日本映画制作適正化機構の阿部勉さん=和田大典撮影

日本映画制作適正化機構の阿部勉さん=和田大典撮影

2023.5.09

映適マークで「撮影現場に新しい文化を。契約、休日を当たり前に」:映適審査部 阿部勉さんインタビュー

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勝田友巳

勝田友巳

日本映画制作適正化機構(映適)の「作品認定制度」が2023年4月にスタートした。無契約状態での長時間労働、ハラスメントの横行など、問題が噴出した映画界。撮影現場の健全化への切り札となるか。映適審査部の阿部勉さんに、映適の意義と役割を聞いた。
 

業界3者が議論、映適発足

映適発足は、22年6月。経済産業省が19年に行った映画業界の実態調査を受けて、大手映画会社で作る日本映画製作者連盟(映連)、インディペンデントの製作者が集まる日本映画製作者協会(日映恊)と日本映画監督協会など職能8団体などが、撮影現場の環境改善を目的に設立した。映適は23年3月、「映像制作の持続的な発展に向けた取引ガイドライン」を作成、映連、日映恊と職能8団体が協約に調印した。4月1日から申請受け付けが始まった。

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ガイドライン準拠の撮影現場に交付

――映適が認定した作品には「映適マーク」が交付されます。どんなものですか。
 
映適マークは、健全な撮影現場で作られた映画の証しです。映適は作品ごとに申請を受けて、脚本と撮影スケジュールの妥当性、スタッフとの契約書や発注書の締結状況などを確認し、撮影日報の内容を審査したうえで、ガイドラインを守って撮影されていれば「映適マーク」を発行します。4月1日から申請受け付けを開始しました。
 
――映適マークを交付されることで、具体的なメリットはありますか。
 
罰則や優遇措置はありません。映適の役割は撮影現場にガイドラインを根付かせ、新しい文化を作ることだと思っています。「違反を取り締まらないのか」という問い合わせもありますが、ガイドラインは法律ではないし、映適は取り締まり機関ではありません。認定制度で現場を縛るのではなく、利用してほしいと考えています。ガイドラインを指標に工夫し、より良い撮影環境を実現してもらうことが目的です。


「日本映画制作適正化認定制度に関する協約調印式」で、協約策定に参画した映画関係者に囲まれる島谷能成・日本映画制作適正化機構理事長=2023年3月29日,勝田友巳撮影

撮影環境改善のきっかけに

――実効性はあるのでしょうか。
 
自分もそうでしたが、スタッフはいい作品を作りたいという思いで働いていると思います。「現場がしんどい」よりも「もっと面白くしたい」が先に立ってしまう。議論の過程で、タイムカードで作業時間を管理するという案も出ましたが、これはスタッフ側から慎重意見が出ました。深夜作業はやめたいが、撮影現場に勤怠はそぐわないと。〝性善説〟ではありませんが、映適マークがきっかけとなって現場環境が改善される方向に向かうと期待しています。
 
これまでは撮影が始まったら休みなし、1日の撮影は監督が「終了」と言うまで続く、が当たり前で、ましてや準備や打ち合わせもしない完全休養日などあり得なかった。けれど映画以外の業界では、休みにはパソコンを開かない、メールも見ないという取り組みをしている会社もある。
 
「今日は時間だからここで一区切り」「完全休養日には映画を見たり本を読んだり、家族と過ごしたりとリフレッシュする」という環境で撮影をしたら、どんな影響が出るか。映画界でもやってみようということです。


 

検証しながら見直し

――ガイドラインを巡っては「1日13時間の作業時間は長すぎる」「準備と撤収にみなし1時間は実態に合っていない」「完全休養日が2週に1日は少ない」などの声が出ています。
 
今回はあくまで第一歩、これで万全だと思ってはいません。映画の出資側、制作会社、スタッフの3者が、このままでは映画を作り続けられないという危機感を共有して議論を始めました。時に利害相反する立場の3者が同じテーブルにつくのは初めてで、革命的だったと思います。
 
しかし、撮影のルールを作ることは製作費上昇に直結するし、制約を受ける人もいる。議論はしばしば行き詰まりましたが、常に、どうやったら面白い映画を作り続けられるかという原点に戻って話し合いを重ねました。妥協の産物ではなく、議論に参加した全員が異論なく、「これならできそうだ」という合意点です。「1日の作業13時間」「みなし1時間」「完全休養日」などは、これだったらやっていけると探った結果です。誰かが「これでは難しい」という合意では文化になり得ません。
 
――では見直しもしていくのですね。
 
十分ではないのは承知しており、放置するつもりはありません。スタッフの提案を吸い上げるとか、撮影現場の各パートが実際の作業時間を記録するとか、検証しながら次のステップに進みたい。
 

ハラスメントは容赦せず

――ハラスメント対策も、大きな問題です。
 
ハラスメントは性善説で捉えてはいけない問題です。被害を相談されたり指摘を受けたりした場合には撮影現場に問い合わせ、原因を追求するなど対処します。相談窓口を設け、利用を呼びかけるカードも現場で配布します。ガイドラインでは制作者に管理を求めていますが、映適内部でも体制を固めたいと考えています。
 
そのほかガイドラインを無視した撮影スケジュールや契約の不備が指摘される場合にも厳しく対処します。特に契約については言い訳がききません。相談などがあればきちんと調査し、改善を求めたいと考えています。


 

協賛金運営は3年限り

――運営体制はどのようなものですか。
 
現在の事務局員は4人、映画会社からの出向で、運営経費は映画関連企業からの協賛金でまかなっています。しかし業務に関しては厳密に区別し、映画界にルールを守らせる立場として仕事をしていきます。ガイドライン違反の通報などがあれば、出向元からであっても絶対にそんたくしないようにと言い渡していますし、映画会社からも調査に協力するとの誓約書を得ています。疑義が生じたら放置せず、きちんと対処します。
 
協賛金もとりあえず3年と期限を区切っています。協賛金や国の補助を受けて、映画業界との癒着や検閲の不安の余地があって信頼を得られなければ、制度は崩壊してしまいます。映画倫理機構のように独立し、運営も審査料でまかなうことが原則です。映適も認知が広がれば、独立できると思います。
 
――スタートから1カ月、申請は届いていますか。
 
4月1日受け付けを開始し、月内に4、5本の申請がありました。脚本と総スケジュールを提出してもらい、ガイドラインに従っているかを確認しています。撮影準備はガイドラインができる前から始めていたはずですが、その中でも基準内に収める工夫がうかがえます。今年度の申請は20~30本になりそうで、うれしい悲鳴を上げています。早急な体制強化が必要になるでしょう。
 

スタッフセンターも協議中

――映適はスタッフセンターの設置も掲げています。映画スタッフが登録料を払って登録し、仕事のあっせんや契約締結などをサポートする仕組みですね。
 
スタッフセンターもいい映画を作るための環境を整えるのが目標です。現在、具体的に何ができるか協議しています。人材育成事業や技能継承講習は、職能団体や文化庁などが取り組んでいて、同じことをしても仕方ありません。
 
例えば、個別の事業や振興策を横断的にまとめたり、契約書の読み方など社会人として必要なスキルの取得を後押ししたりといった取り組みが可能ではないでしょうか。
 

映画業界の議論の場に

――映適にはどんな将来像を描いていますか。
 
映適は業界の3者が同じテーブルにおり、常設の議論の場とすることができます。業界の意見を横断的に集約して、政策提言もできるかもしれない。
 
日本映画は世界の映画史に素晴らしい足跡を残しています。しかしそこにあぐらをかいて、ガラパゴス化してはよくありません。創造力を存分に発揮できる撮影現場を作り、新しい日本映画作りの道を見つけたいと考えています。
 
阿部勉(あべ・つとむ) 日本映画制作適正化機構・審査部所属。東北大卒。1982年松竹に入社し「男はつらいよ」「学校」シリーズの助監督を務め、2000年「しあわせ家族計画」を監督。 同作はヒューストン国際映画祭ファミリーチルドレン部門金賞受賞。ほかに「小津安二郎監督作品DVD化の軌跡」(04年)、「京都太秦物語」(共同監督、10年)など。早稲田大川口芸術学校非常勤講師、文化庁委託事業 「若手映画作家育成事業」検討委員、芸術文化振興基金運営委員会専門委員、京都ヒストリカ国際映画祭実行委員長などを歴任。

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ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

和田大典

毎日新聞写真部カメラマン