがりな若者(私)を表しているように見えたこのシーン。意味がないと思うものは、だるくて、面倒臭い。それに非効率。いや、非効率なのが見えてしまうからだるい。やる意味が分からない。このシーンから私は、1日の生活で何度「だるっ」と思い、意思決定を迷っているだろうかと考えさせられた。朝トイレに行ったり、お風呂に入ったり、散らかっている部屋を片付けたり。たまに、米を咀嚼(そしゃく)することですらだるいと感じる。そう考えると、1日に最低10回はだる、めんどくさ、で意思決定に悩んでいるのではないだろうか。やると決めれば全部一瞬で終わるというのに。
 

自分を殴られているような心地

映画の中で、人工心臓やカテーテルを作るために資金や人などの協力が得られなくとも、たとえ目の前の娘が死を迎えようとしていても、たくさんの人の命を救うカテーテルを作ろうとする宣政を見ていると、めんどくさがりな自分を殴られているような心地がしてくる。

 

私が書く意味はどこにある

いろんな仕事をAIが担ってくれる時代。画像を作ることも、文章を書くことも。Chat-GPTが書く文章を見ながら、その正確さとスピードに、私が書かなくてもいいのでは、と時々心が折れそうにもなる。私が書かなくても、そのうちAIが人に寄り添う文章を書いてくれるのではないかと。私が書く意味はどこにあるのだろうかと。知らず知らずのうちに意味を求めている。
 

何か方法が絶対にあると思えば可能性が無限

娘を助けられないと絶望した時に、自分のこれまでの努力が無駄だったと諦めるか、対象を広げて他に同じような人はいないか、自分がこれまで積み上げてきたものからできることはないだろうかと視座を変えるのか。面倒臭いと思えばそこまでで、何か方法が絶対にあると思えば可能性が無限に広がる。
 

救う対象をさらに広げている

この映画は実話をもとにして作られており、登場人物筒井(映画では坪井)宣政も心臓疾患で苦しむたくさんの人を救ったIABPバルーンカテーテルも実在する。筒井さんは、2018年に、医療産業に新たに参入する企業を応援するべく筒井宣政基金を設立したのだそう。筒井さんの「救いたい」という気持ちが、バルーンカテーテルの発明にとどまっていないこと。救う対象をさらに広げていること。
 

日本人のお話に親近感

映画を見て、筒井さんについてもっと知りたくなっている自分がいることに気づく。アメリカでも、中国でもない、偉大な日本人のお話に親近感が湧いてくる。
 

この映画に戻って来よう

やっていることに何の意味がなくても、やり抜いた先には、誰も知らない景色が広がっているんだろう。この映画を見ているとめんどくさいと思うことをどんどんやってみようという気持ちになれる。暮らしが「だるっ」に集約され始めたら、またこの映画に戻って来よう。

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ライター
小田実里

小田実里

おだ・みさと
小説家・脚本家
一般社団法人MAKEINU.代表
2024年5月に小説「今日も明日も負け犬。」(幻冬舎)で作家デビュー。