第79回毎日映画コンクール俳優主演賞を受賞した「あんのこと」「ナミビアの砂漠」の河合優実

第79回毎日映画コンクール俳優主演賞を受賞した「あんのこと」「ナミビアの砂漠」の河合優実新宮巳美撮影

2025.1.22

毎日映画コンクール主演俳優賞 河合優実〝今〟映す過激な2人の女性 等身大に 「あんのこと」「ナミビアの砂漠」

2024年を代表する映画、俳優を選ぶ「第79回毎日映画コンクール」。時代に合わせて選考方法や賞をリニューアルし、新たな一歩を踏み出します。選考経過から受賞者インタビューまで、ひとシネマがお伝えします。

筆者:

井上知大

井上知大

撮影:

ひとしねま

新宮巳美

「すごく思い入れがあり、学びの多かった2作品。うれしいですし、糧になります」。いずれも現代の日本社会を映し出した「あんのこと」(入江悠監督)、「ナミビアの砂漠」(山中瑶子監督)での演技が高く評価された。過激な設定やキャラクターのようで、確実に存在する。演じたのは、そんな等身大の女性たちだ。


虐待、覚醒剤、売春……実在した少女モデル「あんのこと」

「あんのこと」では、母親に虐待されて育ち、覚醒剤中毒で売春を強制されていた少女の杏を体現。前半では、風変わりな刑事らと出会い、介護の仕事に就いて更生の道を歩み出す。ところが後半、コロナ禍が襲い、雇い止めされるなど行き場を失い、ある出来事がとどめとなって再び社会の底辺に突き落とされてしまう。

杏にはモデルがいる。ある新聞記事をきっかけに動き出した企画で、河合は入江監督と共に記事を書いた記者に詳細に話を聞いて、撮影に入った。壮絶な人生に触れ「私が演じて、 映画としてたくさんの人に見せることが果たしていいことなのか、 やっていいのかなっていう気持ちがあった。それを乗り越えることが最も苦しかった」と振り返る。

入江監督の脚本を読んだときに、モデルの人物と、杏という役を「守りたい」という気持ちが生まれた。「この気持ちをつかんで離さなければやれるかもしれない」と向き合った。本当の意味で吹っ切れたのは公開直後。舞台あいさつで見聞きした、観客たちの泣いている顔や拍手の音、そしてネット上の感想から、真剣に受け止めてくれたことが分かった。「映画が公開されるときに『自分の手から離れていった』って言うじゃないですか。このときそれをとても感じて。心に重くのしかかっていたものから、解放されたような気持ちになりました」


諦観抱く若者の空気感 「ナミビアの砂漠」

「ナミビアの砂漠」は、共に20代の山中監督と長い時間をかけて作った作品だ。河合が演じたのは、脱毛サロンで働く21歳のカナ。同居中の彼氏から別の男に乗り換えたものの、次第に衝突が絶えなくなり、心身が崩壊していく。

山中監督は河合を主演にした原作ものの準備を進めていたが頓挫、オリジナル脚本の本作に。2人は、同世代が感じている空気感や疑問、最近楽しいと思うことといった身辺雑感を交換し合い、それが物語に投影された。共有したのは「世の中がこれから良くなると思えず、最初から諦めているムードがあるよね」ということ。

河合は昨年、大ヒットしたドラマ「不適切にもほどがある!」(TBS系)に出演、知名度が飛躍的に高まった。ここで1980年代の不良女子高生を演じ、現代との違いに気づいたという。「やりたいことを見つけるとか、未来は今より良くなっているなんて、(私たちの世代は)なかなか思えない。でも、少し前の世代はそう思えて生きてきたんだろうなと」

「女優」から「俳優」へ 「しっくりくる」

同作は、カンヌ国際映画祭と並行開催の「監督週間」に出品され、国際批評家連盟賞を受賞した。現地で山中監督と共に舞台に立ち、同世代やさらに若い世代が、映画や映画祭に関心を持ち、近い距離感にいると感じたことが大きな刺激になった。かねて海外作品への出演にも関心があるが、「『海外進出します』とか、そういう線の引き方じゃなくて、日本に絞らないで単純に選択肢が広がればという気持ち。素晴らしい作品になりそうだと思えるものと出合う可能性が大きくなるし、それを選べるようにはなりたい」と語った。

毎日映画コンクールは今回、ジェンダーレスの観点から、俳優賞に男女の別を撤廃。「主演俳優賞」として初の受賞者となった。「このお仕事を始める前からなんとなく、性別に限らずいろいろな境界線をぼかしていきたい気持ちがあった」と言う河合。「(『女優』などの言葉に)プライドを持っている人もいるし、本質は言葉だけではないかもしれない」としながら「自分がこの業界に入った後に、(女優ではなく)『俳優』と呼称する流れが生まれました。俳優って名乗ってよいなら、私にはしっくりくる。あんまり(男とか女とか)分けないでくれた方がいい」と述べた。

2025年も活躍続く「この先の進み方、考えたい」

映画にテレビに大活躍し、大みそかはNHK紅白歌合戦の審査員を務めるなど、大ブレークを果たした24年だが、25年も映画「敵」(吉田大八監督)、「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」(大九明子監督、4月公開)が続き、NHK連続テレビ小説「あんぱん」にも出演する。

「(朝ドラでは)こんなに長い間一つの役を演じるのも、出演作品が毎日15分ずつ放送されるのも初めて。新しい感触が得られるかな。24年がものすごい渦に巻き込まれるような年だったので、今年はこの先の進み方や、やりたいことなどを考える時間を使えたら」と期待に胸を膨らます。忙しさは増すばかりの24歳。謙虚で柔らかな語り口の奥に、強い意志が垣間見えた。

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