第36回東京国際映画祭で東京グランプリを受賞し、ビム・ベンダース審査委員長(左端)からトロフィーを受け取る「雪豹」の俳優陣ら=北山夏帆撮影

第36回東京国際映画祭で東京グランプリを受賞し、ビム・ベンダース審査委員長(左端)からトロフィーを受け取る「雪豹」の俳優陣ら=北山夏帆撮影

2023.11.06

アジア映画の勢い反映 「雪豹」「タタミ」……興行可能性大の受賞作 東京国際映画祭

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勝田友巳

勝田友巳

第36回東京国際映画祭(10月23日~11月1日)は、アジア映画の勢いをひしひしと感じさせる結果となった。受賞作は、最高賞の東京グランプリに選ばれた中国映画「雪豹」をはじめ、アジア映画がずらり。経済成長に伴って実力をつけてきた地域が、映画界でも台頭している。「アジア重視」を掲げながら苦戦が続いてきた東京に、追い風が吹いてきたようだ。
 
コンペティション部門の主要6賞のうち、中国映画が2本、イラン、日本が1本ずつ。残りはジョージアと米国の合作だが、イラン人が主人公。審査委員長のビム・ベンダース監督は「偶然ではない」と断じた。審査では映画や作り手の国籍は考慮せず作品本位だったというが、終わってみれば「アジアの作品に説得力があった」。


 

ベネチア転換で東京に追い風

これまで欧米に比べると、アジア諸国の映画産業は小規模で、映画祭に出品されるような良作は少なく、あっても欧州の有力映画祭にさらわれていた。このためコンペ作品の力不足は否めなかったが、近年はアジア諸国も経済発展に伴って映画界が活気づき、映画製作の裾野が広がっている。市山尚三プログラミングディレクターは、「中国やシンガポールは資金が豊富だし、台湾は助成機関が積極的。アート性のある映画も多く作られている」と話す。
 
また、カンヌ、ベネチア、ベルリンの3大国際映画祭でアジア作品に対する門戸が狭くなっていることも有利に働いている。特に東京の会期直前、9月に開催されるベネチアは、かつてのアジア重視からアメリカに軸を移した。世界市場を狙う映画人にとって、新作映画のお披露目をどこにするかは重要な問題だ。世界の目が集まる3大映画祭のコンペティション部門なら申し分ないが、ここは大激戦。


第36回東京国際映画祭コンペティション部門の受賞者とビム・ベンダース監督(左から3人目)ら審査委員=北山夏帆撮影

「東京」を第4の選択肢に

次の選択肢となるのは、3大映画祭のコンペ以外の部門か、他の有力映画祭か。欧州にはスイス・ロカルノ、スペイン・サンセバスチャンなどがあり、アジアには中国・上海、韓国・釜山もある。市山ディレクターは「東京に出してよかった、という結果があれば、4番目の選択肢になりうる」と期待する。今回の東京のコンペには、日本で劇場公開できそうな良作が並んでおり、映画祭での上映や受賞を機に公開が決まれば東京出品の価値はグンと上がる。
 
ベンダース監督は今回のコンペ受賞作品を「力強い作品だった」としながらも「コンペ作品の水準にばらつきがあった」と苦言を呈した。一方で「10月末の会期は、1年の国際映画祭日程の最後尾。作品集めに苦戦するのは仕方ない」と理解も示す。安藤裕康・映画祭チェアマンが強調するように、映画祭の「一丁目一番地」は作品の質だ。市山ディレクターはアジア映画の製作も手がけ、アジア作品を上映する映画祭、東京FILMEXを長く担当しただけに、作り手とのネットワークも広く深い。


東京グランプリを受賞した「雪豹」の一場面

チベットの自然と最新技術が融合「雪豹」

コンペティション部門の15作品は、それぞれに主張や挑戦が感じられ、いずれも見応えがあった。東京グランプリの「雪豹」は中国・チベットを代表する監督のペマ・ツェテンの遺作となった。チベット出身で、チベットを舞台にした作品を撮り続け、ベネチア国際映画祭などの受賞歴もある著名監督。5月に急死し、世界の映画界を驚かせた。
 
チベットの山村に現れた雪豹が、家畜の羊を9頭食い殺して捕らえられた。激怒した遊牧民の飼い主は雪豹を殺すと主張し、希少動物だから放逐するという役人と対立する。遊牧民の文化や生活と、都市文明の論理との衝突を、素朴でユーモラスな掛け合いの中に描き出す。チベットの雄大な自然の風景の中、コンピューターグラフィックスで現出させた雪豹が優雅に歩き回る映像は驚異的だった。最先端の技術と遊牧民の伝統的生活や心情が融合した、美しい作品だった。


審査委員特別賞と最優秀女優賞を得た「タタミ」©Juda Khatia Psuturi

中東情勢を映したスリリングな女子柔道選手権「タタミ」

審査委員特別賞とザル・アミールの最優秀女優賞の2冠を得た「タタミ」は、米国とジョージアから資金を得て、イスラエル系米国人のガイ・ナッティブと、イラン系フランス人のアミールが共同監督した。2019年の世界選手権でイラン選手が同様の命令を受けて亡命した事件を基にしている。
 
ジョージアの柔道世界選手権に出場したイランの女性選手が、政治的に敵対するイスラエルの代表選手との対戦を避けるため、政府から棄権を命じられる。金メダルを狙う主人公は、家族を人質に取られて苦悩しながら戦い続ける。イラン系とイスラエル系監督の合作は初めてで、イラン政府の目をかいくぐって撮影されたという。
 
政治的対立をスポーツに持ち込む専制国家の横暴と卑劣さをえぐり出し、政治的メッセージをスリリングな物語に込めた秀作だった。授賞式で2人の監督は、ビデオメッセージの中で「イランの虐げられている女性にささげたい」「この映画がトンネルの中の光となることを祈る」と訴えた。


最優秀芸術貢献賞「ロングショット」

中国の経済格差が背景 迫力のガンアクション「ロングショット」

ヤスナ・ミルターマスブが最優秀男優賞を受賞した「ロクサナ」(パルビズ・シャーバズィ監督)はイラン映画。仕事道具のハードディスクを盗まれた写真家の女性と、彼女を助けた無職の青年が、犯人を捜してイランの町をさまよっていく。ラブストーリーかと思いきや、終盤に女性主人公には過酷な展開が待っている。現代イランの日常と社会が陰の部分も含めて描かれていた。
 
最優秀芸術貢献賞の「ロングショット」は中国のガオ・ポン監督の第1作。1990年代に起きた実際の事件が基になっている。主人公は、工場の警備員として働く射撃の元代表選手。不況で給料支払いが滞り、工場は労働者による盗難が多発している。ある時、武装した強盗団が侵入し、主人公は一人で戦うことになる。終盤には激しい銃撃戦のアクションが待っているが、物語は資本主義経済のひずみに落ち込んだ庶民の苦悩を重厚に描く。審査委員の一人、中国の俳優チャオ・タオは「デビュー作で商業性と芸術性を融合させた。貴重な作品だ」と評した。


最優秀男優賞の「ロクサナ」

多様性理解に一石投じた「正欲」

日本映画「正欲」は、岸善幸監督の監督賞と観客賞を受賞。特異な性的指向を持つ登場人物の群像劇だ。国内の著名俳優が並ぶ商業性の強い作品だが、世界的潮流となっている「多様性」理解が表層にとどまっているのではないかと問いかけた姿勢は優れて現代的だった。一方、他の2本はコンペの中では力不足が否めなかった。小辻陽平監督のデビュー作「曖昧な楽園」は、母親と暮らす交通量調査員、団地の寝たきり老人を1人世話する男、その旧友の女の奇妙な生活を淡々と描いて、現代社会の不確かさを捉えようとしたアート色の強い小品。富名哲也監督の「わたくしどもは。」は佐渡島の金山跡地で、過去の記憶のない男女が出会う奇妙な物語。いずれも新鋭の意欲作で、才気は十分に感じさせる。しかし企画開発や製作規模などの点で未熟さが残り、商業映画と自主製作の小規模作に両極化した日本映画界の現状を映し出していた。


監督賞と脚本賞の「正欲」©2021 朝井リョウ/新潮社 ©2023「正欲」製作委員会

会場の熱気 どこまで伝えられるか

世界の映画監督たちが鋭い感性で捉えた秀作が集まれば、国際映画祭は時代を映す鏡となるのは当然だ。今回の東京が映し出したのは「女性」と「抑圧」だった。受賞作以外にも、「ペルシアン・バーション」はイラン革命前に米国に移住し、二つの文化と政治のはざまで懸命に生きる母娘の奮闘を、多くの笑いとともに描いた。ドイツなどの合作「真昼の女」では、第二次世界大戦下のオーストリアで、看護師として働くユダヤ人女性の過酷な運命をたどる。チリなどの合作「開拓者たち」は、20世紀初め、パタゴニアで起きた先住民虐殺事件を詩的に映像化していた。
 
そうした中で、ロシア映画「エア」には違和感を禁じ得なかった。第二次世界大戦中に偏見や悪環境の中で戦った女性兵士の物語。映画としての完成度は高く、歴史に埋もれた女性に光を当ててもいる。しかし戦争当事国で作られた戦争映画のコンペ選出が適切だったか。ベンダース監督も「女性をたたえる作品であっても、この状況にふさわしいかどうか」と疑問を呈した。世界が注目する国際映画祭からの、誤ったメッセージとなりかねない。
 
映画祭の上映やイベントの会場は、どこも多くの観客が訪れていた。作品の質も充実していた。しかし、映画祭会場から離れるごとに熱は薄まっていく。社会の多くは、映画祭があったことすら気づいていないだろう。日本における映画文化の位置づけを反映しているとはいえ、いかにも残念。会場の熱気をいかに広く伝えるかは、残された大きな課題だ。
 
今回、巨匠の功績を継ぐ映画人に贈られる「黒澤明賞」は、中国のグー・シャオガン、インドネシアのモーリー・スリヤとアジアの新鋭監督に贈られ、「アジア」「若手」を推す東京の主張が強く感じられる。映画祭受賞作が興行的にヒットする、受賞者が世界的注目を集める存在に成長する――といった成功例を積み重ね、内外に存在感を示すことを期待したい。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

北山夏帆

きたやま・かほ 毎日新聞写真部カメラマン

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  • 第36回東京国際映画祭のクロージングセレモニーを終え、記念撮影する受賞者ら
  • 第36回東京国際映画祭のクロージングセレモニーであいさつする審査委員長のビム・ベンダース監督(中央)
  • 第36回東京国際映画祭で監督、出演した「タタミ」が審査員特別賞と最優秀女優賞を受賞し、ビデオメッセージでイスラエル・パレスチナ問題の和平を訴えたザル・アミール
  • 「正欲」で最優秀監督賞と観客賞に選ばれ、あいさつする岸善幸監督
  • 第36回東京国際映画祭オープニングでレッドカーペットに登場した「正欲」の(左から)東野絢香、新垣結衣、稲垣吾郎、磯村勇斗、佐藤寛太
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