誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。
2024.9.14
体に触れるお仕事について「本日公休」背中で語る理髪師の生き様
アールイさんの生き様
心温まる作品に出合った。「本日公休」とは日本のお店によくかかっている札「本日定休日」と同じ意味だそう。台湾・台中で長年理髪店を営むアールイさんは3人の娘や息子を育て上げひとりでお店に立っている。そんなある日長年のお得意さんの散髪のためお店を休み出張に出かけることになるが……。
この作品では一貫してアールイさんの生き様が描かれている。若い頃から理髪師一筋で仕事をしてきた彼女はハサミの入れかただけではなくお客さんの〝後頭部〟を見る目つきからしてプロ中のプロだ(演じる俳優ルー・シャオフェンも約4カ月のヘアカットの猛特訓で技術を磨いたというのも見事だ)。そんな彼女の仕事術を見ていると人生における大切なことを考えさせられた。
お金を稼ぐ
まず一つ目はお金を稼ぐということについて。アールイさんの3人の子どもたちはスタイリストをしたり美容師をしたり不労所得にこだわったり。普段は離れて暮らしていて時々帰ってきては、「こんな理髪店は時代遅れ」とやゆしながら効率化についてあれこれ話をする。しかし彼女は一貫して昔からの仕事のスタイルを崩さない。ワンオペで掃き掃除をし電話で一件一件営業をかける。そんな頑固な姿勢から、お金を稼ぐとは?ということについて考えさせられた。
私が初めてアルバイトをしたのは大学入学直前、塾の事務だ。そのときの上司がもちろん初めての上司ということになるのだが、彼女が何気なく口にした一言が忘れられない。「お金を稼ぐためだけに仕事をしているなんて、そんな悲しいことないわよ」という言葉だ。アルバイトをしていると、どうしても効率重視に物事を考えてしまう。特に10代〜20代前半はそうだった。だからこそ最初にこの言葉に出合えたことは大きく、長い時間をかけて我が血肉として浸透してきているように感じる。心を込めた仕事は心にかえってくる。
母性にあふれた人物
そして二つ目はお店を営業するということ。お店を開き、向こうから人がやってくる、来てもらい続けるには、人柄が大切なのだと思った。アールイさんは決して分かりやすく優しい人物ではない。頑固で時々お節介、ずうずうしさも感じる。しかし彼女が自分の腕に誇りを持ち、お客さんには家族のように愛情をかけて接している。母性を感じるのだ。みんなの〝お母さん〟のような存在であるアールイさんの元には社会的立場の枠を取っ払って、さまざまな人たちがやってくる。
私も先日母性を感じる出来事があった。ある用事のために初めて訪れた場所で入ったカフェにて。「閉店間際だから良かったら食べて」とオーナーさんの手作りケーキをごちそうになった。お店に出すなら冷やして出すべきだけど……といただいた出来立てほかほかのガトーショコラはまさにお母さんの味がしてとてもおいしかった。初めて降りた駅での出来事だったが、そのカフェがあるだけで好きな街となった。ここで感じる母性とはマニュアルではなく真心なのだと思う。
触れてもらうということ
そして三つ目は触れるお仕事について考えさせられた。理髪師というお仕事は〝触れる〟お仕事だ。私も仕事上、たくさんのヘアメークさんにお世話になるが、常に現場のなかで近しい存在だと感じる。もちろん近くにいる時間が長いということもあるが、触れてもらうということ自体が心の距離を縮め、随分前からお知り合いのような気持ちになることがある。
アールイさんのお店に長年の常連客が多いのは、家族や友人とはまた違う、心の友のような存在だからではないか、と思った。髪を触ってもらうことで普段周りには見せていない深い部分を見せているような気持ちになる。そして触れる側もどんな気持ちでいるのかが髪を通じて伝わるのだと思う。言葉とは違いうそがつけないコミュニケーションだ。劇中でも髪でつながっていた数々のご縁が登場する。髪を通じて心で固くつながり合っているのだ。
働くことって素晴らしい
自分ごとを含めたくさん語ってしまったが、今作のストーリー自体は非常にシンプルだ。ただ背中で語られるというか、ひとりの仕事人の生き様をまざまざと見せられた。お金を稼ぐ、その先にあるもの。根底には相手に対する心があること。そして〝触れる〟ことで心と心がつながり合うこと。
くすっと笑えたかと思えば、はらはらしたり、ほろりと涙が出たり、切なさを感じたり。大変なこともたくさんある。だけどさまざまな要素があってこそ、働くことって素晴らしいなあと思う。自分の家族や友人など近しい人、また、お世話になっている美容師さん、理髪師さん、ヘアメークさんなど多くの働く人たちに届いて欲しい作品である。