「嗤う蟲」

「嗤う蟲」©︎2024映画「嗤う蟲」製作委員会

2025.1.30

日本人にしかできない新鮮なフォークホラー「嗤う蟲」とアリㆍアスターの「ミッドサマー」

国際交流基金が選んだ世界の映画7人の1人である洪氏。海外で日本映画の普及に精力的に活動している同氏に、「芸術性と商業性が調和した世界中の新しい日本映画」のために、日本の映画界が取り組むべき行動を提案してもらいます。

筆者:

洪相鉉

洪相鉉

コロナ禍の初期、国内の映画館が休業要請などで苦しんでいた2020年5月20日、アカデミー映画博物館が多くの人々の慰めになる美談のツイートをした。「ミッドサマー」の主演女優のフローレンスㆍピューが劇中で着ていたメイクイーンのドレスを6万5000ドルで落札したという内容。1万本を超えるシルクフラワーで覆われたこのドレスの代金を製作会社のA24は自社所在地のニューヨークの消防士と家族を支援するNPOに寄付し、コロナ禍の被害に遭った人々を助け、それ以外にも同作の小道具だけで10万ドルが募金できた。

アリㆍアスター監督の代表作「ミッドサマー」

アメリカを代表するインディペンデント系エンターテインメント企業A24と、コロナ禍にも負けず興行面で気炎を吐いたホラー映画の若き名匠、アリㆍアスターの代表作「ミッドサマー」。監督がスウェーデンのインディー映画製作会社B-Reel Films(BR·F)から「スウェーデンを背景にした狂信徒が登場するホラー映画を作ってほしい」いうオファーを受けた。この作品には、夏至祭や人をささげるバイキングの多神教、スカルド詩に語られる儀式的な処刑法(「血のワシ」)など残酷なシーンが多く描かれた。その一方で大衆の関心を集めるスウェーデンの伝統文化をノルディックㆍノワールとも呼ばれる犯罪物、スリラー、そしてホラーなどで仕上げ国際的に評価された。それがスウェーデン独自のジャンル的ストーリーテリングだとして、日本だけでも公開規模から考えると大ヒットと言える7億3千万円の興行収入を上げた。

城定秀夫監督の「嗤う蟲」

アカデミー監督賞受賞者の奉俊昊(ポンㆍジュノ)が「パラサイト 半地下の家族」を公開したその年に筆者が「最高の映画」に挙げた「ミッドサマー」話をここまで長々と言及した理由はただひとつ。A24が設立される5年前の07年、東芝エンタテインメントから社名を変更して以来、独特な個性が目立つインディーズ映画を続々披露、「日本のA24」として位置づけられているショゲートが「ミッドサマー」に匹敵する新作を出したためだ。

それは公開中の城定秀夫監督のオリジナルシナリオ新作「嗤う蟲」幽霊やシリアルキラーのような既存ジャンルの素材ではなく、民俗や地域の伝統文化を狂信的に信じる外部と断絶したカルト的な集団を登場させ、集団狂気でドラマを導き、主にシャーマニズムやトーテミズム、土着宗教が中心となり、主人公あるいは主要人物がここに巻き込まれるという葛藤の構造を持つフォークホラーに分類できる。「ミッドサマー」と同じ範ちゅうの作品だが、筆者が「嗤う蟲」にさらに愛情を感じる理由は、アメリカ有数の映画学校を出て長編デビュー作の「ヘレディタリー/継承」からサンダンス映画祭で絶賛され、いわゆる「エリートコース」を歩んできたアリㆍアスターと違い、2003年から百数十本の映画とオリジナルビデオを製作しながらシネコン時代にも実験精神の生きているミニシアターという映画文化の中で成長してきた城定監督の作品だからだ。


極めて日本的なフォークホラー

さらに膨大なフィルモグラフィーからも分かるように、彼の最近の作品だけを見ても自伝的作品でもある「銀平町シネマブルース」のようなヒューマンドラマや「欲しがり奈々ちゃん ~ひとくち、ちょうだい~」のような青春物、「愛なのに」のような恋愛映画、筆者がプログラムアドバイザーを務めていたプチョン国際ファンタスティック映画祭に招待された「ハードコアな」クィア映画(「性の劇薬」)はもちろん、ストーリーの中心に男女の愛がある点で、やはり「ミッドサマー」とも似ている。しかし、究極的には別の独特な世界観を提示するところが差別化される「ビリーバーズ」まで、「ホラーㆍオンリー」のアリㆍアスターとは全く違う全天候作家としての道を歩んできた。

これらのほかにも筆者が「嗤う蟲」を今年上半期の注目すべき作品として挙げたのは、その題材自体が「村八分」という極めて日本的なものだからだ。「村八分」とは村落の中でおきてや慣習を破った者に対して科される制裁行為で、一定の地域に居住する住民が結束して交際を絶つこと。これは「ミッドサマー」の場合のように作家が調査を通じて知識を得ることはできるが、本人の経験が染み込んでいない点で自己反映的な理解度は低くならざるを得ない限界を克服させてくれる。

例えばロマンチックな田舎暮らしを夢見て田舎へ行き、無農薬栽培を試みた若者たちが地域の住民たちと葛藤する事例がよくある。これはむしろいなかった虫が発生し、隣人から被害を受けるというデリケートな問題だが、ここに見慣れないものに対する恐怖と警戒心、力学関係を悪用する人間心理という次元で接近していけば日本人にしかできない新鮮なフォークホラーが生まれる。そもそも同調圧力という、目に見えないが最も強力な規制として人々の間に作用する概念を日本人以外に誰が理解できるだろう。ここに少しだけフィクションを加えれば、立派なホラーの叙事に生まれ変わることができるのだ。

城定秀夫は我々を失望させない

最後に筆者が伝統的なホラーファン以外にもドラマ映画を好む日本の観客に「嗤う蟲」を改めて推薦したくなる理由がまたある。深川麻衣が演じる主人公の杏奈が神経質な都会派専門職の女性で妊婦という典型的な犠牲者の設定にもかかわらず、カタルシスあふれる反転のヒーローとして活躍することで、ジョーダンㆍピールの「ゲットㆍアウト」、Mㆍナイトㆍシャマランの「ヴィレッジ」のようなヴィレッジㆍスリラーのエンターテインメント的な満足を期待する皆の期待に応えている点だ。

だから怖そうなポスターに怖がらなくてもいい。映画が好きでも映画で生計を立てることが難しい社会で、新入社員が役員になる年齢まで自己紹介の職業欄に「監督」という肩書を記載することができた人らしく、城定秀夫は我々を失望させないだろう。ちなみにショウゲート側には「ミッドサマー」のように「嗤う蟲」のグッズのアイデアを考え、さまざまなイベントを行ってほしい。可能性はもう十分ではないか。

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