第35回東京国際映画祭が始まります。過去2年、コロナ禍での縮小開催でしたが、今年は通常開催に近づきレッドカーペットも復活。日本初上陸の作品を中心とした新作、話題作がてんこ盛り。ひとシネマ取材陣が、見どころとその熱気をお伝えします。
2022.11.02
「抑圧はいずれ反発を招く」イランの現状憂える 「第三次世界大戦」
東京国際映画祭コンペティション部門に出品されているイラン映画「第三次世界大戦」。来日を予定していたホウマン・セイエディ監督らは、政府に対する抗議運動に関与したとして出国を禁じられ、出演したマーサ・ヘジャーズィが単独来日。尊厳を踏みにじられる個人の怒りが爆発する結末に、自身も「衝撃を受けた」と振り返る。
ヒトラー役に抜てきされたエキストラ
来日を断念したセイエディ監督と主演のモーセン・タナバンデとは、毎日連絡を取り合っているそうだ。「2人とも日本が大好きで、とても残念がっています。いつか日本で映画を作りたいと伝えてと頼まれました」
映画はこんな物語。イランで撮影しているヒトラー映画のセットで、路上生活者のシャキーブが下働きの仕事を得る。数あわせのエキストラにかり出されると監督の目に留まり、急病で倒れた俳優の代わりにヒトラー役を演じることになった。セットの建物に寝泊まりするシャキーブの元に助けを求めてくるのが、ヘジャーズィ演じる、ろうの売春婦ラーダンである。
結末を知ったのは撮影1週間前
ヘジャーズィは当初、映画の全体像をつかめなかったという。「渡されたのは自分の登場する場面だけ。本読みをするうちにろう者だと分かり、手話の特訓をしました。自分の登場しないところで何が起きているのか分からないまま準備をしていたのです。私はまだ新人ですし、監督はシャキーブの世界を知らない方がうまく演じられると思ったのかもしれません。難しかったですが、俳優としてはやりがいがありました」
シャキーブは撮影隊に無断でラーダンをかくまうが、彼女を捕らえようと追っ手が迫る。シャキーブが彼女を解放するために要求された大金を工面しようとするうち、ある日の撮影で、ラーダンが隠れていた家を燃やしてしまう。ラーダンが死んだと思い込み、シャキーブは激怒する……。この後も、映画は二転三転、衝撃的な結末を迎える。
撮影の1週間ほど前に脚本を渡され、映画の結末を知ったというヘジャーズィは「信じられませんでした」。「どうして人間がこんなひどいことをするのか理解できず、何度も読み返しました。でもシャキーブは、自分では望んでいないのに思わぬ方向に変わっていく。その結果こうなったのだと納得しました」
民衆の痛み描く
監督やプロデューサーの一方的な都合に翻弄(ほんろう)されるシャキーブと、彼が演じるヒトラーが収容所のユダヤ人を虐殺する撮影場面が交互に描かれる。「映画を見て、母のことを思い出したんです。『押しつけられたバネが最後に反発するように、人間も窮屈すぎるとそのうち暴発する』と。シャキーブも、自分を抑えきれなくなったのです」
映画の寓意(ぐうい)は、反政府デモで混乱するイランにも当てはまる。「どの社会でも言えることですが、今のイランで起きていることもまさにその結果です。圧力が強すぎれば、いずれ爆発してしまう」
セイエディ監督はイランの人気俳優で、この作品の製作費は空前の規模だという。撮影は政府の許可を得ており、9月のベネチア国際映画祭にも出品され、東京でも問題なく上映された。とはいえイランでの公開は当面、難しそうだ。「でも、公開されたら多くの人が見ると思います。今のイランの人々はハッピーエンドの物語を求める気分ではないし、この作品は民衆の痛みを描いていますから」
日本での配給は未定という。
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