「シュルプ」の一場面

「シュルプ」の一場面

2022.11.27

キム・ヘスがユニークなキャラクターの王妃を見事に演じる「シュルプ」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、村山章、大野友嘉子、梅山富美子の4人です。

大野友嘉子

大野友嘉子

韓国のボーイズグループ「BTS」が昨秋、机に向かって勉強する姿を公式ユーチューブで配信したのを覚えているだろうか。メンバーたちが黙々とペンを走らせたり、キーボードを打ったりする、ちょっと不思議な光景。はじめは映像の意味が分からなかった。しかし、受験を控えたファンへのエールだったという報道に接し、韓国が「修能」の時期なのだと知った。
 
日本の大学入学共通テストにあたる修能といえば、警察が遅刻しそうな受験生をパトカーに乗せて試験会場まで連れて行く風景が風物詩となっている。日本のワイドショーなどが毎年のように取り上げるので、ご存じの方も多いだろう。修能はいわば、韓国の熾烈(しれつ)な学歴社会の象徴。毎年11月中旬に実施され、今年は17日に行われた。
 
くしくも、今年の修能シーズンの目玉ドラマ「シュルプ」は、朝鮮王朝時代の受験戦争がテーマだ。
 


受験・英才教育をテーマにした韓国ドラマの新作

 王妃(キム・ヘス)は5人の問題児の世話に追われていた。「大君」と呼ばれる息子たちだ。5人の兄で、周囲から唯一、優秀だと認められている跡継ぎの世子が病に倒れると、血筋に限らず最も聡明(そうめい)な者を世子に選ぶ「択賢」を実施する案が持ち上がる。
 
「我が子を王座に!」と気炎を上げる側室たち。そんな中、王妃は大君たちの命が狙われていることに気がつく。彼らを守るためには、5人のうち誰かが択賢の選抜試験を勝ち抜き、世子にならなければならないのだった――。
 
受験や英才教育をテーマにした韓国ドラマは決して珍しくない。
近年では、子どもを名門大学に進学させるため、あの手この手を使うセレブたちを描いた「SKYキャッスル~上流階級の妻たち~」(2018年)や、小学生のうちからエリート教育に力を入れる母親たちを取り上げた「グリーン・マザーズ・クラブ」(22年)が記憶に新しい。
 
どちらも韓国ドラマの醍醐味(だいごみ)である野心と欲望、嫉妬に駆られた女性たちの権謀術数を巡らせるドロドロ劇に加え、過度なプレッシャーに心を病む子どもの問題を取り上げた社会派ドラマとして注目された。

 

「ドクターX」の大門未知子のようなかっこよさがある王妃のキャラクター

シュルプが目新しいのは、朝鮮王朝時代のロイヤルファミリーの教育というユニークな設定と、王妃のキャラクターだろう。
 
この王妃は、時代劇モノにありがちな、王の寵愛(ちょうあい)と権力を独占するために側室を蹴落としたり、王や大臣など実権を握る「おじさん」たちにこびたりするよう女性ではない。
 
むしろ、側室たちを煙たがることなく、自分に対する非礼な言動には毅然(きぜん)とした態度で臨み、心配なことがあればさりげなくフォローし、一人の人間として接する。側室の息子たちを我が子と認め、危険から救い、優しい言葉をかける。女の戦いよりも、女性同士のエンパワメントに注目したいドラマだ。
 
「内助の功」的な、王の裏方役に甘んじないところもいい。大臣たちの悪巧みを見破って公然と一喝する。次の世子を選考する側にいながら、賄賂を受け取り、不正を働こうとする儒生たちにはこう言い放つ。「無知な者が誤った信念を持つことよりも、信念を持つべき者が無知な行いをする方が恐ろしいものです」。その時の儒生の表情。彼らの心を最終的に動かすのは、官位や土地などの贈り物よりも、王妃の良識あふれる言葉だった。
 
その後の処置も粋でスカッとするので、ぜひ見ていただきたい。王からは「生涯の友」と呼ばれ、信頼が厚い。要は、かっこいい女性なのだ。日本のドラマに例えるなら、「ドクターX」(テレビ朝日系)シリーズの大門未知子だろうか。

 

王妃が息子の教育に奔走する姿は、現代にも通じる

 ちなみに、王妃は決して「教育ママ」ではない。むしろエリート教育に失敗した母親像そのものと言っていい。6人の息子のうち、姑(しゅうとめ)や大臣たちの覚えが良いのは世子だけなのだから。
 
世継ぎを産み育てる義務を負う立場にいながら、だ。おじさん社会で堂々と物申す、自立した賢い女性であると同時に、こうしたちょっと残念な面がある。子どもの行いが母親の通信簿とでも言うかのように、王妃を軽んじる側室や大臣までいる。学歴偏重の現代への皮肉が見て取れる。
 
それにもかかわらず、大君たちに振り回され、眉間(みけん)にしわを寄せてため息をつくキム・ヘスはコミカルで楽しい。怒り、あきれ、時に絶望し、文句と小言を垂れながらも、最後は彼らの個性を尊重する。そして、シュルプ(傘)のように、無慈悲に降り注ぐ苦難から息子たち(側室の子も含む!)を守るべく、なりふり構わず王宮を走り回り、したたかに策を講じまくるのだ。子どもの教育に頭を抱える人は、彼女を見てどこか安心するのではないだろうか。
 

今年の締めくくりにオススメな痛快作

 受験戦争への風刺、そして女性へのエールを織り込んだ本作は、キム・ヘスあってのドラマだ。敵対する相手に詰め寄る時の片眉をクイと上げる顔芸は、誰にもまねできない迫力と妖艶さがある。悪役の名手、キム・ウィソンが奸臣(かんしん)を怪演しているが、彼ですら霞んで見える。
 
「未成年裁判」(22年)の冷静沈着な少年部の判事、「ハイエナ -弁護士たちの生存ゲーム-」(20年)の破天荒な弁護士……。これまでもクセの強いキャラクターたちに、圧倒的な存在感で息を吹き込んできた。権力のある男性を求めて互いに足を引っ張り合うばかりの王宮の女性、世間が母親たちに押しつける良妻賢母のイメージを、思い切りぶち壊したのが今回の「シュルプ」だ。
 
「私たちのブルース」「二十五、二十一」のようなエモいドラマがヒットした今年の韓国ドラマ界。締めくくりに、痛快な1本があってもいい。
 
Netflixシリーズ「シュルプ」独占配信中

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ライター
大野友嘉子

大野友嘉子

おおの・ゆかこ 毎日新聞デジタル報道センター記者。2009年に入社し、津支局や中部報道センターなどを経て現職。へそ曲がりな性格だと言われるが、「愛の不時着」とBTSにハマる。尊敬する人は太田光とキング牧師。ツイッター(@yukako_ohno)でたまにつぶやいている。