コンペティション作「カイマック」のミルチョ・マンチェフスキ監督=勝田友巳撮影

コンペティション作「カイマック」のミルチョ・マンチェフスキ監督=勝田友巳撮影

2022.10.29

「大人のラブストーリーでタブーを探究した」 ミルチョ・マンチェフスキ監督:東京国際映画祭

第35回東京国際映画祭が始まります。過去2年、コロナ禍での縮小開催でしたが、今年は通常開催に近づきレッドカーペットも復活。日本初上陸の作品を中心とした新作、話題作がてんこ盛り。ひとシネマ取材陣が、見どころとその熱気をお伝えします。

勝田友巳

勝田友巳

東京国際映画祭コンペティション部門に出品されている「カイマック」。エロチックで風刺がきいて、時に大笑い。欲望にかられた男女の群像劇だ。わたしがこれまで見たコンペ10作の中で、抜群に面白い。デビュー作「ビフォア・ザ・レイン」でベネチア国際映画祭金獅子賞を受賞した、北マケドニアのミルチョ・マンチェフスキ監督の最新作で、東京が世界初披露だ。「東京は披露するのにぴったりだと思った」というマンチェフスキ監督に聞いた。
 

「カイマック」より
(C)Banana Fillm,Meta Film, N279 Entertainment, Jaako dobra produkcija, all rights reserved, 2022 (C)Maja_Argakijeva


人生の最良の部分を求めるわがままな大人たち

「カイマック」は、北マケドニアやトルコなどバルカン半島で一般的な乳製品。「同時に、比喩的に最良の部分という意味合いでも使われます。人生の最良を求めようと奮闘する人たちを描こうと思いました」とマンチェフスキ監督。
 
といってもこの映画の登場人物は、世界の平和や理想のためではなく、みんな自分のことだけ考える。「そう、全員が犠牲者であり裏切り者なのです。物語が進むうちに、変貌していく人たちを描いています」
 
登場するのは2組の夫婦。裕福なエバとメトディは、妊娠したくないが子どもは欲しい。脳に障害のあるドスタにメトディとの子どもを産ませて、自分たちの子どもとして育てようとする。一方、カランバとダンチェは、中産階級。ダンチェがカランバの浮気現場を目撃して怒り狂うものの、なぜか相手のビオレッカと意気投合。3人は一緒に暮らし始める。
 

人間を探究 影に目を凝らし

発想の起点は「大人のラブストーリー」だったという。「ハリウッド風ボーイ・ミーツ・ガールの甘い映画にはうんざりしていたし、こういう映画は少ないからね」。そしてタブー。「家族や性、性的嗜好(しこう)といったことを探究しようと思った。閉ざされた扉の向こう側をのぞき、偽善のマスクをはぎ取ってみた」
 
奇抜な設定の物語は、意外な方向に転がっていく。ドスタは出産したら用済みのはずだったが、子育てはメトディの手に負えず、呼び戻して住み込みで世話をさせる。次第にドスタの態度が大きくなり、均衡が崩れていく。ダンチェとビオレッカは2人だけで愛し合うようになり、カランバは邪魔者扱いされる。
 
「脚本を書いているうちに、自然とこうなりました」と言う。「はじめにテーマを設定するのではなく、なんとなくこんな感じの物語かなというアイデアがあって、それが発展していく。物語の赴くままに従うのです。書いているときはゲームのように楽しい」
 
女性の社会的立場や代理出産、性的モラルなど、現代社会の問題が取り込まれたブラックコメディーとなった。しかしそれも「意識したわけではなかったんです」。「中心にあるのは、理想主義ではなく、人間への関心です。理想は人のために掲げるはずなのに、結局人を傷つけることになる。宗教でも政治でも。追求するのは人間性、特に影や弱い部分。その方がより面白い」
 

ハッピーエンドは退屈

「社会や政治は自然と入り込んでくるものです。イヤでも目に入りますから。意識するとプロパガンダになるし、芸術性を損ないかねません。そして展開にヒネリを加え、物語の構造や語りのスタイルを探究していく」。皮肉な結末は「ハッピーエンドなんか、退屈でしょ」とニヤリ。
 
世界的に知られるが、寡作。「じっくり取り組むし、パーソナルな映画の資金集めは大変だからね」。新鋭が目立つ東京国際映画祭のコンペの中では、ひときわ存在感を放つ。3大映画祭でも歓迎されそうなのに、なぜ東京に。
 
「ワールド・プレミアに東京を選んだのは、ここがぴったりの舞台だと思ったから。これまで2回、東京国際映画祭に来て、すばらしい経験をさせてもらったしね」。すでに新作を準備中とか。「年を取ってきたから、もっとたくさん作ろうと思って。今度は銅像を盗んでくず鉄屋に売り払う姉弟の物語」。完成したらぜひまた東京へ。「そうできたら、光栄だね」
 
「カイマック」の日本での配給は未定。映画祭期間中、11月1日にも上映される。お見逃しなく。
 
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ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

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