毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2022.6.24
この1本:「ベイビー・ブローカー」 子の幸せ願い、未来を
子どもの虐待や育児放棄の暗いニュースが毎日のように伝えられる昨今。この作品も子どもを捨てる母親の物語で、登場するのは後ろ暗い人物ばかり。それなのに、映画は終始明るい。笑いが織り込まれて喜劇調、登場人物はむしろ楽しげだ。是枝裕和監督は現実を悲観するよりも、未来の可能性を示すのである。
土砂降りの雨の中、ソヨン(イ・ジウン)が赤ちゃんのウソンを置き去りにする。張り込んでいた刑事スジン(ペ・ドゥナ)が、ウソンをベビーボックスに入れると、中にいたサンヒョン(ソン・ガンホ)とドンス(カン・ドンウォン)が横取り。2人は仲介料を取って違法な養子縁組をするブローカーで、スジンは2人を追っていた。ウソンがいなくなったことに気づいたソヨンが警察に行こうとしたため、ブローカー2人はソヨンを引き入れて、一緒に里親探しをすることになる。
スジンはソヨンを見て「捨てるなら産むな」とつぶやく。子どもを捨てる母親は、のっけから否定されるのだ。サンヒョンとドンスは金目当て、スジンにしても夫を邪険に扱って、ちょっと感じが悪い。登場人物はみな、完璧ではない。どの人物の苦しみも罪も、安易に解決されない。
しかし悪人はおらず、むしろお人よしなのが是枝節。里親候補の付ける値段に一喜一憂していたのに、次第にウソンを幸せにできるのかと考え始める。毒舌でも互いをいたわる優しさを見せる。
是枝監督は「誰も知らない」で、母親に置き去りにされた子どもたちが見る景色をリアルに描いた。今作は視点を反転させ、母親の側に立つ。母親にならない、なれなくても、ソヨンは子どもの幸せを考え、彼女を支えようとする人々がいる。家族に必要なのは血縁の有無ではない。愛すべき欠陥人間たちに、是枝監督は優しく強いまなざしを向けている。2時間10分。東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか。(勝)
インタビュー:是枝裕和監督前編「ベイビー・ブローカー」産んでも母になれない人もいる 血縁だけが家族ではない
藤原帰一のいつでもシネマ:「ベイビー・ブローカー」生まれない方がいい人はいない
異論あり
母親になりたくてなりたくて、だけどなれなかった私は、赤ちゃんポストにも、それを利用する親にも、子どもを買いたいと思う人にも、人並み以上に関心を持っていた。そんな視点から見ていた者としては、これまでの是枝監督の作品と比べると物足りなさを感じてしまった。今回監督は、特定の人たちに対する、ストレート過ぎるほど分かりやすいメッセージを込めているのが明らかだからだろう。でも、それほどまでにその言葉を伝えたい監督の思いには寄り添いたい。このメッセージが、伝わるべき相手に、伝わってほしいと願う。(久)
技あり
ホン・ギョンピョ撮影監督が優れた仕事をした。夜がうまい人だが、一段とさえている。冒頭から篠突(しのつ)く雨の夜。ソヨンがベビーボックスの前にウソンを置く。スジンの車が尾行を始める。刑事たちが息抜きする夜も雨。スジンの同僚は明るい店内で口紅を物色し、車ではスジンが夫に電話。窓からスマホを音楽が流れる街に突き出し、「一緒に聴いた曲、聴いて」。雨粒が光り雰囲気は上々。また、ソヨン一行が立ち寄る児童保護施設の小さな湾の情景。船が灯火をつけ、赤灯台が点滅し始める。「彼にあり我に無い」のは現場のゆとりか。(渡)