国際交流基金が選んだ世界の映画7人の1人である洪氏。海外で日本映画の普及に精力的に活動している同氏に、「芸術性と商業性が調和した世界中の新しい日本映画」のために、日本の映画界が取り組むべき行動を提案してもらいます。
2024.3.18
米国アカデミー賞受賞作をYouTubeで全編公開!? 短編ドキュメンタリーの試金石「ラスト・リペア・ショップ」に注目
太平洋の向こうから激励のメッセージが届いた。
来月、京都芸術大学映画学科の皆様と会うことになっている。優れた監督であり、尊敬する教育者の山本起也先生から提案された特別講演において、海外の国際映画祭で日本映画を紹介してきた身として、世界と向き合う映画学徒の姿勢について語る予定だ。エールを送ってきたのは心友のナニーㆍウォーカー。「フィルムスタディー」の本場、アメリカの西部の名門、カリフォルニア大学バークリー校でこの7年間映画を教え、今年は大学院生も指導する。その他にもフランスのCELSAパリとスペインのグラナダ大学で教えていた。彼女の活躍は学問の領域に限らない。ナショナルジオグラフィック、アトランティック誌、ワシントンㆍポスト、BBC、ロサンゼルスㆍタイムズなどで高く評価された映画監督であり、プロデューサー、そしてロサンゼルスㆍタイムズの役員でもあるからだ。筆者自身、政治学と映画学の二つの分野の学位を持っているが、大学の講壇に立つ経験は多くなかったため、彼女の激励がどれほど大きな力になるのかは言葉では言い尽くせない。
ナニーと私、それぞれに重なる「超人」という生きざま
ふと書斎から古い「オックスフォード英語辞典」を取り出し、「コネクション(connection)」という単語を探す。 最初の行に「(ふたつの事実の考えなどの)関連性(関係性)」、本文を読み続けると「人脈のある人(機関)」と書かれていたが、筆者の視線が止まったのは「親戚」である。そう、たびたび対話で我々の関係性は「コネクション」という単語で表現されるが、実は彼女は私にとって「フレンド」というよりも「リレーティブ」に近い存在である。決定的な理由は、多民族国家のアメリカという環境で極めて強い絆として作用せざるを得ない人種的背景が挙げられるだろう。それぞれ日本とネパールに縁のあるダークヘアの人々。しかもハーフ(アメリカとネパール、日本と韓国)というヘリテージの様相さえ似ている。初めて交わした深い話で、学部時代に哲学を専攻した彼女は、筆者のことをフリードリヒㆍニーチェが話した「超人」に例えたが、それはただ筆者だけに該当する話ではないと思う。肯定的に表現すればダブル、ふたつのルーツを持つ我々に最も望ましいのは互いに異なるふたつの環境で歓迎されることだが、そのためには普通の人を超える程度の努力が必要なのだ。つまり、超人にならなければならないということだろう。彼女の表現は私に対する称賛であると同時に、我々が取るべき人生の姿勢を悟らせた意味ではないか。
心友・ナニーの仕事は、世界に誇る〝文化の創造〟そのもの
ナニーが成し遂げたことの中で、心友として最も誇らしいのは実に「21世紀を代表する文化的実験」と言えるロサンゼルスㆍタイムズShort Docsとロサンゼルスㆍタイムズㆍスタジオの構築だ。革新の精神、平穏への追求、自然に対する尊重、多様な文化に対する愛情などを追求するウェストコーストの世界観に基づいたリアルストーリー、すなわち短編ドキュメンタリーを発掘し、開発するという趣旨のこのプロジェクトは慣習を破る大胆な声、挑戦的で躍動的でインスピレーションを伝える作品のプラットフォームとしての役割を果たしてきた。ここにロサンゼルスㆍタイムズㆍスタジオは、その趣旨を自身の作品の中で表現する能力のある映画製作者を発掘し、観客と会うための多様なプログラムを企画ㆍ実行してきた。彼女は実に驚くべき事業の「創造主」である。このロサンゼルスㆍタイムズㆍスタジオのエグゼクティブプロデューサーとして、彼女は当代の人々の心を豊かにする「ストーリーㆍサーチャー」というもうひとつの使命を実践してきたのだ。特に、今回の第96回アカデミー賞授賞式で短編ドキュメンタリー映画賞を受賞する快挙を成し遂げた「ラストㆍリペアㆍショップ」は、その事業の一環としてウォルトㆍディズニーのインディーズ芸術映画部門で輝かしい業績を持っているサーチライトㆍピクチャーズとのコラボを成功的に遂行したという点で注目すべきだ。
音楽を通じ〝公益〟という価値を描く「ラスト・リペア・ショップ」
カナダ人フィルムメーカーのベンㆍプラウドフットとアメリカ人の「グリーンブック」のサウンドトラックの作曲家、指揮者でありピアニスト、ドキュメンタリー監督のクリスㆍバワーズの才能が究極のケミストリーを起こしたこの「ラスト・リペア・ショップ」は「有料の国」アメリカで、もしかしたら最も見慣れない主題かもしれない「公益」を語る。さらに驚くべきことは、この「公益」という価値の実現が、音楽を通じて行われるのを示しているということ。
ロサンゼルスは1959年以来、公立学校の生徒のために無料で楽器を提供し、修理まで引き受けている。同作は弦楽器、金管楽器、木管楽器、ピアノの四つの部分の職人であるデイナ、パティ、デュアン、スティーブの4人が性的少数者や貧困層、音楽が人生の全てだったミュージシャン、そして生命の脅威を乗り越えた避難民としてお互いに全く違う道を歩く姿をとらえ、音楽で治癒と救援を得た隠された英雄たちの人生歴程と共に、彼らの献身によって人生が豊かになった、誰よりも素晴らしくたくましい疎外階層の子供たちを描く。
YouTubeで全編公開!? 誰もが視聴できる画期的な作品
映画的に評価したいのは、このような登場人物たちのライフストーリーが映画という「溶鉱炉」を通じて誠に美しい色の宝石に生まれ変わり、1分、1秒も目が離せない面白さを与えていること。そのようにして同作は音楽がどれだけ人生の活力源であり、難しい現実から人間を解放させる大事なものになりうるかを想起させる。特に日本の観客の皆様に知らせたいのは、同作の全編を誰もが好きな瞬間に見られるようにYouTubeで公開していることである。音楽教育が、そして映画がどのように共同体の利益のために服務するかを、シンクタンクの論文より効果的で感動的な方法で世界中に知らせる驚異的な業績に違いない。しかし、逆説的にも筆者は涙が雨のように流れる感動が感じられるロサンゼルス公立学校の卒業生と在校生、そして彼らの音楽を「四天王」のように頼もしく支えてきた4人が感動の共演を繰り広げるラストシーンを見ながら、映画をスクリーンでまた見たいという欲望にとらわれざるを得なかった。
▲The Last Repair Shop | 2024 Oscar-winning Documentary Short/Los Angeles Times
評論家としてさらにうれしいのは心友のこのような崇高で極美な作品が、「君たちはどう生きるか」と「ゴジラ-1.0」と共に、まるで日本映画の今日に送るハリウッドの献辞のように感じられる授賞式で一緒に受賞の栄光を享受できたことである。
遠い話のように感じられた春の桜の開花がいつの間にか近づいている3月の夕方、忙しい中でも筆者にお礼の返事を送ってくれた心友の優しさを再び思い出し、この場を借りて改めてお祝いの言葉を伝えたい。
“Nani, my dearest friend, soulmate, and supporter. Congratulations with all my heart.”