長谷川博己=三浦研吾撮影

長谷川博己=三浦研吾撮影

2022.6.06

インタビュー:演じ手と作り手の〝ズレ〟が面白い映画を生んだ 長谷川博己「はい、泳げません」

勝田友巳

勝田友巳

クセのある小品から娯楽大作まで、自然に演じて映画を支える長谷川博己。新作「はい、泳げません」では、カナヅチの哲学教員役で綾瀬はるかと共演。コメディーとシリアスな人間ドラマが共存する、奥行きのある映画だ。目指すところは「カメレオンのようになれたら」と話す。

シネマの週末 この1本:「はい、泳げません」体に預けて素直になる

映画の推し事:〝泳ぐ〟って前だけに進むこと。「はい、泳げません」が示す生き方のヒント


喜劇と悲劇を一つの作品で どう演じたらいいか悩んだ

演じた小鳥遊雄司は、大学で哲学を教えるバツイチ。水恐怖症のカナヅチだったのが、ある時一念発起。スイミングクラブのコーチ静香(綾瀬はるか)の下で泳ぎを習うことに。雄司は息子を水の事故で目の前で亡くしたのにその時の記憶がなく、妻と別れ、心の底で罪悪感に苦しんでいる。
 
コメディーのように始まり映像のトリックも仕掛けつつ、心に抱えた深い傷と向き合い乗り越える感動的な終幕へ。「はい、泳げません」は見かけによらず(?)、奥が深い。脚本を読んで「期待と不安と両方を感じた」と振り返る。「心地いい感動があって、元気になった。でもこれをどう映像化するのか、どう表現したらいいんだろうと。コメディー要素がありながら、シリアスになっていき、クライマックスでは感動する。雄司をどういうキャラクターにしていったらいいのかなと」
 
高橋秀実のノンフィクションを、渡辺謙作監督が脚本も手がけて映画化した。渡辺監督は鈴木清順監督の助監督に付き、「プープーの物語」(1998年)で監督デビュー。「エミアビのはじまりとはじまり」(2016年)など、風変わりな物語を撮ってきた。監督の意図は「前半と後半でガラッと変える」だったが、演じる方には難題だ。
 

渡辺謙作監督は「懐が深い」

「1人の人生を演じるのに、キャラクターが変わるわけにはいかない。そのバランスが、悩んだとこでしたね」。初めのうち雄司は、静香の言うことにいちいちへりくつをこねて抵抗する。水が怖いのだ。「雄司は少年っぽさもあるけど、頭脳は大人。体と思考が合わない、頭に追いつかない。頭が良すぎるゆえに、息子の最期の記憶がないことがよけい気になるんです。そんなギクシャク感が大事だと思いました」
 
渡辺監督を「懐の深い監督、脚本家」と評する。大学教授だった父親と周囲の人々など、自身の見聞を話すと「へえそういうことあるんだ」と取り入れたという。「役を積み重ねる中で、毎日いろんな話をして、議論もしました。矛盾すると感じたところで、そうなるとこうなりませんかと詰めると、監督は、じゃ、ここをこうしましょうかと、脚本をどんどん変えていく。臨機応変でした。つながらないかなと思っても、あえて身を任せたり、譲れないと思ったところも、できあがってみるとちゃんと成立していたり。演じ手と作り手の視点のズレが、面白いものを生む時もある。映画らしく総合芸術的でした」

 

泣きのモードにもスッと入れる 綾瀬はるか

試行錯誤しながら役を作った過程が、この映画と相似形だった。「雄司のキャラクターと通じたというか。水の中で、雄司はなくした記憶と向き合います。ぼくも、自分の経験を呼び起こして、雄司の壮絶な思い出と重ねて演じました。自分と向き合うことは結局、どう生きていくかに通じるんです」
 
綾瀬はるかが演じた静香コーチは、自身もトラウマを抱え、苦しむ雄司を励まし、時にしかりながら導いていく。コミカルに、時に深刻に、息のあったところを見せた。NHK大河ドラマ「八重の桜」でも共演している。「彼女は感覚が鋭いというか、パッとモードに入れる。あんなに笑ってたと思ったら急に泣いたりしますし、すごいですよ。スッとやれてしまうところが」
 

カメレオンみたいになれたらいい

初めて舞台に立ってから20年。演劇から映像に進出し、10年のNHKドラマ「セカンドバージン」で注目された。以来、映画、テレビでひっぱりだこである。「映像の世界に入ってからは、すごく早かったです。映像の力はすごいですよ。自分が思ってる自分と、周りが思ってる自分にズレがある。あ、そんなふうに見られてるんだと。それがすごく楽しい。いろんな役をやると印象も変わる。変わったり戻ったりも、あっていい。不思議な仕事だなと思って」
 
演じる際は、監督第一という。「監督の世界観に、どう染まるかだと思っています。いただける役は、何でもやりたい。同じ時期に似た役が重なったりするんですよ。でもそれも、僕のことを見てくれた人が、やらせたいなと思ってくれるから。それに全く同じではないので、あえてやってみるのもいいと思う」
 
「自分の素が、よく分からない」という。演じている役と同化するということか。「役者って、素があっちゃいけないのかなって気もしますしね。そこは捨てろと。演じている時はそのモードにいるのが心地いいのかもしれない。こうして取材を受けてると、『はい、泳げません』を撮影していた時のモードが呼び起こされます。別の脚本を読んでるとそっちになるし、映画館で映画を見てると誰かに感情移入して、その人になる。カメレオンみたいになれたら一番いいですけど、そこまではなかなか」
 
「はい、泳げません」は6月10日、全国公開。

はい、泳げません

大学で哲学を教える小鳥遊雄司(長谷川博己)は水恐怖症のカナヅチ。一念発起して飛び込んだスイミングクラブで、コーチの薄原静香(綾瀬はるか)の下で泳ぎを習い始める。雄司は、自分が泳げなかったために幼い息子を水の事故で亡くし、しかもその時の記憶を失っていた。泳ぎながら記憶を呼び戻し、自身の過去と向き合うことになる。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

三浦研吾

毎日新聞写真部カメラマン