茜色に焼かれる

茜色に焼かれる

2021.5.20

時代の目:茜色に焼かれる 今だからこそ撮る熱量

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

コロナ禍だからこそ撮りたい、撮らなければならないという熱量があふれている映画だ。主人公は、夫(オダギリジョー)を交通事故で失い、中学生の息子、純平(和田庵)を一人で育てている良子(尾野真千子)。スーパーの花屋と風俗の仕事を掛け持ちするが、義父の介護施設の費用や、亡き夫と愛人との子供の養育費も払っているため、生活は苦しい。事故の賠償金を受け取れば生活は楽になったはずなのに、謝罪の言葉がなかったことが許せず、断っている。

ずるいことが嫌いな彼女はそんな自分の面倒な性格も引き受けた上で、〝私の戦い方〟を貫いている人なのだ。理不尽な現実を嘆く代わりに良子が何度も言う「まあ頑張りましょう」という一言には、弱者に優しくない世の中への怒り、祈り、諦念、希望、すべてが詰まっているように感じられる。東京・池袋での自動車暴走事故を思わせるエピソードから始まる、今の日本の現実を映し出そうという覚悟がにじむ作品を生み出したのは「舟を編む」の石井裕也監督。共感さえも拒むような尾野の複雑で力強い芝居が、揺るぎない母と息子の関係を描いた物語を確かに支えている。東京・ユーロスペース、大阪・TOHOシネマズ梅田(近日公開)ほか。(細)