©新見伏製鐵保存会

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2023.9.29

「何者かになりたい」あの時の私にこの映画を送りたい「アリスとテレスのまぼろし工場」

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

青山波月

青山波月

私は10代の頃、「何者かになりたい」「どこか知らない場所へ飛び出したい」そんな、正体の分からない衝動をずっと抱えていた。 これはきっと私だけでなく、誰もが抱えたことのある衝動だと思う。なにか変化を求めて、右も左も分からない世界の中でもがき苦しんでいた、あの時の私にこの映画を送りたい。「アリスとテレスのまぼろし工場」。



製鉄所の爆発事故により、時まで止まってしまった街で暮らす14歳の少年・正宗。その街には、いつ元に戻っても良いように、なにも変えてはいけないというルールができた。人々が鬱屈した日々を過ごす中、正宗の気になる存在で謎めいた同級生・睦実に導かれ製鉄所の中に足を踏み入れる。そこには、睦実にそっくりな野生のオオカミのような少女・五実が暮らしていた。正宗と2人の少女の恋する衝動は、時が止まった街に変化を起こしていく。


あなたがもし、なにも変化を起こしてはいけない街に閉じ込められてしまったらどうするか? 人を好きになってもいけない、夢を変えてもいけない。主人公の正宗たちはわずか14歳ながら、これらのことを禁止されるのは、あまりにも苦痛だったはずだ。

私がもし正宗の立場だったら、未来がない世界なんて生きている価値がない、そこまでして生きていたくないと思うだろう。思えば私が14歳の頃も、毎日変わらない学校生活を送るのも、嫌々テスト勉強をするのも、こんなことをして何になるのだろうと思っていた。正宗たちのように時が止まっていたわけでは無いのに鬱々とした日々もあって、ある日突然韓国アイドルの事務所にスカウトされることや、寝て起きたら小松菜奈風ミステリアス美少女になっていないかなとか、そんなことばかり考えていた。14歳の時に限らず、今も、同じ繰り返しの日々を何か変えてくれる変化を受動的に待ち続けている私である。

「アリスとテレスのまぼろし工場」を見て、私たちはいろいろなことを外的要因のせいにして、変わることに対して臆病になっていると気付かされた。例えば、新型コロナウイルスの感染拡大。どこにも行けなくて、ずっと家に閉じ込められて、志半ばで夢を諦めなくてはいけなかった人もいただろう。この状況は、「アリスとテレスのまぼろし工場」と同じような状況だからこそ、正宗や睦実の生き方・考え方が、今この世の中を生きる私に気付きを与えてくれた。自分一人じゃ何もできない、何も変えられないと思っていたけど、何を成し遂げられたかより、変わろうともがく意志が明日の私たちを成長させるのだ。 何事も変化は勝手にやってこない。いろいろ不条理がある世界でも、明日を変える意志を持つことで、日常の楽しみも未来への希望も見つけられるのかもしれない。

人生って長いようで短くて、短いようで長くて、残りの何十年をどう過ごそうかと考えて途方に暮れる時もあるけど、「アリスとテレスのまぼろし工場」が、今を生きる喜びを私に気付かせてくれた。人生のどんな瞬間だって、かけがえのない「今」である。正宗たちのように、たとえ時間が止まっていようとも、何か制約がある日々の中でも自分なりに毎日を楽しむことができると教えてくれた映画だ。

明日、好きな人の笑顔が見たいとか、おいしいご飯が食べたいとか、毎日をちょっとずつ生きる力が生まれるはず。混沌(こんとん)としたこの時代の日々をせわしなく生きている全ての人にぜひご覧いただきたい。

ライター
青山波月

青山波月

あおやま・ なつ 2001年9月4日埼玉県生まれ。立教大学現代心理学部映像身体学科卒業。
埼玉県立芸術総合高等学校舞台芸術科を卒業後、大学で映画・演劇・舞踊などを通して心理に及ぼす芸術表現について学んだ。
高校3年〜大学1年の間、フジテレビ「ワイドナショー」に10代代表のコメンテーター「ワイドナティーン」として出演。
21年より22年までガールズユニット「Merci Merci」として活動。
好きな映画作品は「溺れるナイフ」(山戸結希監督)「春の雪』(行定勲監督)「トワイライト~初恋~」(キャサリン・ハードウィック監督)
特技は、韓国語、日本舞踊、17年間続けているクラシックバレエ。
趣味はゾンビ映画観賞、韓国ドラマ観賞。

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