Netflixで独占配信中「地面師たち」

Netflixで独占配信中「地面師たち」© Ko shinjo/Shueisha

2024.8.24

積水ハウス事件を取材した事件記者が見た「地面師たち」のリアル

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佐久間一輝

佐久間一輝

「地面師とは、他人の土地の所有者になりすまして売却を持ちかけ、偽造書類を使って多額の金をだまし取る不動産詐欺を行う集団のことである」。Netflixで配信中のドラマシリーズ「地面師たち」各回の冒頭で流れるナレーションの一節だ。私は2018年4月から20年3月、社会部で警視庁詰めの記者として、詐欺や汚職などの経済事件を取材した。当時、最も話題となったのは、大手住宅メーカー「積水ハウス」が55億円をだまし取られた地面師事件だった。犯行グループのメンバーの逮捕やその後の公判などを追っていた。ドラマは新庄耕の小説「地面師たち」(集英社)が原作だが、随所に積水ハウス事件を感じさせた。


2000平米の一等地をだまし取った実際の手口

実際の事件の概要はこうだ。17年4月、積水ハウスは東京都品川区西五反田にある約2000平方メートルの土地について、所有者と名乗る人物らと売買契約を締結。6月までに計63億円を支払った。ところが法務局で土地の所有権移転手続きをしたところ、所有者側から提出された書類が偽造されていたことが判明し、申請が却下された。その後所有者側と連絡が取れなくなり、契約時に立ち会った女が所有者になりすましていたことが発覚。積水ハウスは所有者側からの預かり金を差し引いた55億5900万円をだまし取られた。
 
積水ハウスが発表した社内調査では、この土地取引について多くの不自然な点が指摘された。問題の土地はマンションを建設すれば即完売必至とされたが、売りに出ない土地としても同業者間で有名だった。同社側も地面師の関与を疑ったものの、公正証書などを提示されて信用してしまったという。所有者の本人確認は書類で済ませ、写真を近隣住民に見せる方法も「所有者の機嫌を損ねる」と採用しなかった。土地購入は「社長案件」となって、稟議(りんぎ)書は異例の早さで決裁された。取引を巡って実際の所有者を名乗る人物から、契約は無効だと警告する内容証明郵便も届いたが、取引を妨害する動きだとこれも無視。妨害を沈静化させると支払い前倒しまでしていた。
 
積水ハウスからの告訴を受けて警視庁が捜査を開始し、18年10月、地面師グループ男女数人が、偽造有印私文書行使と電磁的公正証書原本不実記録未遂容疑で逮捕された。


Netflixで独占配信中「地面師たち」© Ko shinjo/Shueisha

なぜ、こんな簡単にだまされるのか

当時、取材に応じたある積水ハウス幹部はこう嘆いた。「なぜ、こんな簡単にだまされたのか」。しかし、こうした言葉は詐欺の被害に遭った人を取材すると、よく聞くフレーズでもある。振り込め詐欺をはじめとした、だましの手口は巧妙化し続けている。特に地面師詐欺は、だまされる側が「不動産のプロ」であれば、だます側は「詐欺のプロ」である。焦り、欲望、思い込み……。人の心理を知り尽くし、用意周到に欲望のわなにいざなう。

地面師の特徴はグループで犯行を行うことだ。首謀者である「リーダー」、詐欺の対象となる土地の初期情報を集める「情報屋」、書類偽造や相手との直接交渉を担当する「法律屋」や「交渉役」、パスポートや免許証などの公的文書を偽造する「ニンベン師」、地主などになりすます「なりすまし役」、なりすまし役をキャスティングして教育する「手配師」などと多岐にわたる。案件ごとに役割も変わり、大きな案件になると複数の地面師グループが協力するケースもある。


プライドの高さチラリ「もっと良い役者用意する」

取材に応じたとある「道具屋」は、「作れないものはない」と豪語した。印影のコピーを業者に発注し、早ければ1時間ほどで印鑑の実物が完成するという。積水ハウスの事件では、偽造した身分証で本人になりすまし、別の印鑑を実印として登録、印鑑証明書を取得するという手口だった。「地面師たち」では、犯罪成立に至るストーリーの細部にこだわり、実話に限りなく近い世界を表現している。
 
本物の地面師はプライドが高い。ある捜査幹部は「地面師はある程度証拠が固まると(犯行を)認める。ジタバタしない」と話した。実際に、積水事件のリーダー格の男は自身の公判で、事件への関与を否定しながらも、なりすまし役の重要さについて熱く語る場面があった。「自分ならもっと良い役者を用意する」「役者という人間がいかに大事な役目か分かっている」。無罪を主張しつつ、プロの地面師として自信に満ちた表情を見て、私は強い違和感を持ったことを鮮明に覚えている。


駆け引きの焦燥感でくぎ付け

「地面師たち」では、リーダー格のハリソン山中(豊川悦司)が、個性の強い犯罪のスペシャリストを束ね、全体を差配する。冷静で慎重な性格が、底知れぬオーラを醸し出す。「目的まであと一歩という時に足を引っ張るのは、敵ではなく必ず味方です」。仲間がいなければ成立しない地面師だからこそ、自らがだまされることを最も恐れる。「仕事」が終わった後は「証拠」を消すところも、闇の深さを引き立たせている。
 
第1話に印象的なシーンがある。司法書士が運転免許証にライトを当て、ICチップを確認する場面だ。目の前に座る人物と一致するか目視で確認し、個人情報の電磁記録と照らし合わせ、入念にチェックする。そして、質問が始まる。「生年月日を教えていただけますか」「えとをお願いします」。不動産取引の契約前に必ず行われる本人確認だ。しかし、売り主である地主の男性の一言一句には異様な緊張感が漂う。彼がニセ者だからだ。
 
やがて、想定していなかった質問で返答に詰まると、現場にいる全員の表情が変わる。同席する主人公の辻本拓海(綾野剛)らが助け舟を出すが、買い主側も必死に食い下がる。億単位の金が動く取引であり、買い手が慎重になるのは当然だ。それでも、巧みなアドリブによって買い主や司法書士は地主本人だと判断し、送金してしまう。「地面師たち」が演じる駆け引きの焦燥感が、視聴者をくぎ付けにする。
 
だまされる側の描き方もリアルだ。大手不動産デベロッパー、石洋ハウスの開発事業部部長・青柳(山本耕史)は、上昇志向が強い人物で、社長派と会長派の権力構造の中で利益を得ようと奔走する。案の定、予定していた大規模プロジェクトが白紙となり、代替の土地探しに躍起となる中、「地面師たち」が仕掛ける100億円の取引のわなにはめられていく。都心の一等地での不動産開発を巡る厳しい競争という社会背景も事件に厚みを増す。


だまし取られたカネは戻らない

詐欺事件の難しさは、だまし取られたカネが戻ってくるケースがまれだという点にある。たとえ詐欺グループが逮捕・起訴されて有罪になったとしても、だ。物語の序盤、地面師に10億円をだまし取られたマイクホームズの真木社長(駿河太郎)が、警視庁捜査2課の警部・辰(リリー・フランキー)らに「10億円はいつ戻るのか」と尋ねるシーンがある。海外の口座に送金され、仮想通貨などに換金されるマネーロンダリング(資金洗浄)の手口を紹介し、国際捜査共助が成立しない国に送金されれば「残念ながら、お手上げです」と辰は真木を諭す。
 
なりすまし役が偽物なのは動かぬ証拠だが、同席する他のメンバーは「私もだまされた」と言い逃れをすることも考えられる。契約の場に姿を現さない上位メンバーとの関係性を客観的証拠で明らかにするのは、さらに困難だ。実際の捜査では、犯行グループの通話記録や銀行などの監視カメラの映像、詐取金の流れを追うための口座情報など、地道に証拠を積み重ねていた。
 
なぜ人はだまし、だまされるのか。作中、ハリソン山中が弟子の辻本拓海に投げかけたこの言葉が心に響いた。「人類の歴史は早い話、土地の奪い合いの歴史です。土地が人を狂わせるんです」

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ライター
佐久間一輝

佐久間一輝

さくま・かずき 毎日新聞経済部記者。2010年入社。事件記者として警視庁捜査2課担当、愛知県警キャップなどを歴任。22年から経済部に所属し、金融、エネルギーの担当を経て、現在は不動産や建設、運輸などの企業全般と国土交通省をカバーする。

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  • Netflixで独占配信中「地面師たち」
  • 積水ハウスが被害に遭う地面師事件の舞台となった旅館跡地
  • 積水ハウスがだまされた地面師事件で使われた偽造パスポートと印鑑証明書
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