録音賞を受賞した川井崇満氏=丸山博撮影

録音賞を受賞した川井崇満氏=丸山博撮影

2023.2.04

録音賞 川井崇満「ノイズは消さない。むしろ足す」 「ケイコ 目を澄ませて」:第77回毎日映画コンクール

毎日映画コンクールは、1年間の優れた映画、活躍した映画人を広く顕彰する映画賞。終戦間もなく始まり、映画界を応援し続けている。第77回の受賞作・者が決まった。

勝田友巳

勝田友巳

受賞の感想を聞いたら「いつかは取るだろうと思っていたので、びっくりはしていない……」。ずいぶん自信たっぷりだなと思ったら、「あ、録音賞か、考えてなかったです」と慌てて訂正。「ケイコ 目を澄ませて」の作品のことと勘違いしていた。長年組んできた三宅唱監督なら、遠からず受賞すると思っていたそうだ。
 


 

「Playback」以来、10年の三宅組

改めて感想を聞くと、「個人で賞もらってというより、作品が認められたことがうれしい。技術はぼくなんかより優秀な方、たくさんいるでしょう。作品に助けられました」。三宅組の耳となり声を作り、映画に貢献してきた。
 
映画美学校の後輩である三宅監督が「Playback」(2012年)を撮影する際に、人を通じて録音の手伝いを頼まれた。「軽い気持ちでいいよと。脚本も読まないまま合流したら、録音部は1人だけ、ギャランティーどころか食費も削りたいっていう現場だった」。しかしできあがった作品を見ると、脚本の印象と全然違う。「面白い監督だな」と思ったのが、なれそめだった。
 
以来三宅組の常連となり、これが4作目。「感覚が似ている」と言う。「ノイズが好きなんですよ」。録音の仕事は、まず明確にセリフを聞かせること。予想しない雑音はセリフのジャマになるし、全てを作り込む映画では意図しない意味が出かねない。多くの録音技師がそう言うが「三宅組ではノイズの方が、時にセリフより雄弁に語ってくれる」。
 

©2022 「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会COMME DES CINEMAS

ノイズも芝居の一部

脚本に合わせて音を設計するより、フラットな姿勢で撮影に臨む。「今回は撮影前に、監督から聴覚障害者の話、だけど主人公の主観で無音にするのはやらない、音楽は使わない、16ミリフィルムでと打ち合わせて。冒頭でミットと器械、縄跳びの音が重なっていくというのは、聞いていた。でも全体の設計は考えなかったです」
 
「コンセプトを考えてお客さんにどう聞かせるかとか、こう思うだろうからやめておこうとは、あまり考えない。この人を説明するのに必要なことを考える。お客さんには不親切かもしれませんが」
 
「人が生活してたら、自分のタイミングと関係なくノイズは出る。三宅組では、その時のカットに合ったノイズなら、そのまま引っ張っちゃいます。役者さんはそのノイズを聞きながら芝居をしています。隣で工事をしている芝居、飛行機が通っている芝居。その音を聞きながら、その言葉を口にしていると信じている」
 

アフレコよりシンクロの素材を

現場を尊重するから、同時録音(シンクロ)。予想外の出来事に遭遇してもNGはなるべく出さず、アフレコはほとんどしない。本番中に飛行機が横切っても芝居を止めずに音を録(と)り、編集で別カットをつなげる時は、わざわざ飛行機の音を足すこともあるという。この作品でも、ジムの閉鎖が決まった後、ケイコの移籍先を探すトレーナーが電話をかけている場面で、近くの駐車場から車が出庫する電子音が聞こえる。
 
この場面、仕上げの段階で整音の担当者が「一応作ってきました」と、そのノイズを抜いて音を当ててきた。しかし三宅監督と「全然気持ちよくない」と意見が一致、「申し訳ないけど、元に戻して」とノイズを復活させた。「周りの環境を意識させる方が、その人の語る言葉よりも誠実な気がします。三宅監督とそういう感覚は似ていて、意見が割れることはほぼないです」
 
今作では、ボクシングをする時の息づかい、ブーツやグローブ、器械の音など多くの生活音、環境音が、声を出さないケイコの寡黙さと対比される。この雑音も、ほぼシンクロの素材。足した部分も生の音がベース。
 
「後から音を当てると作為的になる。俳優も、撮影の後でマイクの前でセリフを言っても感情がつながらず、口の動きに合わせることに集中してしまう。三宅組に関しては多少崩れてもシンクロを優先します」
 
今回、息づかいはアフレコで素材を録音したし、会長の妻のモノローグやケイコの弟のギターなど、アフレコ前提で録った。しかし結局「現場の方がいいねっていうことになったんで、ほぼ使ってない」。
 

仕事っていう感覚がないのかも

トレーナーとケイコが、長く複雑なコンビネーションを練習する1カットの場面で、パンチをミットで受ける音がよく響く。「効果音を足してるのかと聞かれるけど、あれはシンクロ、一つも音を足してないんですよ。気持ちよく聞こえるように録れてよかったな」
 
「でも、後ろにノイズは入ってると思います。それもそのまま使ってます。そこに注意して聞かないでしょう。うるさいところでは小さな音を一生懸命聞こうとするじゃないですか。その音だけの時より多少のノイズがあった方が、無意識に集中するんじゃないですか」
 
他の撮影現場では心構えも異なるというが、三宅組はストレスなく臨めるという。互いの信頼に裏打ちされているのだ。「三宅組は自主製作映画の感じが続いていて、100%、監督のやりたいことだけでできている。どうやったら面白い形になるかだけを考えて、仕事っていう感覚がないのかもしれない」
 
だからこそ、自分よりも作品に賞が増えることがうれしいのだ。「『ケイコ』も面白くしようと考えた末にああなったので。賞を取りにいこうとか、自分の技術でなんとかとか、全くなかった。だから、自分が賞をもらうことに実感ないんですよね」
 

監督が勝負をかける時の、武器になりたい

「自分が認めている監督が勝負かける時の、武器でありたい。がっかりさせたくない」と力を込めた。「世界を広げるには、他の録音部と仕事した方がいいかもしれない」とまで言う。「自分が参加しようがしまいが、世の中に面白い映画が1本でも増えればいい。呼ばれたからには作品を面白くしようと一生懸命やりますけど、別の人と組んでもいやな気持ちしないんです」
 
元々は監督志望。自分が監督する時に録音を担当してくれる人が少なく、それなら自分が覚えて教えようと、録音部の門をたたいたという。かれこれ20年。「今でも演出的なことが好き。演出にも口を出す方」。俳優の動きやセリフのタイミングが、気になると意見を言う。「三宅組では聞いてくれるし、監督がこうしたいと言えば引っ込める。音を録る技術より、作品がどうやったら面白くなるか考えるのが楽しいです」


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ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

丸山博

毎日新聞写真部カメラマン