「PLAN 75」

「PLAN 75」©2022 「PLAN 75」製作委員会 /Urban Factory/Fusee

2022.6.17

この1本:「PLAN 75」 〝安楽死〟受容する空気

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

口減らしのために年寄りを捨てる風習は「楢山節考」でも描かれたが、そこには必要悪の後ろめたさと葛藤があった。今作は「自由意思」と「公益性」のツルリとした感触で、命を奪うことの罪悪感は拭い去られている。不寛容で生産性を求める世の中に、この暗い未来像は絵空事ではない。早川千絵監督の長編デビュー作。カンヌ国際映画祭でカメラドール(新人監督賞)のスペシャルメンションを受けた。

75歳になると安楽死を選べる「PLAN75」が導入されている。ホテルの客室清掃の仕事で働く78歳のミチ(倍賞千恵子)は、同僚とともに高齢を理由に解雇された。身寄りもなく働き口も見つからず途方に暮れ、プラン75の窓口を訪れる。一方、プラン75を担当する公務員のヒロム(磯村勇斗)は、制度申請者の中に久しく会わなかった叔父の幸夫(たかお鷹)を見つけた。フィリピンから出稼ぎに来たマリア(ステファニー・アリアン)は、好待遇の仕事として安楽死施設を紹介される。プランに関わる人々を淡々と追いかける。

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序盤に、テレビCMの形で制度の概要を示すだけで、説明らしいセリフや場面はほとんどない。制度は強制ではなく、適用を申請すれば支度金が支給され、心のケアも用意されている。人生の選択肢という体裁だが、早く死ねという無言の圧力である。

映画は制度そのものより、制度を生み、受容した社会の「空気」を丹念にすくい取る。ミチと友人たちの会話、ヒロムと上司のやり取り、本音を押し殺した幸夫の無表情。関わる者たちに悪意はなく、むしろ善人ばかり。漂うのは諦観と無力感だ。

映画は最後に、ささやかな抵抗と希望の兆しを示しはするが、世の中を押し戻せるのかは分からない。気付けば取り返しのつかない悪夢は、現実と地続き。何に対して反抗し、どう抵抗すればいいのか。まだ間に合う。1時間52分。東京・新宿ピカデリー、大阪ステーションシティシネマほか。(勝)

ここに注目

年老いたというだけで、なぜ死を選ばないといけないのか。怒りすら覚えるテーマだが、「他人に迷惑をかけてはいけない」という意識が強い日本では現実になってしまいそうなところが、ものすごく怖い。倍賞の抑制した演技からにじみ出るこまやかな感情が、プランを淡々と受け入れる人々や社会の不気味さを増幅させる。救いはヒロムやマリアといった若い世代が、プランに関わる自分たちの仕事にわだかまりを抱えていること。彼らなら、うば捨て山のようなシステムに頼らない社会を実現してくれるのではないかと希望が持てる。(倉)

技あり

浦田秀穂撮影監督はうば捨て伝説の近未来版を撮った。役所で開かれたプラン75の給食付き相談会。ヒロムがふと手前を横切る人に気づき、暗い中で食べる老人たちに目がいくと、20年は会っていない幸夫を見つけ愕然(がくぜん)とする。また違う夜、万策尽きたミチが説明会の後方でぼんやりしていると、突然、丼が差し出される。逡巡(しゅんじゅん)しながら受け取るが、なかなか食べる勇気が出ない。ミチの横顔の大きいアップは暗く沈み、顔の輪郭だけが逆光で見える。全編現実感が十分で、画調のコントロールもうまい。当今の高齢者問題への警鐘になった。(渡)

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