国際交流基金が選んだ世界の映画7人の1人である洪氏。海外で日本映画の普及に精力的に活動している同氏に、「芸術性と商業性が調和した世界中の新しい日本映画」のために、日本の映画界が取り組むべき行動を提案してもらいます。
2024.12.30
韓国5大メジャー対竹やり日本の奇跡 「侍タイムスリッパー」は世界映画界の新しい成功モデル
カンヌから届いた一枚の写真で始まった2023年5月22日の朝が今でも忘れられない。映画祭のメイン上映館であるリュミエール大劇場、2300席に及ぶ客席をぎっしりと埋め尽くす観客、ミッドナイトスクリーニング部門正式出品作「プロジェクト・サイレンス」の上映が終わっていた。23年前、復学生と現役の3年生として出会った中央大学演劇映画学科の後輩、金泰坤(キムㆍテゴン)の2本目の長編商業映画。デビュー作から7年という長い待ち時間を無駄にしないほどの大作で、20億円近くの予算がかかったCJ ENMのブロックバスターだった。「やった」。スマホを見ながらベッドで歓声を上げた。自分のことのように興奮せずにはいられなかった。
しかし、その約1年2カ月後(24年7月12日)に公開された同作の韓国での興行成績は無残だった。全国のシネコンで上映終了した8月6日時点で観客動員数は68万6700人。400万人以上という損益分岐点を考えると言うまでもない「惨敗」だった。主演俳優の李善均(イㆍソンギュン)がスキャンダルで悩み自ら命を絶ったことが逆風として働いたのか。それにしてもあまりにもひどい結果。08年から2本のインディーズ映画で能力を認められ、成長してきたキムのサクセスストーリーが止まるようだった。しかし、今の韓国映画界の状況を見ると、このような状況に置かれているのは彼だけではない。
改めて明らかになる大資本への依存
親友の羅濟基(ラㆍジェギ)「韓国日報」大衆文化チーム長に聞くと、かなり腕の良いプロデューサーとして位置づけられていたA社の代表も「メジャー社が出資検討会議をほとんどしていません。25年間映画の仕事をしてきましたが、企画であれ撮影であれ、仕事が完全に途絶えたのは今回が初めてです」と愚痴をこぼしていたという。 実際、8月末に韓国の5大メジャー社(CJ ENM、ショーボックス、ロッテエンターテインメント、NEW、プラスMエンターテインメント)が製作中の映画はわずか10本程度。コロナ禍で公開が延期された「お蔵入り映画」が全て公開されてしまえば、深夜2時まで続く韓国シネコンを満たす韓国映画の枯渇は現実味をおびる。
だからといって、インディーズ映画の事情は日本とは比べものにならないほど劣悪なため、枯渇を埋める何の期待もできない。ここでさらに深刻なのは、00年代初めから業界をリードしてきたCJ ENMの不振である。製作中の映画は2本、新規出資映画はたった1本、23年に公開した作品の半分にもならない。プラスMエンターテインメントが「犯罪都市4」と「ソウルの春」でやっと1000万観客動員で韓国映画の名声を維持したが、テントポールムービー(Tentpole Movie=大ヒット映画)で形だけを維持するのは、むしろ衰退の前兆ではないかという気さえする。学生時代、イギリス留学から帰ってきて「誰がイエスを殺したのか」という破格の短編映画を披露し、後輩の我らを誇らしげにさせ、「インサイダーズ 内部者たち」、「KCIA 南山の部長たち」などのヒット作を相次いで発表した禹民鎬(ウㆍミンホ)の「ハルビン」が韓国で12月24日に公開されたが、CJ ENMが業界に再び活気を吹き込むという楽観はできない。大資本に依存していた業界の限界を改めて明らかにするだけだ。
新しい奇跡の誕生
しかし、筆者が携わっている日本映画界の現実を見てみると、24年皆が新しい奇跡の誕生を目撃している状況に胸がいっぱいになる。予算を比べると「プロジェクト・サイレンス」の100分の1、「ハルビン」の160分の1のたった2000万円で興行神話を書き加えた「侍タイムスリッパー」がそれなのだ。いったいこの映画の安田淳一監督はどういう人だろう。
ドキュメンタリーでもない立派な時代劇ファンタジーを監督、脚本、撮影、照明、編集まで担当しながら作った。映画をヒットさせなければならない理由は、23年に父の逝去で後継者となった実家の米作りを続けるためだった。もちろん映像作家としての実力がなかったわけではない。デビュー作の「拳銃と目玉焼」も、第2作の「ごはん」も全国のミニシアターでのロングランヒットで知られた作品だった。まさにヒューマンドラマのような履歴書。これと共に筆者の同窓たちに「見ろ」と叫びたくなる作品のクオリティーだ。「SHOGUN 将軍」で世界がその文化史的ポジションをもう一度確認してくれた時代劇で始まる「侍タイムスリッパー」は、ある瞬間背景が現代に変わってしまう。告白すると、このシノプシスだけを読んで、筆者は「よくあるタイムスリップコメディーだろう」と勘違いしていた。しかし、違った。
〝映画に命をかけている〟姿に感嘆
気がつけばタイムスリップコメディーは初期の設定に過ぎず、いつの間にか登場人物の全員を応援したくなる温かい喜劇の一方で、「斬られ役」という「時代劇のスタントマン」の探究、そして現代の侍として剣に人生をかける男たちの哀愁を帯びた人間ドラマが繰り広げられていた。何より感嘆せざるを得なかったのは実に「生きる伝説」ともいえる 《殺陣技術集団・東映剣会》元会長・峰蘭太郎の登場。厳しい映画業界の現実について嘆きながら、「B-29が飛んでくるのに、まだ竹やりで相手をしろというのか」と一喝した筆者は、それにもかかわらず文字通り「映画に命をかけている」峰らの姿を見ると、穴があったら入りたくなる。
筆者の後輩の惨敗から10日後の8月17日に公開されて以来、これまで終わらずに「1館から344館」という感動のドラマとして観客に伝わっているこの驚くべき作品は、日本映画界を超え、世界映画界の新しい成功モデルとして浮上しているのだ。経営学修士出身の投資会社のアナリストの分析や、製作費ほどの宣伝費を使うハリウッドスタイルのマーケティングではまねすらできない物作りの力。こうして「映画の運命」について、「劇場の運命」について、「誰がより暗い展望を出すのか」競争でもしているように見える今の世相にもかかわらず、我らはもう一度考えてみることになるのだ。「まだ頑張れば分かってもらえる社会で良かった。そういう社会で映画を作ってくれる人がいて、そしてそういう彼らを応援しながら同時代を生きていて良かった」と。