早川千絵監督=宮武祐希撮影

早川千絵監督=宮武祐希撮影

2022.5.31

インタビュー:カンヌが認めた「PLAN 75」早川千絵監督 静かな作品にこめた「怒りと危機感」

勝田友巳

勝田友巳

 第75回カンヌ国際映画祭で、早川千絵監督の初長編作品「PLAN 75」が新人監督賞にあたるカメラドールの特別表彰を受けた。日本社会への「怒りと危機感」が原動力という作品が、世界に響いた。カンヌから帰ったばかりの早川監督に、映画に込めた思いを聞いた。

シネマの週末:「PLAN 75」 「安楽死」受賞する空気


 審査員長のロッシ・デ・パルマからカメラドールの特別表彰を受ける早川千絵監督(右)
=ロイター

相模原の事件が着想のきっかけ

「カメラドール」はカンヌ映画祭と、並行して開かれる監督週間、批評家週間の上映作品から、初長編が対象となる。今年は26作品が候補となった。「PLAN 75」は映画祭の若手中心の先鋭的な作品を集めた「ある視点」部門で上映され、本賞には届かなかったものの、スペシャルメンションとして表彰された。授賞式で「『今の私たちに必要な映画だ』という言葉が、心に深く残っています」と喜んだ。
 


 

弱者への風当たり強まる中で

映画の着想は2016年、相模原市の障害者施設で起きた入所者の殺傷事件がきっかけだった。早川監督は米国の大学を卒業し、10年ほど生活。帰国してみると、日本では「自己責任」が声高に叫ばれるようになっていた。社会的弱者への風当たりが強くなっていく風潮を感じていた中で、事件は起きた。
 
「あの事件にすごく衝撃を受けました。世の中が不寛容な方向に突き進んでゆく気がして、その危機感が原動力となって、いま作らなきゃいけないと思ったんです」

とはいえ映画作りには、お金も時間もかかる。脚本を練りながら機会をうかがう中で、18年、5人の若手監督による日本の10年後をテーマとしたオムニバス短編集「十年 TEN YEARS JAPAN」の1人に選ばれて、「PLAN 75」の一部を短編として製作。この時知己を得たプロデューサーと、長編製作に取り組むことになった。
 
「準備している間に時間がたち、世の中がいい方向に変わっていったら映画のテーマが古くなってしまうと思ったんですが、むしろ不寛容さは進む一方で、危機感は強くなりました」
 

75歳以上の高齢者に安楽死を選択させる法制度

映画は、高齢化対策として75歳以上の高齢者の安楽死を助ける「プラン75」が法制化された日本が舞台。78歳で1人暮らしのミチ、プランを申し込みに来たおじと再会した役人のヒロム、フィリピンから出稼ぎに来て、安楽死施設で働き始めたマリアら、制度と向き合う人々の姿を淡々と描く。同調圧力が強く、個人よりも立場を優先させる社会の中で、いつの間にか自由が奪われていく。プラン75はその象徴だ。
 
「反対したくても、誰に対して声を上げたらいいか分からない。見えないところで決まったものを、モヤモヤしながら受け入れて遂行していく人たちを描きたかった。国が人に死を迫るというシステムが存在してしまうが故に、圧力がかかってしまう人がいる。そんな制度を生んでしまう社会に対する問題提起をしたかったんです」
 
プラン75は絵空事とは思えないリアリティーを持つ。こんな制度を実現させないために、何ができるだろうか。
 
「異なる立場にいる人たちからどう見えるか、想像することが大事なんじゃないでしょうか。日本人はこうあるべきだという考えが強すぎて、そこから外れたものに拒否感を抱きやすい。一人一人が違っているという前提を忘れてしまうと、怒りの矛先が異質のもの、マイノリティーに向かってしまう」

 


フランスメディアから「日本人はすんなり受け入れるのか」

カンヌでの反応に、日本との違いも感じた。
「カンヌでは、映画を見ながら自分のお母さんやおじいちゃんを思い出して、映画館を出てすぐに電話をかけたと言われました。身近な誰かに心を寄せたという人が多くて、そう感じるんだとびっくりした。日本だと、ミチが自分の将来に思えて怖くなったとか身につまされたとか、自分事の感想が多かったんです」
 
「カンヌで取材を受けたフランスのメディアから、フランスでこの制度が導入されたら、ものすごいデモと反対運動が起きると思うけども、この映画ではすんなり受け入れているように見える。日本人特有なのかと聞かれました」。その通りと思うと答えたそうだ。
 
重いテーマを持つ作品だが、映画は静かで、声を張ったり感情が噴出したりする場面はほとんどない。セリフは少なく、説明も最小限に抑えた。
 
「説教くさくならないように、静かに怒りを感じられる映画になればいいなと思っていました。退屈したり眠くなったりするかもしれないけど、自分にはしっくりくるんです。説明しないでどれだけ伝えられるか、10人中6人ぐらい分かってくれたらいいかなと思っていました。映画も観客とのやり取りで、それも醍醐味(だいごみ)だと思うので壊したくない。今回は挑戦でしたが、この方法でいいじゃないかと確信しました。信じてよかった」


倍賞千恵子の人間的魅力と凜とした強さ

俳優陣は繊細な演技で、監督の思いを体現する。ミチ役の倍賞千恵子とヒロム役の磯村勇斗は意中の人。
「ミチは悲しい役柄なので、みじめな主人公にしたくなかった。人間的魅力と凜(りん)とした強さがあって、この年齢で働いていることをリアルに演じられる人。倍賞さんしかいないと。『家族』や『駅 STATION』なんかでも仕事を持っている女性を演じてて、所作が板について美しい。現場では演技に見とれるばかりでしたし、スタッフへの気遣いもすばらしくて」
 

スタッフはみんな、磯村勇斗が大好きに

「磯村さんは、いろんな役柄を演じて違う顔を見せる、面白い俳優だと思っていました。目が印象的で、映像に映えるんです。ヒロムは黙っている芝居が多いので、目に表情、強さがある人がいいなと思っていました。ニュアンスを伝えると微妙な調整ができる。安定していて、とてもお芝居がうまい。しかもいつも感じが良くて、スタッフみんな、磯村さんが大好きでした。売れっ子の理由が分かります」
 
インタビュー:磯村勇斗 がむしゃらにブレずに夢を実現

想定外だったのはマリア役。当初決まっていたフィリピン人俳優が撮影開始直前に入国できなくなり、ステファニー・アリアンに急きょ決まったのだ。
 
「ガッツがあって、すばらしかった。彼女のタガログ語はオーストラリアなまりがあるそうなんですが、そのアクセント矯正のためにすごく練習して、カメラが回る直前までチェックしていた。急に決まったのに、救われました」


 

2度目のカンヌは大忙し

カンヌは2回目。14年、映画学校の卒業制作だった短編「ナイアガラ」が、学生映画部門「シネフォンダシオン」に選ばれた。各国の監督のタマゴの作品と並んで上映され「映画を続ける自信がついた」と話していたが、今回の「ある視点」部門は映画祭の第2コンペ。注目の度合いが違う。期間中は取材や上映準備に追われた。
 
「大忙しでした、毎日2、3時間しか寝られなくて。最後の3日ぐらい、ようやく時間ができて上映に行けるようになって、1日3本ぐらい見ました」
 
最終日の特別表彰でさらに大きな注目を集め、映画公開までまた多忙な日々が続きそうだ。そして新作。「早く作った方がいいと言われるんですが、『PLAN 75』にかかった長い時間も、必要だった。じっくり考えたい」。楽しみに待つことにしよう。

PLAN 75

少子高齢化が一層進んだ近い将来の日本。満75歳から生死の選択権を与える制度<プラン75>が国会で可決・施行された。様々な物議を醸していたが、超高齢化問題の解決策として、世間はすっかり受け入れムードとなる。
夫と死別してひとりで慎ましく暮らす、角谷ミチは78歳。ある日、高齢を理由にホテルの客室清掃の仕事を突然解雇される。住む場所をも失いそうになった彼女は<プラン75>の申請を検討し始める。一方、市役所の<プラン75>の申請窓口で働くヒロム、死を選んだお年寄りに“その日”が来る直前までサポートするコールセンタースタッフの瑶子は、このシステムの存在に強い疑問を抱いていく。また、フィリピンから単身来日した介護職のマリアは幼い娘の手術費用を稼ぐため、より高給の<プラン75>関連施設に転職。利用者の遺品処理など、複雑な思いを抱えて作業に臨む日々を送る。果たして、<プラン75>に翻弄される人々が行く着く先で見出した答えとは―。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

宮武祐希

毎日新聞写真部カメラマン