誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。
2024.8.31
音声ガイド制作者が見た「ぼくのお日さま」音声ガイドでアイススケートは描けるのか
先日、女子高校生と何かの映画の話をしていたところ、「その映画はハッピーエンドですか?」ときかれました。その女子高校生は「わたし、ハッピーエンドじゃないとイヤなんですよねー」だそうで、私も在りし日のティーンエージャー時代にはそのような思いがあったことを思い出して、懐かしい気持ちになりました。そして、ちょうど映画「ぼくのお日さま」の音声ガイドを書いている時でしたので、この映画はくだんの女子高校生的にはどっちなのだろうか?などと考えました。
今回取り上げる「ぼくのお日さま」は、私が主担当で、公式の音声ガイド(映画館でアプリを使えば聞けるサービス)の原稿を書きました。誰にでもお聞きいただけるものですが、視覚障害のある人が安心して楽しめるようにという点はぶれないよう、ガイドを書きます。ここでは、視覚を使わないユーザー視点も交ぜながら作品紹介をしてみます。
音声ガイドで追う雪景色
冒頭、配給会社のロゴマークが出るあたりから、少年野球の練習をする「声」で始まります。コーチの強めの声が響くものの、理不尽な鬼コーチというような声音ではなく、チーム全体が強豪校という雰囲気はない。そんな中、外野を守備している少年、タクヤが映る。
音声ガイドは以下のような内容
草地の外野に6年生くらいのタクヤ。
足を広げ、腰を落とし、体を左右に揺らしながら、皆の様子を見ている。
細身であどけない顔。
この描写だけでも彼の野球の腕がなんとなくつかめるのではないでしょうか。その彼が、空を見上げるので、ボールが飛んできたのかなと思いきや、雪が降り始めます。タイトルが出て、カットが変わると、辺り一面の雪景色。上記のシーンから雪景色までセリフはないので、音声ガイドで追うのですが、どのカットも日常の中の美しい景色といった風情が素晴らしい。その後、ホッケーのフィールドで防具をつけたタクヤが映り、彼らは夏の間は野球をやっていて、雪が降ったらアイスホッケーをやるような土地柄であることを知ります。アイススケート場を中心に広げられる決して多くはない会話を通じて、自然と彼らの暮らしに入り込んでいきます。
登場人物の声から見えるキャラクター
タクヤの仲のいい友達にコウセイという男子がいます。少しハスキーな声で、タクヤとふざけ合ったり、心配したり、励ましてくれたりする。その声が聞こえると安心できるような、とても心強い存在です。タクヤがスケートリンクで、初めてさくらに見とれる様子も、ばっちり目撃しています。それをからかいながら、雪道を帰るシーンは、私の気に入っているシーンです。
カメラは固定で、遠くに小さく見える2人がどんどん近づいてきて、カメラを通り過ぎて、歩き去る後ろ姿となります。音声ガイドにも入れ込んでいますが、固定カメラでの映像のおもしろさ、つかんでもらえるでしょうか……?
また、この映画の中で「音声」に注目した時に、タクヤがおしゃべりをする際に吃音(きつおん)があるという点は大きいと思います。個人的な話ですが、私は15年くらい前に、吃音のある詩人が、ご自身の詩を朗読するのを聞いたことがあり、その時に、「吃音があるからこそ朗読する」というようなことをおっしゃっていて、そしてまさに、吃音があるからこそ胸に迫るものがありつつ、彼の詩は本来このように読まれるべきだったのか、と思うと、とても貴重な時間に思え、かっこいいと感じた体験があります。そのため、吃音のある人がコンプレックスを感じるのはもったいないな、といつも思っているのですが、授業中、タクヤが教科書の朗読を当てられた際に、クラスメートたちがからかったり、意地悪を言ったりせず、じっと待ってくれる様子があり、ほっとしました。
アイススケートを音声ガイドで描く
そして、この映画の見どころの一つであるアイススケート。フィギュアスケートとアイスダンスの両方が出てきます。音声だけで鑑賞した場合、氷上の音はよく聞こえます。でも、ガイドで説明されなければ、何をしているのかは全くつかめません。では、ガイドを書く私はどの程度フィギュアスケートなりアイスダンスが分かっているのか? もちろん、テレビ中継で見たことは何度もありますが、解説の人が何かを言ってくれることで、分かったような気になっているだけで、一人で見た時にどのくらいの解像度をもってスケートを見られているのか。
まずは作業用の映像で何度も見て、ネットやYouTubeなどで、この技はなんという技だろうか、この動き、私には足を振り上げているように見えるけれど、そういう表現でいいのだろうか、と調べました。もちろん、最終的には映画製作側がチェックしますし、今回は、その部分を一番分かっているのは奥山大史監督ご本人だということでしたので、音声ガイド原稿を確認するモニター会の場で、一旦私の書いてきたベース原稿を当て読みして、奥山監督にも確認してもらい、修正しつつ、仕上げの際には、この作品のスケート監修の方にも見ていただきました。リピート鑑賞をする晴眼者のお客さんにも、音声ガイドを聞くことをおすすめしたいです。
ちょっとだけ音声ガイドをお見せしますと、こんな感じです。
さくらが左足でスピン、そのまま腰を落として、チェンジエッジ。
左足をつかんで真上へ伸ばし、I(アイ)字スピン。
さて、イメージはつかめますでしょうか。
見終わった後にも続いていく映画
全体的には静かなトーンで、けれど、熱い映画です。アイススケートのコーチである荒川(池松壮亮)とパートナーの五十嵐(若葉竜也)のやり取りも穏やかでほほ笑ましい。荒川の教え子であるさくらは言葉少なめですが、でもコーチに寄せる思いは見て取れます。文字通り、「見て」分かるので、そこはきちんと押さえてガイドで説明しています。
そして、後半部分に、「う!」と思わず声がこぼれるようなセリフが、荒川、タクヤ、さくらそれぞれにありました。どれも一言のセリフです。荒川のは、演じている役者さん自身のうまさでしたが、タクヤとさくらはこれまでの二人を見守ってきたからこそ、感情が揺さぶられるというもの。冒頭の女子高生の言うハッピーエンドなのかはわかりませんが、ある種の残酷さを伴いながら、でも人生という意味ではとてもリアルで、それぞれがそれぞれなりに進んでいく終わり方。私自身もそれぞれの人物に自分を投影しながら、今の私は五十嵐かなー、などと思いながら見ました。そして、今も時折、彼らのその後の暮らしをあれこれ想像してしまう瞬間があります。そんなふうにずっと続いていく映画だと感じました。それは私自身にとってハッピーエンドな映画体験だと思いました。