毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
私と映画館
2025.3.28
私と映画館:一番風呂と試写
一番映画を見たのは、松竹大船撮影所の映写施設「大船会館」だ。今はない撮影所(現・鎌倉女子大)の表門を入って正面の灰色の建物。表門には守衛室とタイムレコーダーがある。朝出勤すると打刻して通る。この時のあいさつへの守衛の受け答えで、撮影所内でのリアルな「偉い度」が分かる。小津安二郎監督には全員「気を付け、敬礼」。小津さんはピケ帽をとり、会釈して通る。その時、薄くなった後頭部を見て「勝った」という大部屋の古株がいた。「何をやってもかなわないが、髪の毛の量で勝った」のだそうだ。
撮影所にはいろんな人がいた。例えば、撮影が済んだセットをばらす女性群。もんぺにつっかけ、頭に白手拭いで、床に散らばったくぎを磁石で集めていた。夕方、撮影所の一番風呂に入って帰っていく。彼女らが大船会館で新作の試写を見ようとする時の動きがすごかった。風呂番のおじさんを急がせ、皆が働いている時間に風呂を開けさせる。洗面器代わりのフィルムの空き缶を持ち、早々に席取りを済ませ、試写を見に来た友達を表門から入れてやる。日ごろ厳しい守衛たちも、社宅のご近所さんだから見て見ぬふり。
大船会館の試写で、そのシャシンの集客力が占えるという伝説がある。試写を何度やっても、ドアが閉まらない大入りを繰り返したのは、木下恵介監督の「二十四の瞳」だった。(映画技術史研究家・渡辺浩)