©新見伏製鐵保存会

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2023.8.18

「アリスとテレスのまぼろし工場」〝 まぼろし 〟の意味がわかると鳥肌 原作本を読んでみた! 岡田監督とMAPPAの化学反応にワクワク

公開映画情報を中心に、映画評、トピックスやキャンペーン、試写会情報などを紹介します。

きどみ

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9月15日に公開予定の劇場アニメーション作品「アリスとテレスのまぼろし工場」(毎日新聞社など製作委員会)。
 
ある日、突然起きた製鉄所の爆発がきっかけで月日が止まってしまった町・見伏が舞台の本作。「変わらないこと」を強要される中で、鬱屈した毎日を過ごす14歳の菊入正宗、正宗の同級生・佐上睦実、野生の狼(おおかみ)のような謎の少女・五実たちの交流が描かれる。
 
原作・脚本・監督を務めたのは、テレビアニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」(あの花)、映画「心が叫びたがってるんだ。」(ここさけ)で脚本を、映画「さよならの朝に約束の花をかざろう」で監督・脚本を担当した岡田麿里。アニメーション制作は、本作が初のオリジナル劇場アニメーションとなる、アニメーション制作スタジオMAPPAが担当する。
 
「あの花」と「ここさけ」を見てから岡田監督が作る世界に魅了された筆者は、「進撃の巨人 The Final Season」や「呪術廻戦」シリーズなどを手掛けているMAPPAが作る画(え)のファンでもある。このとんでもないコラボレーションが発表されてから、ずっと公開を楽しみにしていた。
 
まずは原作を予習しようと、岡田監督が手掛けた原作小説を手にとってみた。

 
※記事内で、物語のストーリーに触れています。

なかなか物語に入り込めない読書体験

率直に述べると、いざ読み始めたものの、最初はなかなか「アリスとテレスのまぼろし工場」の世界に入り込めなかった。
 
というのも、主人公であるはずの正宗自体が自分たちの置かれている環境についての理解が曖昧であり、具体的な情報が出てこなかったからだ。
 
正宗たちが中学3年生という情報はあるが、製鉄所の爆発事故によって時が止まってしまい、何年か、もしくは何十年もの間、彼らは中学3年生であるため正確な年齢はわからない。さらに見伏は外と連絡が取れないうえ、見伏の外に出る手段もなくなってしまった。テレビとラジオも同じ番組が繰り返されるというおかしな事態が起きているが、一番おかしいのはそんな状況を受け入れてしまっている見伏の人々だ。
 
登場人物たちの感情がイマイチつかめず、最初は距離を置きながら読んでいたのだが、読み進めていくうちに徐々に見伏の秘密に気づいていく。
 
そしてタイトルが指す「まぼろし」の意味を知った時、鳥肌が立った。これまで読んでいて不可解だったりイマイチ共感できなかったりしたのは、何が「まぼろし」なのか気づけなかったから。実はヒントは冒頭から至るところに散りばめられていて、それが読んだときの違和感となって心に残り続けていたのだ。アニメや実写ではなく言葉と想像力で物語を進める小説だったからこそ、違和感の正体を知るのが遅くなったのかもしれない。読書の醍醐(だいご)味を改めて感じた点だ。

狼少女とヒリヒリしたラブストーリー

これまで若者の恋愛を描いてきた岡田監督。多くに共通しているのは、恋愛のしあわせな面だけでなく、残酷な面も描いていること。「あの花」や「ここさけ」でも、自分が恋する相手に他に好きな人がいて、深く傷つく場面があった。
 
「アリスとテレスのまぼろし工場」も「甘酸っぱい青春物とは全力で逆走している、ヒリヒリした青春を描いています」と、岡田監督がコメント(※1)を残していたように、誰かに恋する、そして失恋する「痛み」がはっきりと描かれていた。
 
「変わらない」ことを強要され、恋愛のように人間関係が変わるものはNGとされていた世界でも、正宗たちは誰かに恋をして、実ったり、破れたりする。ささいな言動がきっかけで相手を好きになる単純さ、脈ありだからという理由で押してみるズルさ、この人とならどこへでもいけると無敵になれる強さ……現実離れした世界であったからこそ恋愛はリアルな描写として光っていた。
 
そして、物語の鍵を握る「狼のような少女」五実も作品の中で大きな存在感を放つ。製鉄所で匿われていた彼女は、言葉をまともにしゃべれない状態で正宗たちの元へ現れる。「変化しない」ことを求められてきた中で、正宗と睦実は五実と出会ったことで感情がむき出しになっていく。五実の存在を通して傷つけ、傷つけられ生きていく〝 痛さ 〟が伝わってきた。

MAPPAが手掛けるアニメーションでの描かれ方に期待

キャラクターたちの人物像や動きを言葉と想像力に委ねる小説と、キャラクターたちが実際に動き、しゃべるアニメでは、当然見せ方が変わってくる。小説を読んだ今は「生きる」とはどういうことなのか、そしてそれに伴う「痛み」が強烈に頭に残っている。
 
実際、読んでいて「ここは映像化できるのだろうか」とドキドキした描写がいくつかあった。岡田監督は自身へのインタビュー(※2)では「脚本だけを書いていたら絶対に出してもらえなかったゴーサインを、監督としての自分が出してくれました(笑い)」と語っていたことから、アニメでも見せる覚悟でいるのかもしれない。
 
見る者を新しい場所へ連れて行ってくれる斬新なストーリーに、繊細な描写から大胆なアクションシーンまで幅広いバリエーションの画作りを得意とするMAPPAはどう応じていくのか。岡田監督とMAPPAの化学反応に今はただワクワクして公開を待っているだけなのである。
 
引用
※1「アリスとテレスのまぼろし工場」公式ホームページより(https://maboroshi.movie/)
※2「ダ・ヴィンチWeb」“どうしても描きたかったのは暴力的なまでの生命力でした『アリスとテレスのまぼろし工場』岡田麿里インタビュー”より
https://ddnavi.com/interview/1160390/a/)

ライター
きどみ

きどみ

きどみ 1998年、横浜生まれ。文学部英文学科を卒業後、アニメーション制作会社で制作進行職として働く。現在は女性向けのライフスタイル系Webメディアで編集者として働きつつ、個人でライターとしても活動。映画やアニメのコラムを中心に執筆している。「わくわくする」文章を目指し、日々奮闘中。好きな映画作品は「ニュー・シネマ・パラダイス」。
 

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