第76回カンヌ国際映画祭が、5月16日から27日まで開催されます。パルムドールを競うコンペティション部門には、日本から是枝裕和監督の「怪物」、ドイツのビム・ベンダース監督が日本で撮影し役所広司が主演した「パーフェクトデイズ」が出品され、賞の行方がきになるところ。北野武監督の「首」も「カンヌ・プレミア」部門で上映されるなど、日本関連の作品が注目を集めそう。ひとシネマでは、映画界最大のお祭りを、編集長の勝田友巳が現地からリポートします。
2023.6.02
男優賞・役所広司「パーフェクトデイズ」はじめ力作、秀作並んだカンヌ 賞の数が足りなかった! 第76回カンヌ国際映画祭
第76回カンヌ国際映画祭は、「怪物」(是枝裕和監督)の坂元裕二に脚本賞、「パーフェクトデイズ」(ビム・ベンダース監督)の役所広司に男優賞と、日本映画に2賞をおくった。コンペティション部門は、最高賞のパルムドールに選ばれた「アナトミー・オブ・ア・フォール」はじめ力作ぞろい。受賞作を中心に振り返ってみた。
自分の国の映画で世界の人を楽しませたい
役所広司の男優賞は、誰もが納得。授賞式でもその後の記者会見でも拍手はひときわ大きかった。「パーフェクトデイズ」で主人公の公共トイレ清掃員、平山の質素で満ち足りた日常を丹念に演じ、会期中から「ため息や間など、繊細な演技で主人公の存在を実感させる」などと称賛されていた。特に最後のシーンでは、顔を正面からアップでとらえた3分半の長回しのうちに、音楽を聴きながら無言で泣き笑いの表情を見せる圧巻の演技で映画を締めくくった。
授賞式前には男優賞予想の筆頭に掲げられていた。役所は「もしかしたらと思ったり、考えちゃダメだと思ったり。授賞式で名前を呼ばれて驚きました」。今後については「日本人を演じられるいい作品で、自分の表現が役に立つなら参加したい。でも基本的には、自分の国の映画で世界の人に楽しんでもらえるのが一番」と話していた。
「アナトミー・オブ・ア・フォール」=カンヌ国際映画祭提供
「アナトミー・オブ・ア・フォール」パルムドールは3人目の女性監督
脚本賞は、帰国した坂元の代わりに是枝監督が授賞式に参加。賞を受け取り、受賞会見に臨んだ。「自分の表現したいことが届いているか、常にチェックしているつもり。いつもは自分で脚本を書いて編集するが、今回は脚本家とプロデューサーとで時間をかけて綿密に意見を交換し、普段以上にスキのない脚本になったと感じていた」と話していた。
パルムドールの「アナトミー・オブ・ア・フォール」は、フランスのジュスティーヌ・トリエ監督。1993年「ピアノ・レッスン」のジェーン・カンピオン、2021年「TITANE/チタン」のジュリア・デュクルノーに続いて、女性監督のパルムドールは3人目だ。授賞式ではフランスの年金政策や文化支援の現状を批判し、物議を醸していた。
授賞式後の記者会見では「3人目の女性ということは大きな意味がある。女性監督はまだ増えるし、私たちは変化の入り口にいる」と喜んだ。今回のコンペは21作品中7作品が女性監督作だった。
さて映画は、山中の一軒家で起きた人気女性作家の夫の転落死が、自殺か妻による殺害かを巡って争われる裁判劇。審理が進むにつれて夫婦の複雑な関係が明らかになり、視覚障害を持つ息子の証言が鍵を握る。事件の真相を巡る緊迫した裁判劇に人間性を探究する密度の高いドラマだった。
「ゾーン・オブ・インタレスト」=カンヌ国際映画祭提供
ナチス幹部の異様さ静かに描く「ゾーン・オブ・インタレスト」
同作と並んで評価が高く、授賞式後の審査員会見で「パルムドールでなかったのは、なぜ?」と質問まで出たのが、グランプリの「ゾーン・オブ・インタレスト」。英国のジョナサン・グレイザー監督は、アウシュビッツのユダヤ人収容所の隣に屋敷を構えた収容所長のルドルフ・ヘスとその妻が、ユダヤ人虐殺には全く無関心に〝理想の家庭〟を維持することに腐心する姿を描く。収容所の出来事は画面に映さず、異動辞令を巡ってギクシャクするヘス夫妻に焦点を当てることで、その異常さを際立たせた。
審査員賞はアキ・カウリスマキ監督の「枯葉」。ヘルシンキの片隅に住む孤独な男女が、すれ違いを繰り返す恋愛悲喜劇。カウリスマキらしい、簡潔な描写の中に哀愁とユーモアを漂わせる作品は会期中の上映でも大受け。受賞は大拍手で迎えられたものの、カウリスマキ自身は授賞式を欠席。主演の男女優が代理登壇したのもカウリスマキらしい一幕だった。
監督賞は「ポトフ」のトラン・アン・ユン監督。19世紀のフランスを舞台にした、美食家と彼のために働く料理人の女性との恋愛劇。数々の手の込んだ料理の調理と食事を、豪華な映像で描き出した。こちらは拍手と少々のブーイング。映像はおいしそうでもドラマはいささか単調だった。
女優賞のメルベ・ディズダルは、ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督の「干草」に主演。地方の小学校で鬱屈した日々を送る美術教師の主人公が出会う、活動家の教師を演じた。授賞式で名前を呼ばれて、まず驚きの表情。下馬評にも挙がっておらず、意外な結果だった。
「干草」=カンヌ国際映画祭提供
無冠、サンドラ・フラーに注目
というのも、「アナトミー・オブ・ア・フォール」「ゾーン・オブ・インタレスト」と出演したドイツのサンドラ・フラーや、トッド・ヘインズ監督の「メイ・ディセンバー」で共演したナタリー・ポートマンとジュリアン・ムーアら、女優の映画が多かったから。特にフラーには、「彼女のために賞があれば良かった」という声が出たほど際立っていた。
巨匠が並んだ今回のコンペは、審査員長のリューベン・オストルンド監督が強調したとおり「強力なラインアップ」だった。ともすれば大監督の看板倒れになりかねないカンヌも、今年は充実。
「メイ・ディセンバー」は少年と不倫関係となり獄中で出産した女性と、その事件が映画化されることになり、役作りのために女性を取材する女優との交流を描き、虚実の皮膜と人間心理の深淵を浮き彫りにした。あるいは16世紀の英国で、専制君主ヘンリー8世の摂政として英国国教会を改革しようとした王妃パーが主人公の「ファイヤーブランド」(カリム・アイノズ監督)、4人の娘のうち2人がISISに加わった家族の物語を、残った2人と母親らが本人を演じたメタドラマ「フォードーターズ」(カウテール・ベン・ハニア監督)など、いずれも力作。賞が足りないと感じるほどだった。
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