「アリスとテレスのまぼろし工場」©新見伏製鐵保存会

「アリスとテレスのまぼろし工場」©新見伏製鐵保存会

2023.9.11

ハッとするほど鮮烈な情景が!東京ステーションギャラリー館長が見た「アリスとテレスのまぼろし工場」

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

冨田章

冨田章

いったい何の寓意(ぐうわ)に

製鉄所の事故をきっかけに、空間的にも時間的にも閉鎖されてしまった海辺の町の中学生たちをめぐる群像劇である。町と外を結ぶトンネルは土砂崩れで埋まって封鎖され、海も海流の影響で船が出入りできない。外部との交流が断たれた町では時間が経過せず、ずっと冬のままで、住民もそれ以上成長しない。つまり老人は老人のまま、妊婦は妊婦のまま、そして中学生はずっと中学生のまま学校に通い続けている。

食糧や日用品の供給、あるいはライフラインはどうなっているのか? 冬のまま時が止まった中で住民たちは同じ生活を繰り返しているわけだが、それが1日単位なのか1週間単位なのか、それとも1シーズン、あるいは1年単位なのか? 中学生たちは何年も何年も毎日学校に行って何を学んでいるのか? どうして中学生が普通に自動車を運転しているのか? そして、そもそも時が止まってからどれくらいの時間が「経過」したのか?


そういったディテールについての説明は一切ない。この映画の世界を支えている論理は全く提示されないのだ。どんなとっぴな設定のSFでも、一応そのとっぴな設定についての「科学的」裏付けが示されるものだが、この映画にはそうした説明がない。

もちろん説明などなくていい。これはSFではなく、寓話なのだから。うさぎと亀が競争をするのに理由も理屈もいらない。だが寓話だとしたら、この映画で描かれる世界は、いったい何の寓意になっているのだろう?

解釈は誤読も含めて見る者の自由だ

時代の閉塞(へいそく)感という抽象的な言葉ですますこともできるだろうが、筆者は素直にコロナ禍の抑圧された息苦しい生活の寓意と解釈した。人と人との新たな出会いが極端にまで制限されたコロナ禍の生活は、閉鎖された町の生活とピッタリ重なる。製鉄所の町の平穏な生活を嫌い、変化を強く願う者は「神機狼」と呼ばれる竜の形をした煙に排除されるが、そういえばコロナ禍でも、自粛要請を無視して隣町に遊びに行きコロナに罹患(りかん)した人が、引っ越しや転職を余儀なくされたという例をいくつも聞いた。マスク警察なんて言葉もあった。映画の中ではキスをすることが大きな展開をもたらすことになるが、キスはコロナ禍で忌避された濃厚接触の最たるものである。そして何より元凶が製鉄所というのが象徴的だ。コロナウイルスは太陽の光冠(コロナ)に似ているところから命名された。太陽と溶鉱炉はこれ以上ないほど完璧なアナロジーではないか!


言うまでもなく、解釈は誤読も含めて見る者の自由だ。本作をコロナ禍の寓意と読む必要は全くない。田舎でくすぶっている高校生がこの映画を見たら、「ああ、これは自分のことだ」と思うかもしれない。親の介護で疲れ切った人、いじめを受けている子ども、就職氷河期に定職につけず派遣で何とか糊口(ここう)をしのいでいる人、今ウクライナで爆撃におびえて暮らしている人たち・・・・・・ 誰もがこの映画は自分の物語だと感じることができる。それはこの映画が、普遍的な問題を語ろうとしているからであり、多様な解釈の可能性を内包しているからにほかならない。そしてそれこそが優れた作品の条件なのだ。

映像そのものに力強いリアリティー

見事なアニメーションがこの映画の世界観を支えていることも忘れてはならない。校舎の壁に映る向かいの校舎の影、雨が降った後のしっとりとぬれた町、花火を背景に鉄橋の上を走る機関車、工場の内部を俯瞰(ふかん)したラストカットなど、ハッとするほど鮮烈な情景がいくつもある。工場のさびの浮いた壁、雑草がまばらに生えた線路、夜のバス停の佇まいなど、細部描写も精緻に作り込まれている。映像そのものに力強いリアリティーがあるのだ。だからこそ、閉鎖された町の生活の特異性が浮き上がり、ストーリーの寓意性が高められる。


日本のアニメーションの高いクオリティーを示す作品が、ここにもうひとつ加わったと言えるだろう。

ライター
冨田章

冨田章

とみた・あきら 新潟で産湯をつかい、別府で温泉に浸かって育つ。慶應大学、成城大学大学院卒。そごう美術館、サントリーミュージアム[天保山]を経て2011年より東京ステーションギャラリー館長。近現代美術に関する多くの展覧会を企画。2016年には「追悼特別展 高倉健」の構成を担当した。著書に「偽装された自画像」「印象派BOX」「ゴッホ作品集」など。

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