「ナミビアの砂漠」

「ナミビアの砂漠」©2024「ナミビアの砂漠」製作委員会

2024.9.28

河合優実が演じた「カナがハンバーグをこねた手を洗わないなんて信じられない」音声ガイド制作者が見た「ナミビアの砂漠」

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

松田高加子

松田高加子

描いてほしかった女性像

見終わった時に、一鑑賞者として、憧憬の気持ちから大きく息をつきました。後付けの感想かもしれないけれど、これまで描いてほしかった女性像のようなものを軽々と描いているように見えたからです。

映画を読み解く作業

私の仕事は映画の音声ガイド制作です。視覚に障害のあるお客さんが安心して映画を楽しめるように、映像の説明をナレーションにする仕事です。アプリを使ってイヤホンから聞けるようになっています。音声ガイド制作は、映画を読み解く作業です。ここでは、ガイド制作の視点を通じて、作品紹介をしています。


作業が終わるまでわくわくしっぱなし

今回は、原稿のメインの書き手ではなく、監修という立場で客観的に確認する担当でした。原稿上での山中瑶子監督からのチェックバックや、山中監督と視覚障害のあるモニターさんとで、一緒に原稿を確認するモニター会と呼ばれる場で、ご教示いただいたコメントが楽しすぎて、作業が終わるまでわくわくしっぱなしでした。

彼女の人生に関わりたい

初見の際、映画がどう始まるかに重きを置いて鑑賞する私としては、冒頭、町田駅の商業施設の通路を主人公のカナがのしのしと歩いていくシーンから始まるのですが、カナの服装が、バケットハットにミニスカート、巾着バッグというナチュラルボーンなおしゃれさんといったスタイリングで、ふて腐れたような歩き方、腕の振り方、その様子だけでとても引き寄せられました。ただ、映画を見ていく内に、カナという女性が身近にいたら、何かもの申したくなるかもしれないとも思いました。彼女にはうんざりした顔をされるに違いないのですが、何らかの形で彼女の人生に関わりたいという欲求の現れなのだと思います。もちろん、カナの行動のなかで、分かる分かる!と激しく共感するものも多くありました。延々聞かされる友達の話に必死で目を開けて、興味を持って聞いているふりをするとか、何かと世話を焼いてくれる恋人ホンダへの甘え方、新しい恋の相手であるハヤシとの間の恋する者同士の小さいけれど宝物のようなやり取りとか、恋人を変える時のしたたかさなど……。まだ本当の人生が始まる前のおぼつかない足取りのカナ。見ていて飽きないいとおしい存在でした。
 

ハヤシがタトゥーを入れるシーン

さて、音声ガイドについてはどうだったかと言いますと、監督からのコメントを全部お見せしたいくらい、こういうおもしろいことが積みあがって出来上がっている、ということを実感できるようなチェックバックでした。たとえば、ハヤシがタトゥーを入れるシーン。
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彫師(ほりし)がマシンをハヤシのニの腕に当てる。
手元をじっと見つめるカナ。 
ハヤシを見る。
彫師の手元に目を戻す。
どこか恍惚(こうこつ)とした表情のカナ。
鼻血が垂れる。気づかないカナ。
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この一連のガイド、監督からのチェックバックでこの形になりました。
当初は「腕」だけだったところを「二の腕」に、「手元を見つめるカナ」だったのを「じぃっと」を入れてほしい、カナが彫師の手元に目を戻した後、ガイドなしで「マ」で見せようとしていましたが、「どこか恍惚とした表情のカナ」と入れてほしいとご指示をいただきました。(「じぃっと」は「じっと」と修正しました)まさしく、「ナミビアの砂漠」の世界観が現れているチェックバックだと思いました。

花言葉にも意味があって使っている

また、劇中に登場するオレンジ色の花「ストレリチア」の名前も出してほしいとご要望をいただきました。花言葉にも意味があって使っているから、とのことでしたので、皆さんぜひ、調べてみてください。厭世(えんせい)的にも見える作品ですが、この花言葉を知って、やっぱりそうですよね、と思ったりしました。
また、あの花の外観の描写ガイドには「いいですね!」と二重丸をいただきました。
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エキゾチックなオレンジ色の花束。
細く尖(とが)った花びら。
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より世界観を味わえる

このようなチェックバックが満載でしたので、一つ一つワクワクしながら確認しました。「ナミビアの砂漠」に魅了された方は、リピート鑑賞の際、ぜひ、音声ガイドを使ってみてください。随所に監督からいただいた言葉を使っていますのでより世界観を味わえると思います。

メールインタビューができた
そして、ここに映画紹介を書くようになって、5回目にして初めて、監督ご自身にメールインタビューができたので、掲載します。
 
松田:初めての音声ガイド制作だったかと存じますが、いかがでしたでしょうか?
制作前と後とで何か印象がかわったことなどあれば、教えてください。
 
山中監督:自分は何も知らなかったんだなということに気づきました。
映画は視覚から受ける情報量が大部分を占めるので、視覚障害の方に対してそこを埋めようと、言い回しを工夫したり過剰にしたほうがいいのかと思っていましたが、それだとむしろその音声ガイドに気を取られて、内容が入って来づらいということをモニターさんがおっしゃってて、確かに・・・!と。画面に映っていること以上のことを補足するようなことは、しないほうがいいのだとわかりました。
 
松田:音声ガイド原稿の初稿に対して、「もう少しおもしろくしたい」という要望をいただきました。いただいたご意見を基に、またモニター会の現場でも修正点を検討したりしましたが、 「うまくいったな」と思える箇所はありましたでしょうか?
 
山中監督:そうですね、あまりにとっぴな言い回しは、上記に書いたように邪魔になるのだとわかりました。冒頭の「両腕をぶらぶらと揺らし、ずんずんやってくる」とか「バケツ型の帽子、バケットハット」のところが好きです(松田注:ここは備考欄に「最高です!」とコメントをいただいた箇所でした)。最後のけんかも、音声ガイドも一緒に白熱する感じのシュールさ、プロレス感がまさに二人のけんかの雰囲気を感じさせてとても良かったと思います。
 
松田:モニター会ではごく自然に監督としての判断や確認をしてくださっている印象でしたが、実際、ご本人としてはいかがでしたでしょうか?
 
山中監督:初めての経験でしたが、皆さんの様子を見ていたらいろんなことがわかってきてとても楽しかったです。モニターさんが、「カナがハンバーグをこねた手を洗わないなんて信じられない」(松田注:ハンバーグをこねるシーン)と言っていて、うれしかったです。笑 
今後自分が作る映画は、全部音声ガイドを作りたいと思いました。
ありがとうございました!
 
山中監督ご自身が楽しかったとおっしゃってくださり、全部音声ガイド付きにしたいと意欲を見せてくださって、励まされます。個人的には中年客の脱毛の様子、キャンプだほいのシーンなど言葉にしても、くすっとくる感じがあってよかったです。聞いてみたいと思われた方、UDCastというアプリを使えば聞くことができますので、ぜひ試してみてください。

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ライター
松田高加子

松田高加子

2001年より視覚障害のある人と一緒に映画鑑賞を楽しむサークルに参加。音声ガイドのノウハウは視覚障害のあるメンバーたちと共に構築しながら習得。映画のお客さんの中に見えない見えづらい人がいて安心して鑑賞できていないことを知り、映画鑑賞人口を増やす一助にもなるはず、とそれまで音声ガイドの制作は、ボランティアによるものが主流だったが、職業として認知されるべく活動を開始。
配給会社勤務を経て、現在は、映画、映像の音声ガイド制作を中心に、配給のお手伝いを少々。映画の持つ<人と人をつなげる力>にあやかって日々邁進中!
音声ガイド制作に携わった作品「福田村事件」「ゴジラ-1.0」「夜明けのすべて」など。

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