2024年を代表する映画、俳優を選ぶ「第79回毎日映画コンクール」。時代に合わせて選考方法や賞をリニューアルし、新たな一歩を踏み出します。選考経過から受賞者インタビューまで、ひとシネマがお伝えします。
2025.2.05
「箱男」撮影中止から27年「思いつないだ」あめ色の段ボール箱 毎日映画コンクール美術賞 林田裕至
「箱男」は1997年、ドイツでのクランクイン前日に撮影中止となり、その後曲折を経てようやく完成したいわく付きの映画だ。その最初から美術として関わった作品で、3度目の毎日映コン美術賞。「初号を見るまで、完成するか半信半疑だった」と感慨深げである。
ドイツに組んだ大セット「8割完成」も水の泡
石井岳龍(当時は聰亙)監督が原作者の安部公房に映画化の許諾を得て、日独合作、両国で撮影されるはずだった。美術として参加した林田は、ドイツに巨大なセットを建てて準備を進めていた。ところが製作資金調達に問題が発生、クランクイン前日に中止を告げられる。セットは「7、8割完成していた」。
「大ショックでした。現地の大道具や美術会社も努力してくれたのに、手も足も出ない状態で。情けなくて悔しくて、日本に帰される飛行機の中で、ずっと泣いていた」。その後何度も浮上しては頓挫を繰り返した。「4、5回、再開の機会があったと思う。そのうち3回ぐらいは関わった」。今回は、必ず完成させるという意気込みで臨んだという。「ドイツではかなり攻め込んだ大きなセットを作ったんですけど、今回はきゅっとタイトに、ムチャもしないように」。「本来は攻める方。でも、グッと抑えて」の仕事だっただけに「受賞は意外でした」。
「箱男」©︎2024 The Box Man Film Partners
ミュージカルもあった27年前
段ボールの箱をかぶり、「箱男」として存在を消して暮らす男が主人公。箱ののぞき穴からひそかに社会を観察していた男の前に、箱男になり代わろうとする「軍医」や「ニセ医者」が現れる。27年の間に脚本は大きく変わった。「97年当時は、ギャグありミュージカルありのエンタメ調。最後は炎上する建物の壁が割れて、ダンサーが乱入してくるクライマックス」だったそうだ。今回もクライマックスにアクションシーンがあるが、病院の一室でコンパクトかつ緊密な展開となった。
ロケ地は茨城県の廃病院で、ドイツに組みかけたセットからは大幅縮小。物語の方向性も変わったが、石井監督の世界は存分に表れている。なにしろ20代からの付き合いで、〝師〟と仰ぐ。まずは背景。安部の小説は勅使河原宏監督が何作も映画化した。「どれも美術はシュールで、石井監督の好みでもある。その要素はなるべく入れたかった」。そして石井作品におなじみの「メタリック」。無機質で金属質の輝きは、石井映画の随所に現れる。「メインの舞台となる『軍医』の部屋は、病院の厨房(ちゅうぼう)を使いました。ステンレスの機器がたくさん残っていたから金属質で、照り返しも光源になる」
「石井監督はマジカルなものも好き」。「軍医」と「ニセ医者」はアフリカで出会い、多肉植物の研究もしているという設定だ。「監督からアフリカの要素を入れてほしいと要求があって、土産物やカーペットの紋様、光の加減で雰囲気を作りました。それに、砂漠をイメージして部屋に土を入れた。抽象的な映像を壁に投影したのも、効果的でした」。石井監督の意をくみつつ、自身のアイデアを盛り込んだ。
昔のデザインを超えられない
「27年前とは別物」という「箱男」だが、唯一同じだったのが、箱男がかぶる箱のデザインだ。「変えようという考えもあったんですけど、当時のデザインを引っ張り出したら、これを超えるものは描けないと思ったんです。石井監督に『このデザイン画でどうか』と聞いたら『俺もそれがいいと思う』と」
「ドイツで残念な思いをしたスタッフも、今回の映画化を気にしてくれていた。その気持ちをどこかで引き継ぎたかった。シナリオも別物、セットや背景も同じにはできない。でも箱がそのままなら納得してもらえる、思いをつなげられる、と」
箱の仕様は小説に詳細に書かれているが、映画では一回り小さい。小説サイズを町の中に置くと、目立ちすぎてしまうのだという。試行錯誤して高さは68センチ。箱の意匠は自身で細かく作り込んだ。塗装し汚しをかけ、劣化して破れ、退色したように見せる。「代々の箱男が継承するうちに、あめ色に変色した」という見立てである。
全く同じ汚れた箱を手作りで30個
もちろん、撮影に使うのは1個ではない。アップ用、支柱を入れて頑丈にしたアクション場面用、それに予備。段ボール会社にデザインを発注し、一つ一つ塗装と汚しを加え30個ほど作った。「最初の1個は面白かったんですが、2個目からは地獄のよう。スタッフの数は少ないし、自分で手をかけないと同じにならない。破れ方は型紙を転写してカッターで表面をはがし、ゲージを当ててシールの位置も合わせ、汚しの形や位置もそろえた。同じにするのが大変な作業でした」
これだけの力が入ったのは、箱は本作の「主人公」だから。出演者は永瀬正敏、佐藤浩市、浅野忠信と豪華だが、みなこの箱に入る。画面に登場する時間も長い。「美術は背景を作るけれど、主人公はめったにない。『シン・ウルトラマン』『シン・仮面ライダー』にも参加したけれど、ウルトラマンや仮面ライダーは作ってないですから」
東京芸大在学中のアルバイトから映画界へ
映画界に足を踏み入れたのは、石井監督と運命的な出会いがあったから。東京芸大に入学して間もなく、学内で撮影現場のアルバイトに勧誘された。これが石井監督の「爆裂都市 BURST CITY」だった。美術監督は泉谷しげる、その下に阪本順治、助監督は緒方明。「映画は大好きだったけど、業界は怖い人が多そうで仕事にする気はなかった。アルバイトなら面白そうだとついていって、石井監督に言われるまま、メタリックの甲冑(かっちゅう)やサイドカーを造りました」
その後も石井監督らの撮影現場に出入りし、2年生で石井監督の「逆噴射家族」で特殊造形を担当。在学中に「湯殿山麓呪い村」「CHECKERS IN TAN TAN たぬき」などメジャー作品にも参加した。この間、「石井監督にはいろんなことを教わった」という。「ビデオが登場したころ、アンソニー・マン監督の戦争映画『最前線』を一時停止しながら見て、室内セットでの奥行きの出し方なんかを詳しく教えてもらいました。今もそのころ教わったことを思い出しながらデザイン画を描いているし、ある意味で師匠です」
「式日」「あずみ」「阿修羅城の瞳」など多くの作品を手がけ、「喰女 クイメ」(第69回)と「シン・ゴジラ」(第71回)で毎日映コン美術賞(いずれも佐久嶋依里と共同)を2度受賞。デザインを考える時は「第一印象を絶対に大事にしています」という。「シナリオを最初に読む時に、頭の中で全部絵にしてみる。それに忠実に従っています」。長いキャリアの途中では、舞台美術に専念した時期もあった。次は初めてというテレビドラマ。「新しいことは楽しいですよ」。目を輝かせた。