第73回ベルリン国際映画祭で監督賞を受賞し、銀熊のトロフィーを掲げるフィリップ・ガレル監督

第73回ベルリン国際映画祭で監督賞を受賞し、銀熊のトロフィーを掲げるフィリップ・ガレル監督

2023.2.27

受賞の期待は高かったが……「すずめの戸締まり」無冠のわけ:第73回ベルリン国際映画祭

第73回 ベルリン国際映画祭をひとシネマ編集長勝田友巳が現地からお伝え!

勝田友巳

勝田友巳

第73回ベルリン国際映画祭は、金熊賞にフランスのニコラ・フィリベール監督のドキュメンタリー「アダマントにて」を選び、26日に閉幕した。今回のコンペ作品のレベルは決して低くなかったが、飛び抜けた作品が見当たらず、賞レースは本命不在。日本アニメを代表する「すずめの戸締まり」(新海誠監督)の受賞も期待されたものの、終わってみれば無冠に終わり、賞は欧州作品が席巻した。

 「すずめの戸締まり」の反応は決して悪くなかった。ドイツの観客の歓迎ぶりから、日本アニメと新海作品の浸透がうかがえたし、上映会場も盛り上がった。小粒な作品が多かったコンペの中で、平凡な少女が世界を破滅から救う冒険と成長の物語を、壮大なスケールと圧倒的な語り口で色彩も鮮やかに描いた日本アニメは、華やかに輝いていた。どの作品も一長一短で決め手がなく、日本人記者の間では「もしかしたら」と受賞の期待も高まった。

 公式上映のレッドカーペットでポーズをとり新海誠監督(右)と原菜乃華

日本アニメ浸透実感しつつ、限界も

一方で、無冠に終わったのは仕方ないとも言える。背景にある東日本大震災は日本人の観客にはすんなり理解できても、海外の観客には説明不足だった。間近にトルコ・シリアの大地震が起きたばかりでは、象徴的に描かれたガレキやファンタジー調に表現された死者との別れは楽天的すぎたかもしれない。ファンの間には好意的に受け入れられた日本アニメも、それ以外の層にはまだ壁があるようにも見受けられた。振り切った娯楽性は、賞争いではマイナスに働いたのだろう。
 
とはいえ、新海監督が期間中何度も東日本大震災に言及したことは、日本の現状への理解を多少なりとも促したと思う。新海監督自身も、映画祭での体験は「今後はより〝映画〟を目指し、海外の観客の目も意識することになるだろう」と、収穫を得た様子だ。遠からぬ将来、宮崎駿監督に次いで3大映画祭の最高賞に輝くことも夢ではない。
 

金熊賞は「アダマントにて」ニコラ・フィリベール監督

コンペに並んだ作品は一見穏やかだったが、背景には現代の世界情勢が反映されていた。コロナ禍の残影、会期中に1年の節目を迎えたウクライナでの戦争、映画祭がウクライナと並んで連帯を表明したイランでの反政府運動などと、映画も無縁ではいられない。受賞作品もそれぞれが、社会との関わりをうかがわせた。
 
金熊賞の「アダマントにて」は、パリのセーヌ川に停泊する船に作られた精神疾患者のデイケア施設を記録したドキュメンタリー。字幕やナレーションを排し、施設利用者と職員の姿を淡々と記録している。「ぼくの好きな先生」などで、市井の人たちを温かく見つめたフィリベール監督のまなざしは、ここでも柔らかい。施設の人々と信頼関係を築いた上で、7カ月にわたって撮影に通ったという。利用者が創作するユニークで感性豊かな絵画や音楽に驚き、自由でくつろいだ姿はほほ笑ましく、時に感動的だ。精神医療の現状に対する、静かなアンチテーゼともなっている。

「アダマントにて」©TS Production Longride
 
フィリベール監督は国際的に知られたドキュメンタリー作家だが、意外にも3大映画祭のコンペは初出品。「ドキュメンタリーへの認知を高めることになる」と受賞を喜んだ。製作には日本のロングライドが加わっている。20年前にカンヌ国際映画祭で「ぼくの好きな先生」を買い付けて以来、フィリベール監督の作品を日本で配給し、製作出資もこれが3作目という。授賞式の壇上でフィリベール監督から感謝の意をささげられた波多野文郎社長は、金熊賞に「長い間の挑戦が実った」と喜んでいた。日本では2024年春の公開を目指している。
 

俳優賞にトランスジェンダー

審査員大賞の「赤い空」は、ドイツのクリスティアン・ペッツォルト監督による群像劇。バルト海沿岸の一軒家に集まった4人の若者の間で起きる出来事を、ジリジリと迫る山火事と重ねて描いていく。3人がすぐに打ち解けたのに対し、駆け出しの作家は締め切りが迫っていることを理由に距離を置く。山火事は不安な世界の隠喩となり、人間の孤独や本音がじわじわとあぶり出されていくスリリングな展開は、ペッツォルト監督らしい演出だった。

「赤い空」©Christian Schramm Film
 
最優秀審査員賞はフィリップ・ガレル監督の「グラン・シャリオ」。家族で旅公演する人形劇一座で中心的存在だった父親が急死し、家族がそれぞれの道を歩き始める。祖父と父親が人形劇団に属していたというガレル監督が、俳優となった自身の3人の子どもを起用したパーソナルな作品だ。家族の情や別れをサラリと描く、熟練の技。受賞は映画祭が巨匠に敬意を払ったかっこうだ。ガレル監督は「コロナ禍で家に閉じこもっている間に着想を得た。家族を集めて心地よく撮った。受賞で長生きできる」とユーモアを交えて喜びの言葉。

「グラン・シャリオ」©Benjamin Baltimore 2022 Rectangle Productions-Ciose Up Films-Arte France Cinema-RTS Radio Television Suisse-Tournon Films
 
ベルリンは21年から俳優賞に男女の別をなくし、主演と助演のそれぞれに賞を贈ってる。今回は、いずれもトランスジェンダーを扱った作品の出演者だった。最優秀主演賞は、演技は初めてという8歳のソフィア・オテロが受賞。スペインの「20000スピーシ-ズ・オブ・ビーズ」(エスティバリス・ウレソラ・ソラグレン監督)で、女の子として生きたいが認めてもらえず苦しむ幼い少年を、生き生きと演じた。授賞式で感激の涙を流しながら家族や親戚の名前を挙げて「ありがとう」を連発。記者会見で「一生俳優をやりたい」と愛くるしく宣言して、記者から喝采を浴びた。

「20000スピーシ-ズ・オブ・ビーズ」©Gariza Films, Inicia Films
 
最優秀助演賞はドイツの「ティル・ジ・エンド・オブ・ザ・ナイト」(クリストフ・ホーホホイスラー監督)でトランスジェンダーの女性を演じたテア・エラ。服役囚が仮釈放され、潜入捜査官と麻薬取引を摘発するおとり捜査に関わるが、彼女は実は捜査官の元恋人だった。ひねりを加えたジャンル映画の中で、物語のカギを握る存在を妖しい存在感とともに演じた。自身もトランスジェンダーで「トランスの人たちが不安定で偏見にさらされていることを知ってほしい」と訴えた。

「ティル・ジ・エンド・オブ・ザ・ナイト」Reinhold Vorschneider Heimatfilm
 

コロナ禍で人生見つめ直した作品群

映画祭会場にもその周辺の繁華街にも、マスク姿はほとんど見かけず、会場への入場制限も撤廃。併設のマーケットもにぎわって、すっかりコロナ禍前に戻った様子だった。一方でコンペに並んだ作品は、大なり小なりコロナ禍の影響を感じさせた。家に閉じ込められ人との交流もできず、防ぎようのない災厄におびえながら長い期間を過ごす中で、過去を見つめ直し内省する作品が目立った。
 
「キムチを売る女」「柳川」などが日本でも公開された中国のチャン・リュル監督の「シャドウレス・タワー」では中年の料理評論家が、米国のA24が製作した「パスト・ライブズ」(セリーヌ・ソン監督)では幼い頃に韓国からカナダに移住し、初恋の男とSNSで再会する女性が、失われた時を慈しむように自身を振り返る。ともに受賞には至らなかったが、コロナ禍を経て乾いた心に染み入るようで評価は高かった。
 
ベルリンは3大映画祭の中でも政治的色合いが強い。ウクライナのゼレンスキー大統領による「映画は政治の外側にいていいのか」という問いかけで幕を開け、期間中にイランとウクライナへの連帯を示すデモンストレーションを行った。多くの映画人がスピーチの中で、政治的メッセージを発信していた。作品選考責任者、カルロ・シャトリアンの「映画祭は世界に浮かんだ泡だ。情勢を映し出す」という言葉を実感させられた10日間だった。


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ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。