福山市、工場だけで一つの町くらいはあるイメージ=小林哲朗撮影

福山市、工場だけで一つの町くらいはあるイメージ=小林哲朗撮影

2023.9.21

〝工場写真家〟も感嘆! 「アリスとテレスのまぼろし工場」美しき製鉄所のリアリズム

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

小林哲朗

小林哲朗

「アリスとテレスのまぼろし工場」の存在を知ったのは2021年6月、この映画の美術監督、東地和生さんのX(当時Twitter)での投稿です。東地さんは17年に出版された拙著「ドローン鳥瞰写真集」(玄光社)の監修をしていただいたご縁があります。
 


 

日本各地の〝身近な異世界〟を撮影

私は作品として日本各地の工場風景を写真撮影しています。割と身近にあるのに意識しないと目にとまらない工場は身近な異世界のような風景で、そのギャップを魅力的に感じます。近いのに手が届かない存在のような感覚でしょうか。そんな私にとっては見逃せない、本タイトル。製作発表当時から期待を寄せていて、公開初日朝一番の上映で鑑賞してきました。
 
巨大工場は生活の下支えをするようなものを多く生産しています。セメント、紙、石油、プラスチックなど。鉄の生産も非常に重要なものの一つでしょう。映画のメインとなる工場は製鉄所で、そのシンボルとも言える高炉は正に威風堂々、人の力が及ばない荘厳さがあります。正に工場の王だと個人的には思っています。

兵庫県加加古川市 住宅街越しで遠くに高炉が見える景色。巨大な高炉は街の至る所から見える=小林哲朗撮影
 

鉄の町の風景「そうそう、こんな感じ」

高炉は簡単に言うと鉄鉱石を溶かして鉄を取り出す役割の装置です。仕事で高炉を撮影したことがありますが、流れ出る鉄から5メートルほど離れているのに危険を感じる熱さがあり、驚きました。その強大なエネルギーをコントロールする技術を作り上げた人々はすごいですね。作中ではそんな技術の結晶でもある高炉を、空からの俯瞰(ふかん)やリアルな人の目線の高さからなど、さまざまな角度から克明に描いていて見入ってしまいました。
 
作中には製鉄所を中心とした架空の鉄の町が出てきますが、実際にある鉄の町の雰囲気や特徴をよく捉えているなと驚きました。入念に取材をされた様子がうかがえます。私の中で鉄の町と言えば、生活区域と製鉄所が非常に近いというイメージ。映画の中の風景――家々の向こうに見える製鉄所、商店の並ぶ通り、水門、ガソリンスタンド、主人公の住む家――そうそう実際もこんな感じと思わせてくれます。

室蘭市は坂が多く、住宅街から高低差を利用して製鉄所と撮影ができる。運が良ければ猫と一緒に撮れることも=小林哲朗撮影
 

見伏が海沿いにある必然性

原料の鉄鉱石を巨大船で運んでくるので、海辺にあるというのは鉄の町の共通点でしょう。映画の町・見伏も海沿いにありました。ストーリーは架空のものでも、このように舞台設定がリアルだと話に強力な説得力をもたせてくれますね。
 
北海道の室蘭市は実際に鉄のまちとうたっており観光に生かしています。市内の山、公園、町中、坂の上などから製鉄所が見え、町の風景と組み合わせて撮影すると、とても魅力的な写真が撮れます。製鉄所が現役の鉄の町はまだ元気ですが、近年閉鎖や稼働停止が相次いでいるので、町と工場のその後の推移は注視していきたいと思います。

室蘭市 雨降りの中、高湿度になり水蒸気がかなり発生した日。立ち上る水蒸気は映画の中のワンシーンを想起させる=小林哲朗撮影
 

工場風景好きもそうでなくても

私は映画を見る時はなるべく事前情報は入れないで見るようにしています。今作も、製鉄所が舞台のファンタジーで、男女の恋愛描写があるくらいにして鑑賞しました。ネタバレになるのでストーリーについて詳しくは書きませんが、考察ありきの難解な……というジャンルではなく、大筋の内容は理解できて鑑賞後は爽やかな気持ちになれました。ただ、もう一回見て確認したいシーンが何カ所かあるので、複数回鑑賞する方もいるでしょう(私も見た後、すぐもう1回見たくなりました)。
 
さまざまな立場の人が登場します。主人公、正宗の同級生、町の人、工場で働く人。それぞれの思いでアクションを起こしますが、どれも共感できるので工場風景が好きな人はもちろん、ストーリーを楽しみたい方もお楽しみいただける映画だと思います。

武甲山 岡田麿里監督の出身地埼玉県秩父にある武甲山。ここで採掘された石灰石は東京の建物に多く使われた。作中にこの山を思わせる背景が出てくる=小林哲朗撮影
 

日本鉄の町巡りのすすめ

この映画を見ると、実際の製鉄所を見たくなると思います。町と製鉄所が一緒に見られるおすすめの場所は室蘭市、兵庫県加古川市、広島県福山市、同県呉市、北九州市辺りです。その他、埼玉県秩父の武甲山に似た風景も作中に登場しました。ただ呉市の製鉄所は、残念ながら23年9月14日に稼働停止してしまいました。高炉はいましばらく見られると思います。

呉市 山から俯瞰気味に撮影した製鉄所。残念ながらここの工場は稼働停止したため、もうこのような灯りの灯る姿は見られなくなる=小林哲朗撮影
 
本物の製鉄所を見た後だと、映画の中の美術的な描き込みのすさまじさや工場の質感の素晴らしさ、構造的美しさをよりリアルに体感できるかと思います。機会があればぜひ鉄の町へ足を運んでみてください。

ライター
小林哲朗

小林哲朗

こばやし・てつろう 写真家。1978年兵庫県尼崎市生まれ。尼崎市在住。主な被写体は工場、路地、廃墟、巨大建造物、地下空間など身近に潜む異世界をテーマに撮影。撮影業務のほか、カメラ誌への執筆、フォトコンの審査員、写真教室の講師、トークイベントなどを積極的にこなす。 近著「行って眺めて撮る! 巨大工場探訪ガイド」(玄光社)をはじめ著作多数。