諏訪敦彦監督=宮本明登撮影

諏訪敦彦監督=宮本明登撮影

2023.5.09

映適発足「ガイドラインに本気度足りぬ。映画界改革、これで終わりではない」:諏訪敦彦監督インタビュー

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井上知大

井上知大

日本映画界の大きな転換点となり得るのか――。4月1日から日本映画制作適正化機構(映適)による新たな認定制度が始まった。かねて長時間労働やハラスメントのまん延が指摘されてきた業界の「働き方改革」といえ、寄せられる期待は大きい。一方で、現状は運営基盤が脆弱(ぜいじゃく)で実効性を疑問視する声も。〝映画先進国〟フランスでの撮影経験が豊富な諏訪敦彦さん(映画監督・東京芸術大大学院教授)に、本当に改革が進むには何が必要か尋ねた。

画期的だが、体制不十分

――映適の認定制度がスタートした意義は。

これまでルールというものが明確になかった撮影現場に、業界の責任ある団体が合意してスタートできたということは画期的、歴史的なこと。ここに至るまでの関係者の努力は大変なことだったと思います。第一歩として評価し、歓迎したい。でも、第一歩。ここで止まらないでほしい。

――あくまでも「第一歩」であると。

このまま終わってしまえば、内実のないものとなって形骸化しかねません。映適の常勤職員は現時点で4人程度。ガイドラインに従って、撮影前と終了後に書類を提出することになっていますが、実際の撮影現場でその書類通りルールが守られているのかを誰がどうチェックしていくのか。現状の体制ではおそらくできないでしょう。また、違反した場合のペナルティーもなく、このままなし崩しになってしまうことを危惧しています。


形骸化を懸念「5年後の姿示せ」

――3月にあった映適の記者会見で、島谷能成理事長(東宝会長)は「スモールスタート」を強調していました。

「スモールスタート」として、とにかく始めることに重きを置かれたのであるならば、5年後、10年後にどこを目指すのかという中長期のプランを出してほしいです。例えば撮影時間の問題があります。準備、撤収、食事で1時間ずつという計算で、撮影は正味10時間という考え方のはずですが、今示されているこのトータル13時間という水準は、国際的に見るとまだまだ過酷。

例えば、フランスでは1日あたり8時間、週に40時間まで。フランスが全ての基準であるべきだとは思いませんが、実際にそういう基準でやっている国があるということは認識しておかないと。

もし、現状のルールでこの先もやっていけば、日本映画界は果たして発展するのでしょうか。「5年後にはこれくらいの基準にする」といった見通しは出してほしい。そして、映画界で働く人たちは「まさかこれで終わりではないですよね」と言い続けなければならない。

細部に本気度が見えない

――ハラスメント対策についてはどう考えていますか。

映適のガイドラインでは、現場でプロデューサーが責任を持って解決にあたり、現場に相談窓口を立てることが示されていました。でも、ハラスメント被害を受けた人が、プロデューサーなどの担当者に相談を持ちかけたとき、「まあまあ、互いにちゃんと話し合いなさいよ」といった対応をされてしまったらとても解決できない。

どうも、この業界には「腹を割って当人同士が話せばなんとかなるよ」みたいなメンタリティーの人がまだまだ多い。数年前に映画界でハラスメントが問題になったときにも、業界関係者、特に私よりも少し上の世代でそういう声をたくさん聞いた。でも、腹を割って話せないからこそハラスメントは起きるわけです。そういうことがなかなか理解されていません。全体的にみて、ガイドラインは、時間をかけて検討したとは思えない内容。そういう細部に本気で取り組もうとしている姿勢が見えない。

――ハラスメント対応窓口は、その現場内ではなく別の場所(第三者機関など)にあるべきだという意見ですか。

そうですね。どこへ相談して、それを誰が解決していくのかはまだ明確には示されていません。ただハラスメント対策は、「全て映適がやってください」というのではなく、映画業界にいる全員で意識を高めて言い続けていかないと何も変わらない。そもそも、この映適の動きを知らない人も業界にはたくさんいる。特に職能団体に所属していない人たちは全く知らないと思います。正確な数字は知りませんが、職能団体に所属していない人の方が数としては断然多いはず。そういう人たちが映画製作を支えているのです。

――労働環境の改革をするには、現場の声、機運醸成が必要なのですね。

残念ながら、目の前のことに必死でこの業界を変えようという意識までいかない人が多い。過酷な労働環境に置かれているフリーランスの人や若い人たちは、寝ずになんとか頑張ってしまう人が多い。「変わってほしい」と何となくは思っている一方で、「これでも仕方ない」とも思ってしまう。現状を変えようとするところまで思う人は少ない。あくまで、私の肌感覚ですが。

現場の工夫だけでは乗り切れない

――ほかに課題は。

何と言っても財政の問題です。映適の運営は、審査料を軸にしつつ当面は業界団体や関連企業からの寄付で賄う方針。今年に審査する作品数は20本程度と聞きますが、これは日本で作られる映画の5%にも満たない数です。将来的に増やしていくとしても、今の仕組み、財源で安定的に運営できるのだろうか。

先日の映適の会見では「現場の工夫でなんとかなる」という趣旨の発言が何度もありましたが、私には「現場でなんとかしてね」というメッセージに聞こえました。(映画製作という)同じことを今までより短時間でするとなれば、現場の人たちが別の過酷さを引き受けることになります。単に現場の工夫だけでは乗り切れないし、その認識がなければ、仕組みとしては続けていけないのではないでしょうか。

――たしかに、全てはお金の問題に行き着きます。1日あたりの撮影時間を短くして休養日を設けるといった現場の労働環境を良くすることだって、全体の撮影期間が長くなり、製作費増大につながります。

私は、なんらかの形で、映画界全体の収益の中から財源を確保していく仕組みは必要ではないかと考えます。私たち「日本版CNC設立を求める会(action4cinema)」が主張しているフランスのCNC(国立映画映像センター)のような形が最も良いかどうかは別としても。


理想と現実のはざまで機運醸成

――それは理想的かもしれませんが、日本映画の世界は、業界団体や関連企業など利害関係者が何重にも絡んでいるので、お金を拠出する仕組みはハードルが高そうです。

私個人の意見ですが、可能だと思います。さまざまな立場の人たちに「このためにならやれるよね」と思ってもらって、ある程度のお金を出してもらうためには、共有できる問題意識や目標を設定し、そこに向けてお金がどれくらい必要なのか、というのを組み立てていくしかない。例えば、人口減少社会を迎えた中で、映画を見る人を増やすとか、映画界で働く人を増やすといった「人を育てる」に関わることは、どの立場にとっても必要で共有しやすい目標ではないでしょうか。

持続性と多様性、ともに守る努力を

――今後の展望は。
今は映画界が変わることができるチャンスです。映適の発足は(労働環境改善やハラスメント撲滅などの変革機運醸成への)呼び水になるかもしれない。今回の映適の動きは経済産業省的なビジョンの中で生み出されたものですが、一方で、多様な映画文化を守る措置も同時になければいけません。それは文化庁的な視点と言ってもいいのかも。

産業としての持続性を確保していくことと、文化としての多様性を守っていくことは常に両方セットであるべきです。小さな映画、野心的なプロジェクトというのはそんなにお金にならないわけですが、淘汰(とうた)されていいということではない。

誤解してほしくないのは、大規模なメジャー系の大作から小さな映画にお金を流せと言っているわけではありません。映画業界そのものを守っていくことが重要で、それは多様性を守ること。業界全体を未来に向けて「持続可能かつ発展させるためにお金を投資しましょうよ」という話です。

(米アカデミー賞や3大映画際など国際的に評価されている)濱口竜介監督のような人だって、突然出てきたわけではありません。彼らだってミニシアターがなければ育っていけませんでした。今後も、業界で働く全ての人々の意見を吸い上げて映適の仕組みをどんどん良くしようとするサイクルを続けなければなりません。



諏訪敦彦(すわ・のぶひろ) 1960年広島県生まれ。99年「M/OTHER」が「第52回カンヌ国際映画祭」の監督週間に出品され国際批評家連盟賞を受賞。最新作は「風の電話」。東京芸術大大学院映像研究科教授。2022年に是枝裕和、深田晃司両監督ら有志と共に「日本版CNC設立を求める会(action4cinema)」を設立した。

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ライター
井上知大

井上知大

いのうえ・ともひろ 毎日新聞記者

カメラマン
ひとしねま

宮本明登

毎日新聞写真部カメラマン