「ディア・ファミリー」©️2024「ディア・ファミリー」製作委員会

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2024.6.14

この1本:「ディア・ファミリー」 不屈「病の娘、救いたい」

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

何事も淡々と、諦めがいいのが当世流。低成長、停滞期が長く続いたし、夢や希望は持つだけ無駄。しかし執念やド根性が、不可能を可能にすることもある。昭和の終盤から始まる、実話の映画化である。

名古屋で町工場を経営している坪井宣政(大泉洋)が、不治の心臓病の娘佳美(福本莉子)のために人工心臓を開発しようとするものの、結局挫折。しかしそれでも立ち上がり、ついに画期的なバルーンカテーテルを開発する。懸命に生きようとする佳美のけなげさを描く一方で、「オレが諦めたら終わり」と不屈の闘志で進み続ける宣政と、彼を支えた家族の奮闘を追っていく。

宣政の猪突(ちょとつ)猛進ぶりがすさまじい。日本中の病院を回って診断を仰ぎ、治療不能と告げられると自力で人工心臓開発を決意する。医療知識も経験も皆無だが、大学に潜り込んで講義を聴き、研究室に飛び込んで相手が「ウン」と言うまで協力を懇願する。「10年で人工心臓は絶対無理」という医学生に、「人類が月に行くと思っていたか」と反論する押しの強さ。私財を投じ機械を特注し、くじけない。

「娘を救う」という一念が馬力となる。扉があればこじ開ける。壁は乗り越えるか、穴だってうがつ。決して諦めない。10年の苦労は実らず、人工心臓でも佳美の命を救えないと宣告されても、蓄積した技術と知識を使って新しい医療機器の開発に取り組むのである。そんな宣政を、妻陽子(菅野美穂)も佳美の姉妹も支え続ける。

監督は「君の膵臓(すいぞう)をたべたい」「君は月夜に光り輝く」など、〝難病もの〟をヒットさせた月川翔。今作では佳美の死そのものよりも、彼女が残したものを手厚く描く。時代考証や開発経緯など細部を丹念に作り込む一方で、宣政の行動原理は枝葉を落とし「佳美への愛」に特化した。ぶれることなく向かった愛情は、一つの命から人類全てへと広がっていく。出来すぎのようだが、根幹は事実。一直線の情感が胸を打つ。タイパ、コスパなんてみみっちいことを言っていてはいけないのだ。1時間56分。東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか。(勝)

ここに注目

月川監督はバルーンカテーテル開発までの困難な道のりや、1970年代の空気感を丁寧に描出。常識で考えればとんでもないプロジェクトにまい進する男の記録を縦糸、家族の物語を横糸にして爽やかな余韻を残す感動作を織り成している。娘への愛ゆえという言葉では語りきれない、絶対に諦めることを知らない父親役を豪快かつ繊細に演じた大泉が、この人物像に説得力を与えた。「夜明けのすべて」とは全く違う顔を見せる光石研、松村北斗ら脇の俳優陣の献身も光り、映画をより立体的にしている。(細)

異論あり

実話の強み、説得力は十分だが、「泣ける話」に集約されている。人工心臓からバルーンカテーテルへの開発過程でひっかかり、高名な医師の対応もドラマを高揚させるための紋切り型に見えた。終盤に突然明かされるリポーターの事情も「ここで感動してください」と言われている感覚。家族愛の尊さと佳美の「私は大丈夫」という言葉を物語の中心にしたのはいいが、肝心の佳美のキャラクター、生きざまがやや見えづらかったのが残念。取材メモを基にした脚本だが、感動や涙腺刺激にとらわれすぎたか。(鈴)

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