©Amazon Studios

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2022.10.23

007ファンでなくても見応えのある60年分の音楽史「サウンド・オブ・007」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、村山章、大野友嘉子、梅山富美子の4人です。

村山章

村山章

「007シリーズ」が今年で60周年だという。その間に作られた007映画は25本(別のスタジオが製作した2作品を除く)。50周年を記念した2012 年の「007 スカイフォール」以降はコロナ禍の影響もあって新作は2本しか公開されていないが、昨年の「007 ノー・タイム・トゥ・ダイ」で6代目ジェームズ・ボンド、ダニエル・クレイグが引退したこともあって、大きな歴史に一区切りがついたという印象はある。
 
さて、そんな60周年を記念して作られた「サウンド・オブ・007」がAmazon Prime Videoから配信された。6人の歴代主演俳優、ボンドガールと呼ばれた膨大な数の共演者や個性豊かな敵たち、世界のギミック好きを夢中にさせた秘密兵器などなど、トピック選びには困らないシリーズだが、本作は007シリーズの音楽に特化したドキュメンタリー作品になっている。
 

ポール・マッカートニーからビリー・アイリッシュまで、トップアーティストが主題歌を担当

 確かに007シリーズにおいて、音楽は象徴的な役割を果たしている。全作品で聴くことができるテーマ曲の旋律は、もはや007のみならず、スパイという職業そのものの代名詞だし、恒例となっているオリジナルの主題歌からはいくつも大ヒットが生まれている。
 
しかも主題歌を担当するのはその時々のトップアーティストであり、例えばポール・マッカートニーもルイ・アームストロングも、マドンナもビリー・アイリッシュもいる。こんなぜいたくができるシリーズがほかにあるだろうか?
 
「サウンド・オブ・007」では、偶然から生まれたテーマ曲の誕生秘話に始まり、ジョン・バリーという天才作曲家の偉大な功績をひもとき、いかにシリーズの伝統を守りながら、音楽が変化し、進化していったのかを当事者のコメントを交えて紹介していく。
 
さすがに88分間ですべての主題歌について語るわけにはいかず、筆者が大好きな「黄金銃を持つ男」について(歌唱を担当したルルが出演しているにもかかわらず)ほとんど触れられていないのは残念だが、シリーズのファンなら誰もがそれぞれに思い入れがあるはずなので、わがままを言うのはやめておこう。
 


携わったミュージシャン、スタッフのシリーズへの愛を感じさせる製作の裏側も描く

それよりも、本作によって改めて教えられたことがある。ファンは勝手なことばかり言う生き物で、特に古株であればあるほど、「昔は良かった」などと言ってしまいがちだ。ところが、テーマ曲のアレンジの違いや、主題歌の変遷を知ることで、関わってきたミュージシャンやスタッフたちが、いかにシリーズを愛し、その上でどんな新しい挑戦を積み重ねてきたのかが浮き彫りになっていくのである。
 
正直いうと、筆者はダニエル・クレイグが有終の美を飾った「ノー・タイム・トゥ・ダイ」のコンセプトにも出来ばえにも大きな不満があった。なんならシリーズで一番好きな「女王陛下の007」へのオマージュが多いことすら腹立たしいと思っていた。
 
しかし「サウンド・オブ・007」を見ると、音楽担当のハンス・ジマーが、主題歌だけでなくスコアにも参加したビリー・アイリッシュが、そして長年シリーズのかじを取ってきた製作陣が、どんな思いで映画に取り組んでいたのかが明かされ、自分が感じていた不満など、心の狭いファンの意固地なクレームにすぎなかった気がしてくる。
 

ファンにはたまらない、驚くようなエピソードや裏話も充実

 見え方が変わったのは「ノー・タイム・トゥ・ダイ」だけではない。60年の歴史には浮き沈みはつきものだが、音楽を通してシリーズを見直すことで、あまり支持していなかった時代や、凡作だと思っていた作品のことまで考え直す気になるのだから面白い。
 
また、レディオヘッドを筆頭に、主題歌を手がけるはずがさまざまな理由で実現しなかった大物アーティストの裏話など、驚きのエピソードにもこと欠かない。
 
007シリーズ自体は、近い将来7代目のジェームズ・ボンドを迎えて今後も続いていくだろうが、オールドファンにはひとつの時代の総決算として、そうでない人にはシリーズの魅力を知る入り口として、また音楽好きには興味深く貴重な参考資料として、さまざまな効能があるドキュメンタリーとしておすすめしたい。
 
「サウンド・オブ・007」はAmazon Prime Videoで独占配信中。

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ライター
村山章

村山章

むらやま・あきら 1971年生まれ。映像編集を経てフリーライターとなり、雑誌、WEB、新聞等で映画関連の記事を寄稿。近年はラジオやテレビの出演、海外のインディペンデント映画の配給業務など多岐にわたって活動中。