©2024 映画「朽ちないサクラ」製作委員会

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2024.7.02

音声ガイド制作者が見た「朽ちないサクラ」 表情が映画の奥行きを出す

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

松田高加子

松田高加子

映画を読み解く作業

私は映画の音声ガイド制作者です。今はスマートフォンやタブレットにアプリを入れておけば、イヤホンから音声ガイドを聞けるようになっています。メインユーザーは視覚に障害のある人ですが、どなたでもお聞きいただけるためリピート鑑賞の際に活用される方もいらっしゃいます。音声ガイドは、映像を言語化したものなので、映画を読み解く作業とも言えます。ここでは、私自身が音声ガイド制作に携わる中で見いだしたことに焦点を当てながら、作品案内を書いています。

視覚を使わない鑑賞者もしっかり楽しめる

今回の映画は「朽ちないサクラ」。前回の「違国日記」と同様、私自身が音声ガイドナレーションの原稿を書いたのではなく、サブとしてつきました。はじめに、試写室で拝見した時、犯人は誰なのか?というサスペンスの要素はしっかりありながら、男性性の強い刑事ものではなく、杉咲花さん演じる泉と親友の千佳(森田想)の心の葛藤が軸にあるシナリオ、そして音や音楽から伝わる部分もあって、視覚を使わない鑑賞者にもしっかり楽しめる映画だなという印象を持ちました。映画を鑑賞する際、冒頭20分くらい、目が見えていても、頭の中で新しい情報を処理しながら見るので、少し忙しいものです。この映画では、愛知県警と平井中央署という2カ所の警察署が出てきたり、泉は「広報広聴課」という部署で、警察官ではなく「職員」であることなどを、晴眼者(目が見えている人)が視覚から捉えて分かっている範ちゅうを逸脱して説明過多にならないよう、慎重に言葉を整理しながら、ガイド設計をしました。ただ、視覚障害当事者にモニターになってもらって、映画製作者と共にガイド原稿の確認をする場(モニター検討会)では、モニターさんたちは、難なく鑑賞していました。モニターさんにもっと混乱するかと思ったという旨を伝えたら、誰がどちらの人なのかがガイドされているから混乱はないですよ、という答えが返ってきました。これは、2カ所の似たようなオフィスで、背広の男性や事務服の女性が行きかっている映像を目で見ながら鑑賞すると、どっちがどっちだろう?と考えてしまって混乱が生じるのに対して、視覚情報がない分、音声ガイドユーザーの方がシンプルに見られているという、時折起きる現象です。人物の情報をきちんと把握できていれば、作品に集中できそうだなと感じられ、単なる杞憂(きゆう)で、まずは一安心でした。


生まれた時から見えない人は自由に鑑賞する

話が少しそれますが、生まれた時から視覚を使わずに暮らしている人の方が、「音声ガイド」や、テレビの解説放送を利用しないということは皆さんご存じでしょうか? なぜなら、視覚を失ったわけではなく、見えない状態が当たり前なので、音声ガイドはうるさいもの、と捉えられがちなのです。ご自身の頭の中で情報を補完して、自由に鑑賞しているという感じです。もう10年程前になりますが、やはり普段は補助音声のサービスは使っていなかった30歳くらいの全盲の女性に、新作に音声ガイドが付いたのでぜひ体験してほしいと誘って鑑賞してもらったことがあります。その時に彼女が、「映画にこんなに情報があるとは驚きました」と言い、「目が見えている人が表情で物語を進めることがあるのだということを知りました」という感想をくれました。この「朽ちないサクラ」では、そのエピソードを思い出しました。
 

初登場シーンが疑惑の序章を作りだす

葬儀場のシーンにつけた音声ガイドテキストをご紹介します。30秒ほどのセリフのないシーンです。
 
3、40名ほどの参列者で埋まった斎場。
焼香を済ませた弔問客が、遺族にお辞儀。
胸に白い花をつけた千佳の母。
見ている泉。隣には富樫。
泉が目を上げる。
兵藤が遺族席にお辞儀をして、祭壇に手を合わせる。
横から見ている泉。
焼香をあげる兵藤の動きをぼんやり目で追う。
 
映像には葬儀会場の音が入っているけれど、セリフのないシーンなので、そもそも何が起きているのか視覚を使わないとつかみづらいシーンです。兵藤という男の名前だけは、別のシーンでセリフの中だけで出てきていて、姿を見せるファーストシーンです。泉の視点で捉えています。決して、ドーンとアップになったり、分かりやすく寄りの映像になったりせず、上記のように泉の心情も伝わる初登場シーン、見ているこちらは、この人に疑惑を抱き始める序章となっています。
 

一対一のやり取りに見ごたえを感じる

そして、終盤、泉が上司である富樫(安田顕)と料理屋の座敷で対峙(たいじ)するシーンは、派手にやりあってというシーンではなく、向かい合って話をしながら回想シーンがつながっていきます。小さな所作一つ、視線一つで心情が伝わるので、富樫なりの強い思いと同時に、泉にとっては命の危険すら伴うシーン、前回の「違国日記」ではガイドを入れないことで会話に集中させていましたが、こちらでは、小さな所作を入れることで見ごたえを損なわない音声ガイドとなったと思います。そして、映画のラスト、千佳の母・雅子(藤田朋子)とのシーン。雅子の一言が、泉の胸のつっかえを取りのぞき、また泉の行動が雅子を救い、2人が寄り添う。とても印象的でした。劇中、山道でのカーチェイスがあるものの、派手な銃撃戦や格闘シーンではなく、さまざまな人のそれぞれの気持ちを、鑑賞者は受け取りながら物語を見ていくので、アクションにも勝る見ごたえがずっしりと感じられる作品でした。

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ライター
松田高加子

松田高加子

2001年より視覚障害のある人と一緒に映画鑑賞を楽しむサークルに参加。音声ガイドのノウハウは視覚障害のあるメンバーたちと共に構築しながら習得。映画のお客さんの中に見えない見えづらい人がいて安心して鑑賞できていないことを知り、映画鑑賞人口を増やす一助にもなるはず、とそれまで音声ガイドの制作は、ボランティアによるものが主流だったが、職業として認知されるべく活動を開始。
配給会社勤務を経て、現在は、映画、映像の音声ガイド制作を中心に、配給のお手伝いを少々。映画の持つ<人と人をつなげる力>にあやかって日々邁進中!
音声ガイド制作に携わった作品「福田村事件」「ゴジラ-1.0」「夜明けのすべて」など。

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