第35回東京国際映画祭が始まります。過去2年、コロナ禍での縮小開催でしたが、今年は通常開催に近づきレッドカーペットも復活。日本初上陸の作品を中心とした新作、話題作がてんこ盛り。ひとシネマ取材陣が、見どころとその熱気をお伝えします。
総力特集!東京国際映画祭2022
コロナ禍から脱しつつある中で開かれた、第35回東京国際映画祭(10月24日~11月2日)。開幕時のレッドカーペットが復活し内外のゲストも多く訪れ、お祭りらしいにぎわいが戻ってきた。コンペティション作品もなかなかの粒ぞろいで、東京グランプリはじめ3冠を制した「ザ・ビースト」は高い完成度だった。 しかし、盛り上がったのは会場の中だけ。一歩外に出ると、雑踏にまぎれて映画祭の影はたちまち薄くなる。安藤裕康チェアマンは就任以来、大胆な改革を進めてきたが、その成果と、もどかしさも感じた映画祭だった。 「ザ・ビースト」© Arcadia Motion Pictures, S.L., Caballo Films, S.L., Cronos Entertainment, A.I.E, Le pacte S.A.S. 盛り上がりも外に波及せず 日比谷、有楽町、銀座地区に会場を移して2年目。今回はTOHOシネマズ日比谷や丸の内TOEIといった500席規模の上映会場が加わって、総客席数が増加。上映本数は169本とコロナ禍前に近づき、観客動員は5万9000人と昨年からほぼ倍増した。 上映作品には、無名監督による世界初披露作品も多かった。誰も見たこともなければ評判も流布していない、未知の映画。誰が見るのかと思いきや、大きな劇場での平日午前中の上映が満席に近くなり、上映後の質疑応答では盛んに手が挙がる。遠方から泊まりがけで来たという観客もいて、映画ファンの熱意はヒシヒシと感じられた。 ただ、その熱気が広く伝わらない。規模は大きいのに、日本の中でも海外でも存在感が薄いのは、東京の長年の課題だ。理由の一つには、会場の問題があげられるだろう。以前の渋谷、六本木と比べれば上映会場が集中し改善されたとはいえ、この地域も東京のど真ん中、有数の繁華街だ。 開幕上映があった宝塚劇場は映画祭らしい雰囲気だったが、ここも宝塚歌劇団の公演がない月曜日しか使えない。既存の施設を間借りしていては、いくら華やかに飾っても目立たない。カンヌやベルリン、ベネチアなど専用施設を持つ国際映画祭が、周辺を映画祭一色に染めるのとはほど遠い。 オープニングに登場した「窓辺にて」の(左から)今泉力哉監督と俳優の中村ゆり、稲垣吾郎、玉城ティナ=北山夏帆撮影 スター偏重の映画界、メディア 映画祭への関心が集まらないのは、「スター」の不在も理由だろう。アジア重視、若手応援を掲げれば必然的に国際的に知られた顔は少なくなり、報道露出も限られる。日本での映画祭報道がゴシップ的な芸能ニュースに偏りがちなのはメディアの問題でもあるが、社会全般の映画への関心の持ち方や位置づけを反映してもいるのだ。 また、管理の行き届いた運営は海外ゲストを感嘆させる半面、しゃくし定規にも映る。映画人同士が対談する「交流ラウンジ」は、顔ぶれも豪華だし内容も濃いのに、一般向けに開放されず、存在感はもう一つ。上映後の質疑応答は時間が短く通訳を介することもあって、質問できるのは2、3人がやっと。貴重な交流の機会を、もう少し増やす工夫があってもいいのではないか。 期間中に開かれた「TIFFティーンズ映画教室トークショー」©2022TIFF 充実のコンペティション部門 もっとも、国際映画祭の存在感を決定するのは、なんといっても上映作品だ。特にコンペティション部門は目玉となる。安藤チェアマンも「映画祭の一丁目一番地」と位置づけ、プログラミング・ディレクターを市山尚三に交代、質の向上を図ってきた。 世界中の映画人が作品披露の舞台を選び、映画祭は優れた作品を取り合っている。その中で良作を発掘し優れた才能を後押しすることが、「絶対参加」リストの上位に位置づけられる条件だ。後発で評価の高まらない東京は、苦戦を強いられてきた。 今回のコンペ選出作品は15本。総じて「ハズレ」のないラインアップだった。英語が主体の作品が1本もなく、日本でも人気の中国、韓国の映画もゼロと地域的な偏りはあったものの、「どうしてこれが?」と首をひねるような映画はなく、たとえ完成度は低くても独創性や挑戦が感じられた。東京フィルメックスの作品選考を長く担当し、プロデューサーとしてジャ・ジャンクー監督らアジアの才能を発掘してきた市山のカラーが感じられた。 米国の演出家・監督のジュリー・テイモアを委員長とする審査委員が選んだのは、スペインのロドリゴ・ソロゴイェン監督による「ザ・ビースト」だった。東京グランプリのほか、最優秀監督賞、同男優賞(ドゥニ・メノーシェ)と3賞を贈られた。スペインの農村を舞台とした心理スリラーに、小さな共同体に潜む経済格差や外国人排斥、人間の狭量さなど多くのテーマを盛り込んで、物語も表現も意欲的で見応えのある作品だった。 最優秀男優賞のドゥニ・メノーシェはビデオメッセージで喜びを語った=宮間俊樹撮影 最高賞「ザ・ビースト」 秀作だったが…… 審査委員特別賞の「第三次世界大戦」は、イランで撮影中のホロコースト映画という意外な設定の中に、社会的不平等が引き金となる暴力を描いた。最優秀芸術貢献賞の「孔雀の嘆き」はスリランカの人身売買を題材に、発展途上国で広がる格差に苦しむ人たちの葛藤と倫理を活写していた。アリン・クーペンヘイムが同女優賞を獲得した「1976」では、ピノチェト政権下のチリで反政府活動家の青年をかくまったブルジョア女性が体験する、独裁体制の圧迫感を直接的描写なしに描き出した。 どれも納得の結果ではある。しかし「ザ・ビースト」に3賞は集中しすぎの感が否めない。テイモアが「レベルが違う」と絶賛、「映画祭だからと賞を分け合うのは不誠実だ」と説明し、その見識も理解できる。しかし一方で映画祭は、作品に箔(はく)を付けて世界に送り出す場でもある。多くの作品に光を当てても良かったのではないか。 現代社会の人間関係を風刺したミルチュ・マンチェフスキ監督のコメディー「カイマック」、記憶喪失の男の帰郷により小さな共同体がゆさぶられる、アクタン・アリム・クバト監督の「This Is What I Remember」。あるいはテイモアも「気に入った」という、ベトナムの「輝かしき灰」。3人の女性主人公とそれぞれの男性関係を描いた文芸調の作品で、森の中で燃える家の映像が繰り返し使われ、奥行きのある佳作だった。いずれも一般公開にも堪えそうで、審査委員の顔ぶれが違えば賞を得ただろう。上映機会が今回限りになるのは惜しい。 観客賞を受賞した「窓辺にて」©2022「窓辺にて」製作委員会 日本映画の可能性と現在 日本映画は3作がコンペ入り。例年〝指定席〟は2枠だったが、日本で開催する日本を代表する映画祭。日本映画を世界に後押しする上で、今回が多すぎたと言うことはないだろう。 福永壮志監督の「山女」は江戸時代の山村を舞台に、家父長制に支配された共同体の圧迫を描いて現代に通じる。今泉力哉監督の「窓辺にて」は、恋愛の機微を繊細に解きほぐした。「エゴイスト」で松永大司監督は、切ない同性愛を精査した。 いずれも良くできていたものの、今回の賞レースの中では分が悪く、受賞は「窓辺にて」の観客賞にとどまった。身近な人間の感情を丁寧に見つめ描写するという点では優れていても、政治的圧迫や深刻な経済格差など、抜き差しならない問題を背景にした他の作品と並べると迫力に欠ける。良くも悪くも、日本映画界の現在地を示していた。
勝田友巳
2022.11.10
第35回東京国際映画祭アジアの未来部門で11月1日、「i ai」が上映され、マヒトゥ・ザ・ピーポー監督と出演した森山未來によるQ Aが行われた。 ロックバンド「GEZAN」での音楽活動のほか小説執筆、俳優など幅広い活躍をみせるマヒトゥにとって「i ai」は、初めての脚本・監督作品である。「映画が観客に届いたことで完成した」と喜びを語った。マヒトゥは有楽町周辺を毎日のように訪れて、映画祭の空気を満喫していたという。「終わってしまうのが寂しい。北極の映画祭とかないかな」と日本のみならず世界を視野に、広く作品を届けたいという熱意をにじませた。 「i ai」©2022「i ai」製作委員会 マヒトゥ「人の匂いがする場面に」 主演の富田健太郎は、約3500人の中からオーディションで選ばれた。富田を選んだ理由をマヒトゥは 「新たな挑戦の仲間を見つけたかった。まだ自分に悩んでいて、〝なんでもなさ〟がある。飛び立つ過程にあるところが、映画の内容に重なる。 富田以外はなかった 」と説明 。 富田が言葉を畳み掛けるインパクトの大きなシーンがある。マヒトゥは「ギミックに頼らず、人の匂いがすること」にこだわったという。「映画を見終わると日常に戻って、大切な人と過ごす。だが、いずれは別れという逃れられない宿命が待っている」という言葉からは、映画が観客の人生に余韻を残せたら、という願いが感じられた。 森山「出会い続けろ」に人生重ね 森山は脚本を読んだときに、神戸のイメージが湧き「神戸で撮影しないなら、やりたくない」と強く押したとか。その要望もあり決定したロケ地の神戸は、森山の出身地でもある。 Q Aで「ダンスや雰囲気が役柄にマッチしていた」と役との共通点を聞かれた森山は、この映画のテーマである「出会い」に言及。作中の「別れなんてない、出会い続けろ」というセリフが、自分の生きる上での指針に重なったという。「出会いを大切に生きていることや、神戸が地元であったことも、役にマッチして見えたことに影響したのかもしれない」と答えた。 マヒトゥは撮影後に森山から「興行など関係なく、この映画に出られてよかった」と言われたという。「監督は権力のある立場だと思う」とし、森山が作品に納得してくれたことで「本当に作れてよかった」と感慨深げだった。
山田あゆみ
2022.11.06
第35回東京国際映画祭は2日、授賞式が行われ、最高賞の東京グランプリに「ザ・ビースト」を選んで閉幕した。「ザ・ビースト」はロドリゴ・ソロゴイェンの最優秀監督賞、ドゥニ・メノーシェの同男優賞と3冠を獲得。日本映画「窓辺にて」(今泉力哉監督)は観客賞を受賞した。 賞の結果は以下の通り。 東京グランプリ 「ザ・ビースト」 審査委員特別賞 「第三次世界大戦」 最優秀監督賞 ロドリゴ・ソロゴイェン 「ザ・ビースト」 同女優賞 アリン・クーペンヘイム 「1976」 同男優賞 ドゥニ・メノーシェ 「ザ・ビースト」 同芸術貢献賞 「孔雀の嘆き」 観客賞 「窓辺にて」 アジアの未来 作品賞 「蝶の命は一日限り」 芸術貢献賞「スリランカにとって大きな意義」 3冠の「ザ・ビースト」はスペインの農村に移住して農業を営むフランス人の主人公が、隣人の悪意にさらされ対立を深めてゆくサイコスリラー。ソロゴイェン監督、メノーシェとも来場せず、ビデオメッセージで感謝と喜びを語った。 ビデオメッセージで喜びを語る最優秀男優賞のドゥニ・メノーシェ ジュリー・テイモア審査委員長は「ザ・ビースト」について「音楽、撮影、脚本、演出など全てが優れている。これぞ映画」と絶賛。3賞が集まったことには「他の作品と次元が違う。監督が映画の全てを決めているのだから、作品賞と監督賞は同じところに行くべきだと考えている。映画祭だからと賞を分配するのは不誠実だと思う」と説明した。 芸術貢献賞の「孔雀の嘆き」はスリランカ映画。貧しい少年が妹の手術費を稼ぐために、違法な養子あっせんに手を染める物語だ。サンジーワ・プシュパクマーラ監督は「スリランカの映画が大きな国際映画祭で受賞するのは初めてだと思う。スリランカ映画界にとって大きな意義がある」と話した。 最優秀芸術貢献賞を受賞した「孔雀の嘆き」のサンジーワ・プシュパクマーラ監督 テイモア委員長は「孔雀の嘆き」は「主題が審査委員の心をつかみ、何か賞を贈りたいと一致した」と明かした。 「国から出られなくても声は届く」 出国禁止のイラン人監督 審査委員特別賞の「第三次世界大戦」はイラン映画だ。ホロコースト映画の撮影現場でセットの下働きに雇われた男がヒトラーの代役に抜てきされ、周囲からの理不尽な要求に振り回される。ホウマン・セイエディ監督はイランの反政府デモに関わったとして出国できず、出演したマーサ・ヘジャーズィがメッセージを代読。「自分で望んだわけではないが、東京に行けない。しかしこの世界は山で芸術は声だ。声に国境はなく、テヘランから私の声はあなたたちに届くだろう。私はあなたたちの声を聞いている。村上春樹の小説や黒澤明の映画をよく知っている」 審査委員特別賞「第三次世界大戦」のホウマン・セイエディ監督の代わりにトロフィーを受け取った、出演俳優のマーサ・ヘジャーズィ 観客賞を受賞した「窓辺にて」は、4日が公開初日。今泉監督は、主演の稲垣吾郎がコロナウイルス感染症で療養中だと明かし「舞台あいさつに来られないのは残念」。それでも「取るに足りない小さな悩みを描いてきた。観客に選ばれたのはうれしい」と喜んだ。 観客賞を授賞した「窓辺にて」の今泉力哉監督 野上照代「映画は具体的に真実に迫る表現」 授賞式には、特別功労賞を贈られた野上照代も車いすで登壇。「もう95歳。映画はずっと好きだし、表現し続けてきた監督たちに感謝したい。映画は具体的に真実に迫る、素晴らしい表現だと思う」とあいさつ。会場から温かい拍手が湧いた。 特別功労賞の野上照代 国内の監督のタマゴに長編製作の機会を提供するAmazon Prime Videoテイクワン賞は、該当者なし。審査委員の行定勲監督は「世界とつながる作家性を感じる候補はなかった。残念だが希望を見いだせる作品はあり、将来に期待したい」と講評した。 【関連記事】 ・「抑圧はいずれ反発を招く」イランの現状憂える 「第三次世界大戦」 ・稲垣吾郎「僕にあてて脚本を書いてくれたことがわかり、撮影が楽しみだった」「窓辺にて」ワールド・プレミア ・青木柚「ゆったりした時間の流れと包容力」高知ロケで魅力実感「はだかのゆめ」Q A ・黒澤明賞「クロサワは神様。作品に影響受けた」 イニャリトゥ監督 ・「リリイ・シュシュのすべて」に衝撃 シム・ウンギョン 東京国際映画祭審査委員が会見
2022.11.02
東京国際映画祭コンペティション部門に出品されているイラン映画「第三次世界大戦」。来日を予定していたホウマン・セイエディ監督らは、政府に対する抗議運動に関与したとして出国を禁じられ、出演したマーサ・ヘジャーズィが単独来日。尊厳を踏みにじられる個人の怒りが爆発する結末に、自身も「衝撃を受けた」と振り返る。 ヒトラー役に抜てきされたエキストラ 来日を断念したセイエディ監督と主演のモーセン・タナバンデとは、毎日連絡を取り合っているそうだ。「2人とも日本が大好きで、とても残念がっています。いつか日本で映画を作りたいと伝えてと頼まれました」 映画はこんな物語。イランで撮影しているヒトラー映画のセットで、路上生活者のシャキーブが下働きの仕事を得る。数あわせのエキストラにかり出されると監督の目に留まり、急病で倒れた俳優の代わりにヒトラー役を演じることになった。セットの建物に寝泊まりするシャキーブの元に助けを求めてくるのが、ヘジャーズィ演じる、ろうの売春婦ラーダンである。 結末を知ったのは撮影1週間前 ヘジャーズィは当初、映画の全体像をつかめなかったという。「渡されたのは自分の登場する場面だけ。本読みをするうちにろう者だと分かり、手話の特訓をしました。自分の登場しないところで何が起きているのか分からないまま準備をしていたのです。私はまだ新人ですし、監督はシャキーブの世界を知らない方がうまく演じられると思ったのかもしれません。難しかったですが、俳優としてはやりがいがありました」 シャキーブは撮影隊に無断でラーダンをかくまうが、彼女を捕らえようと追っ手が迫る。シャキーブが彼女を解放するために要求された大金を工面しようとするうち、ある日の撮影で、ラーダンが隠れていた家を燃やしてしまう。ラーダンが死んだと思い込み、シャキーブは激怒する……。この後も、映画は二転三転、衝撃的な結末を迎える。 撮影の1週間ほど前に脚本を渡され、映画の結末を知ったというヘジャーズィは「信じられませんでした」。「どうして人間がこんなひどいことをするのか理解できず、何度も読み返しました。でもシャキーブは、自分では望んでいないのに思わぬ方向に変わっていく。その結果こうなったのだと納得しました」 民衆の痛み描く 監督やプロデューサーの一方的な都合に翻弄(ほんろう)されるシャキーブと、彼が演じるヒトラーが収容所のユダヤ人を虐殺する撮影場面が交互に描かれる。「映画を見て、母のことを思い出したんです。『押しつけられたバネが最後に反発するように、人間も窮屈すぎるとそのうち暴発する』と。シャキーブも、自分を抑えきれなくなったのです」 映画の寓意(ぐうい)は、反政府デモで混乱するイランにも当てはまる。「どの社会でも言えることですが、今のイランで起きていることもまさにその結果です。圧力が強すぎれば、いずれ爆発してしまう」 セイエディ監督はイランの人気俳優で、この作品の製作費は空前の規模だという。撮影は政府の許可を得ており、9月のベネチア国際映画祭にも出品され、東京でも問題なく上映された。とはいえイランでの公開は当面、難しそうだ。「でも、公開されたら多くの人が見ると思います。今のイランの人々はハッピーエンドの物語を求める気分ではないし、この作品は民衆の痛みを描いていますから」 日本での配給は未定という。 【関連記事】 ・黒澤明賞「クロサワは神様。作品に影響受けた」 イニャリトゥ監督 ・廣木隆一監督 「目黒蓮は役に没頭、そのたたずまいがいい」と絶賛 「月の満ち欠け」Q&A ・「大人のラブストーリーでタブーを探究した」 ミルチョ・マンチェフスキ監督 ・ベトナムと日本 水と情はつながっている ブイ・タック・チュエン×藤元明緒 ・「リリイ・シュシュのすべて」に衝撃 シム・ウンギョン 東京国際映画祭審査委員が会見
第35回東京国際映画祭Nippon Cinema Now部門で10月31日、「はだかのゆめ」がワールド・プレミア上映された。上映後のQ Aには出演した青木柚、唯野未歩子、前野健太、甫木元(ほきもと)空監督が登壇した。母親が余命宣告を受けた甫木元監督の実体験を元に、高知県でロケ撮影した。 (C)2022TIFF 甫木元監督「青山作品と上映、夢だったが」 甫木元監督は、3月に急逝した青山真治監督から、大学時代に映画を教わったという。青山監督から「忘れられた日本人」(宮本常一著)を勧められて読んだことをきっかけに小説を書き、後に本作の脚本へと発展した。「映画祭で(青山監督の作品と)一緒に上映するのは、夢だった」と語り、深い思いをにじませた。 Q Aでは「映画の中で、生と死の曖昧さを感じたが、意図はあったのか」という質問がキャストと監督に向けられた。 甫木元監督は、四万十川に沈下する前提の橋が架けられたり、お遍路があったりすることから、高知県に「あの世とこの世の境界線が曖昧な印象を受けた」という。母親との関係を脚本に反映させ「母親が死んで自分が生きているのではなく、母親が生きているのを見たい」との思いを込めた。 (C)2022TIFF 青木「0か100じゃない揺らぎを大事にしたい」 青木は脚本を初めて読んだ時、「だれが生きていて、だれが死んでいるのか分からなかった」と明かす。ほとんどセリフがない役柄だったが「言葉にできないものがこの映画では大事だ」と感じたという。「0か100じゃない揺らぎを大事にしたいと考えていた」と振り返った。唯野も、脚本を読んで「生きてる人が生きてないようで、死んでる人が死んでないみたいだと思った」。 一同は撮影を通して、高知県の魅力を大いに感じたと口をそろえる。青木は初めての高知で「『いてもいいよ』と言ってもらえているような感覚と、ゆったりした時間の流れがあり、土地の包容力を感じた」。 前野は「森がざわっとして、顔に見えた」と、神秘的な経験と共に自然に圧倒されたことを明かす。四万十川の様子が映し出されるテレビ番組をずっと見ていたり、飲み屋の優しい大将と仲良くなって一緒に飲みに行ったりと「とても良い時間を過ごした」。前野の思い出話に、登壇者に和やかな笑いが起こった。 【関連記事】 ・廣木隆一監督「目黒蓮は役に没頭、そのたたずまいがいい」と絶賛「月の満ち欠け」東京国際映画祭 ・「アメリカでは、芸人も若者も社会とつながっている」ウーマンラッシュアワー村本「アイ アム ア コメディアン」 ・井上真央「難しかったシーンは全部って言いたい」「わたしのお母さん」舞台あいさつ 東京国際映画祭 ・永野芽郁「スイッチが入った戸田さん、怪物みたいだった」 「母性」舞台あいさつ 東京国際映画祭 ・河合優実主演作「少女は卒業しない」初披露に「映画が放たれた」 東京国際映画祭
2022.11.01
第35回東京国際映画祭の交流ラウンジに31日、是枝裕和監督と俳優の橋本愛が登場した。是枝監督が脚本を兼ねる配信ドラマ「舞妓さんちのまかないさん」(2023年1月配信開始)で組んだ2人。映画業界の労働環境改善やハラスメント防止など問題意識を共有し、「声を上げ続けることの大切さ」を声を合わせて訴えた。 (C)2022TIFF 是枝監督「休めば効率は良くなる」 橋本は昨年に続き、東京国際映画祭アンバサダーを務める。昨年と違って今年は「自分自身の意見を発言していこう」と決めていたという。 是枝監督から橋本へ、俳優の立場から見て映画業界に変えてほしい部分を問われると「撮影時間が短くなるとうれしいです。休息と撮影のバランスがとれるようになると、パフォーマンスも上がるはず」とし、スケジュールがタイトな現場では、自分だけでなくスタッフの士気の低下や疲弊を感じるそうだ。 是枝監督も、韓国で「ベイビー・ブローカー」を撮影した際に感じた日本とのギャップを振り返った。韓国では、俳優が週に1日休みをとることが徹底されているそうだ。それに伴い、連休も生まれる。是枝監督は「休むと効率が良くなるのは、経験として感じました」と言う。日本では撮影が始まると文化祭のノリのような一体感があるとしながらも「それでは改革は進まない。ちゃんと寝てちゃんと食べてれば、人は怒鳴らなくなる」と、映画業界の労働環境改善の必要性を訴えた。 (C)2022TIFF 橋本「成功体験への固執が周囲にしわ寄せ」 日本映画業界の世代間ギャップについて橋本は「是枝さんのように、今の時代の流れを分かって(俳優やスタッフに)目を向けてくれている人もいる」としつつも「今(の時代の流れ)を見ずに、今を生きている人がいる」と問題提起した。固定観念や過去の成功体験に固執している人の行動によって「誰にしわ寄せがきて、誰がこぼれ落ちているのか。分かっていますか?と思うところはありました」と語気を強めた。映画業界に限らず、変わり続けることの重要さでも、2人の意見は一致した。 一方で是枝監督は「自分が現場で思いついたことを口にすると、まわりがそのために動いてしまう。といって思いつくことはとめられないので、負荷がかからないようにそれを提示しなければならない」と葛藤をにじませた。橋本は、是枝監督の現場で助監督から「(現場は)大変だけど、是枝さんの映画への純粋なまなざしと思いに触れると、言うことをきいてしまう」と聞いたという。是枝監督は「無意識のハラスメント」と苦笑い。橋本は「変化しようという監督の姿勢だけでも、安心して頑張れる」と返したが、是枝監督は「姿勢だけで評価される立場じゃないので、実績を作っていこうと思います」と答えていた。 世界を見渡してもっと面白く デビューから13年ほどたつ橋本だが「10年以上お芝居ができていない感覚があった」と意外な発言。本質的な表現ができず苦悩していたそう。その転機になったのが、成島出監督の映画「グッドバイ 嘘からはじまる人生喜劇」の現場だった。 成島監督から「ほんとにヘタだね」と言われた時に「やっぱり、そうですよね!」と思ったという。やっと言ってもらえたと。そこで一から芝居を習い、才能がなくても知識や経験によって芝居はできるのだと、自信につながったと振り返った。一方で是枝監督は、「舞妓さんちのまかないさん」に橋本を起用した理由を「所作の奇麗さ」とし、撮影に入るまでの準備を徹底していると称賛した。 今後の日本映画業界について橋本は「日本人に向けた映画だけじゃなく、(映画製作側の)みんなが世界を見渡していくと、もっと面白い表現が生まれると思う」と述べた。是枝監督は「映画が難しくて面白いのは、複雑だから」という。映画では、エンターテインメントと芸術の側面が、分かちがたく共存していることを強調した。また映画祭の役割について、芸術面と経済面を両立させ、映画業界で働く人の権利を示すことだと語った。 【関連記事】 ・是枝監督×松岡茉優 対話して理解し合うことが豊かさにつながる 東京国際映画祭「ウーマン・イン・モーション」 ・黒澤明賞「クロサワは神様。作品に影響受けた」 イニャリトゥ監督:東京国際映画祭 ・川村元気×石川慶「海外で勝負するには〝複眼〟で企画の検討を」 日本映画の可能性語る:東京国際映画祭 ・「混沌(こんとん)とした時代に〝正義〟を考える」 今見るべき「ウルトラセブン」 ・総力特集!東京国際映画祭2022
第35回東京国際映画祭のスペシャルトークセッション「『ある男』×『百花』日本映画、その海外での可能性」が30日、開催された。 ベネチア国際映画祭に出品された「ある男」の石川慶監督と、サンセバスチャン国際映画祭に出品された「百花」の川村元気監督が登壇。日本映画の現状や、海外に通用する映画作りについて、気鋭の監督2人が語り合った。 (C)2022TIFF 石川慶「5年前と比べ知名度を実感」 冒頭で、2人はそれぞれの作品での海外の反応について振り返った。石川監督は、自身が監督した作品「愚行録」(2017年)でベネチア国際映画祭に参加した時と比較して、知名度が上がったと実感したという。妻夫木聡、安藤サクラ、窪田正孝といったキャスト陣の人気を肌で感じたためだ。これは、アジア映画に対する認知度が全体的に上がっている結果だと話す。 サンセバスチャン国際映画祭に、監督として初参戦した川村監督は、現地での最初の反応は「塩対応」だったという。だが公式上映後には評価が高まり、現地の映画プログラマーの態度も優しくなった。結果的に、川村監督は日本人としては初めて最優秀監督賞を受賞する。 (C)2022TIFF 川村元気「海外でも共感してもらえるテーマ設定が大切」 川村監督は、日本の作品を海外で受け入れてもらうために一番大事なのは「企画」だと強調。認知症を発症した母と子の関係を描いた「百花」は、実際に認知症を患った川村監督の祖母を描いている。 「認知症」という、日本だけでなく海外でも共通するテーマを扱ったことで、外国人からも共感され、高い評価を得た。「今この時代、何が、どうマッチするか。時間をかけて企画を考えることが重要です」 ポーランドで映画を学び、ポーランド人と一緒に映画を製作した石川監督は、同国での日本映画の位置付けは「メジャーではなく、〝ゲテモノ〟だった」と話す。「英語に訳して面白い作品でないとダメだ」と痛感した経験から、海外のマーケットを知り「海外の視点」を持つことの大切さを主張した。 国際映画祭はゆるい連帯の場 「初めから海外に向けた作品を作ろうとすると、しょうゆかバターかわからない味になってしまいます」という川村監督も、「百花」の脚本ができた際、フランスの映画会社ワイルドバンチに意見をもらうなど、積極的に海外の視点を取り入れてきた。「(「百花」の脚本は)ワイルドバンチから面白いと言ってもらえたので、言語の壁を越えられると感じました」 石川監督と川村監督は、映画を作る際は独り善がりにならず、〝複眼〟で作品を見つめることが重要だと口をそろえた。 〝複眼〟とは、自分の作品に対してハッキリと意見を言う存在で、プロデューサーや監督助手のように自分のチームのメンバーでもいいし、チームとは関係ない映画人でもいい。「複眼を持つことは、作品の多様化につながります」と川村監督。石川監督は「我々は、コミュニティーの垣根を越えて、もっとゆるく連帯していいと思います。映画祭はそのためにあると思う」と、国際映画祭の在り方についても提案した。 【関連記事】 ・是枝裕和と橋本愛「ちゃんと寝て食べてれば、人は怒鳴らない」 撮影現場の環境改善訴え:東京国際映画祭 ・是枝監督×松岡茉優 対話して理解し合うことが豊かさにつながる 東京国際映画祭「ウーマン・イン・モーション」 ・気鋭アニメ3監督 世界の創り方「爆発力」「全てコントロール」「固定観念捨てる」 東京国際映画祭シンポジウム ・「混沌(こんとん)とした時代に〝正義〟を考える」 今見るべき「ウルトラセブン」 ・総力特集!東京国際映画祭2022
きどみ
第35回東京国際映画祭交流ラウンジで30日、「TIFFティーンズ映画教室スペシャルトークショー」が行われ、諏訪敦彦、大九明子、三宅唱、瀬田なつき、早川千絵の各監督と、こども映画教室代表の土肥悦子さんが登壇した。 TIFFティーンズ映画教室は2017年から毎年開かれている中高生向けワークショップで、映画監督を講師に招き、ショートムービーを製作する。トークショーでは、過去5年間の作品を鑑賞し、講師を務めた映画監督とワークショップ参加者たちが当時を振り返り、今後への展望を語った。 (C)2022TIFF 諏訪監督「理解することと信じることは別」 17年のワークショップ講師を務めた諏訪監督は、「こども映画を作るのか、映画作品を作るのか」という問いかけを参加者たちにしたのが、監督自身にとっても発見だったと振り返る。 自由な撮影が始まると、刑事モノの作品を撮ろうとしたグループがあった。諏訪監督は子どもが刑事役をすることについて「どうしようかな」と迷ったという。そこで、子どもが刑事役を演じた映像を撮影し、皆で見たそうだ。他の参加者に「刑事に見えるか?」と尋ねると、「見えない」との答え。次に別の参加者に事件の被害者の遺族役を演じさせたところ、今度は「被害者遺族に見える」と満場一致。 このことから、諏訪監督は「映画を理解することと、信じることは別だ」と気付いたのだそうだ。つまり、見る側は子どもが何かを演じているのを理解はできるが、子どもが刑事だとは信じていないということだ。参加者に「子ども映画を作るのか、映画作品を作るのか」と問いかけたところ、「映画を作りたい」との答えが返ってきたことで、その後のワークショップの方向が決まったという。 大九監督「青春真っただ中で青春映画を撮るって、ない」 大九監督は「青春真っただ中にいる子たちが、青春映画を撮っているって意外にありそうで、ない」と、映画教室の意義、貴重さを熱く語った。また参加者を子ども扱いしたくなかったというポリシーを明かし「自分が中学生の時、子どもだと思われたくなかった。彼らも、かけがえのない大事な人たちだと感じていた」と述べた。 そして、ワークショップ当時、わくわくした思い出を振り返った。構図に悩むカメラ担当者に、アシスタントになったような感覚でアドバイスをしたところ「あ、ほんとだ!」との反応。「人が何かを発見した瞬間に立ち会っちゃった」と感動したという。 三宅監督「本気が、まっすぐ映っている」 コロナ禍での開催時に講師となった三宅監督は、リモートでの映画製作は不可能だと思っていたという。また「撮影現場の盛り上がりを経験できなくて、残念なことにならなければいいな」と心配していたが、「結果的に面白い作品が出来上がった」。「全員が本気でやっていることが、まっすぐに映っている」と参加者の努力をたたえた。 参加者の一人は、会ったこともない相手との映画作りは手探りだったとしつつも「それぞれが、一番うまく撮れる好きなものを詰め込んだ映像がつながった」と笑顔でコメントした。 5年間に完成したのは個性やアイデアが光る作品ばかりで、講師の監督一同は新しい日本映画界の希望を感じたようだ。今年の講師を務めた早川監督は「子どもたちが作ったビギナーの映画としては見ていない。同じ映画を作る者として、斬新さが感じられて面白い」と称賛。 瀬田監督は「私が中学生の頃はこういった催しはなく、その広がりの面白さを感じている」と言い、参加者を見ていて「一緒に作りたいと感じた」と、今後の活躍に期待をにじませた。 【関連記事】 ・是枝裕和と橋本愛「ちゃんと寝て食べてれば、人は怒鳴らない」 撮影現場の環境改善訴え:東京国際映画祭 ・是枝監督×松岡茉優 対話して理解し合うことが豊かさにつながる 東京国際映画祭「ウーマン・イン・モーション」 ・気鋭アニメ3監督 世界の創り方「爆発力」「全てコントロール」「固定観念捨てる」東京国際映画祭シンポジウム ・「混沌(こんとん)とした時代に〝正義〟を考える」 今見るべき「ウルトラセブン」 ・総力特集!東京国際映画祭2022
第35回東京国際映画祭で「ウーマン・イン・モーション」が31日、開催された。映画監督の是枝裕和と女優の松岡茉優を迎え、映画界で働く女性の現状や、これからについて語り合った。 是枝「このまま放っておいたら、映画界は10年続かない」 映画界での女性の活躍できる場の少なさは度々話題に上がる。その理由として、まずは働き方がある。朝から晩まで撮影で動き回り、休みも取りにくい現場は、女性にとってバリバリ働きながら家庭を持つことがイメージしにくい。松岡が、男性が多い部署で働く女性に話を聞くと、家庭を持つかフルで働くか、どちらかを選ばなければならないこの現状は「不安で、悔しい」と述べていたという。 フランスや韓国で撮影経験のある是枝は、こうした日本の働き方は遅れていると指摘。フランスは、映画業界に限らず「晩ご飯前に家に帰る」という働き方が浸透しているため、女性も働きやすい環境だった。韓国も週52時間勤務制があり、労働時間が週で52時間を超えたら、働かない。「このまま放っておいたら、日本の映画界は10年続かない」といった危機感から、是枝は「日本版 CNC 設立を求める会」(action4cinema)を発足するなど、精力的に活動している。 松岡「女優という呼ばれ方は当てはまらないと感じていました」 女性が映画界で活躍しにくい理由として、働き方の他に「声のあげにくさ」が挙げられた。 幼少期から子役として活動してきた松岡は、さまざまな〝女優〟の姿を芸能界で見てきた。〝女優〟は、清らかで色っぽい。何か思うことがあっても、口に出さない。意見を言ったり行動したりすると「女優らしくない」という言葉が世間から投げられる。自身もそう言われた経験を持つ松岡は、自分は当てはまらないと感じ、「女優」ではなく「俳優」と名乗りたいと思っていた。 日本の女優像と対照的なのはフランスだ。「フランスの女優は、1人の生活者として政治や社会問題に積極的に向き合っています」と、是枝は言う。ステートメントを出したり、デモに参加したり、〝女優〟という立場を自覚しながら、社会に影響を与えていた。役者だけでなく、スタッフ全員、男女ともに休みの日にデモに行っている。是枝は「正しい社会との関わり方だと思います。女優が発言したり行動したりすることを揶揄(やゆ)する日本は、遅れています」と、日本社会の現状に異議を唱えた。 声をあげた人を孤立させない試みを 声をあげにくい世の中だからこそ、「声をあげた人が守られるような体制にしなければならない」と是枝は力強く主張。リスペクトトレーニング(職場や現場でのハラスメント防止のための取り組み)を実施したり、インティマシーコーディネーター(映画などで描かれるラブシーンやヌードシーンの撮影をサポートする専門家)を現場に呼んだりして、役者の負荷が軽減できるような現場作りを試みている。「現場で強い信頼関係が築かれていたとしても、直接話しにくいことはあります。調整役として入ってもらうと、自分とは違う視点で意見を言ってくれるので、助かります」 松岡は、芝居は心を使うため、心を壊して当然だと思っていた。だが、インティマシーコーディネーターなど役者の負荷を減らす存在が中間に入ることで、仕事との向き合い方が変わるかもしれない。「俳優の心を壊さずに芝居を続けることができるなら、それはとても豊かです。俳優になりたい人を心から応援できます」と期待を込めた。 是枝と松岡は最後に、「対話すること」の大切さを訴える。自分と違う考えや価値観を持つ人がいるのは当たり前で、そうした相手を攻撃すべきではない。「なぜそう思ったのか、相手の話を聞ける世界であれたらいい」と、松岡は力強く締めくくった。 【関連記事】 ・是枝裕和と橋本愛「ちゃんと寝て食べてれば、人は怒鳴らない」 撮影現場の環境改善訴え:東京国際映画祭 ・子どもではなく、同じ「映画を作る者」として向き合った 一線監督が語ったティーンズ映画教室の5年間:東京国際映画祭 ・気鋭アニメ3監督 世界の創り方「爆発力」「全てコントロール」「固定観念捨てる」 東京国際映画祭シンポジウム ・「混沌(こんとん)とした時代に〝正義〟を考える」 今見るべき「ウルトラセブン」 ・総力特集!東京国際映画祭2022
第35回東京国際映画祭で29日、ジャパニーズ・アニメーション部門に出品された「ウルトラセブン」55周年記念上映トークショーが行われた。監督の樋口真嗣、評論家・監督の樋口尚文、アニメ・特撮研究家・明治大学大学院特任教授の氷川竜介が登壇。アニメ評論家である藤津亮太がモデレーターとなり、「ウルトラセブン」が残した功績や「ウルトラセブン」を「2022年の今」見るべき理由について語り合った。 知能ある宇宙人、文明の衝突 1966年に放送された「ウルトラマン」から、1年の時を経て誕生した「ウルトラセブン」。まずはどう進化したのかを藤津が問いかける。 「世界観や設定が強く固められていました」と答えたのは氷川教授。科学特捜隊の役割やキャラクターごとの設定が明確に存在しなかった「ウルトラマン」から一転。「ウルトラセブン」では、〝敵は知能を持った宇宙人であり、文明同士の衝突が起きている〟といった状況説明から始まり、ウルトラ警備隊の役割も明確に定められていた。「世界観がしっかり固められていたので、描かれていること以上の想像もできました」 サンダーバードの影響も? 樋口尚監督は、世界観と同様「デザインもしっかり固められていた」と話す。ウルトラ警備隊の隊員服やマークなどのデザインが印象的だった。「ウルトラマン」から進化した理由は、65年にイギリスで放送された人形劇「サンダーバード」(日本では翌66年に放送)や、アフリカンアートなど外国の文化の影響を受けたからだろうと推測。 「ウルトラセブン」のデザインもまた、日本万国博覧会の「太陽の塔」の内部「生命の樹」のデザインに影響を与えたのではないかと話す(「ウルトラセブン」の美術監督である成田亨が制作に携わった)。「いい意味でトラウマです。『ウルトラセブン』は、色あせない宝物として刻まれています」 樋口真嗣「人生を狂わされた」 樋口真監督は、「ウルトラセブン」は、宇宙人や警備隊の飛行機だけでなく、音楽や物語もデザインされていたと話す。子ども向けの作品だと侮らず、これまでテレビ番組で使われなかったようなモダンな音楽を使用したり、物語の設定も緻密に作られたりした。「いろんなものが圧縮されて、密度の濃い作品だった」と表現。 「細かいところにも目配りをし、手抜きをしてはいけないと教わりました」「人生を狂わされた作品で、今度は自分も人の人生を狂わせる立場になってしまった」と監督としての自身のキャリアも振り返りながら語った。 樋口尚文「正義が平和に導くとは限らない」 最後に藤津が、初放送から55年たった「ウルトラセブン」を今見るべき理由について3人に問いかけた。 「平和とは言い難いこの時代だからこそ見るべき」だと氷川教授と樋口尚監督は、口をそろえた。「ウルトラセブン」が放送された67年は、学生運動やベトナム戦争などで不安定な世の中であった。樋口尚監督は、「ウルトラセブン」を見て、〝正義〟の定義はさまざまで、必ずしも〝正義〟が平和に導くとは限らないと考えるようになったという。「ウクライナ情勢で正義や平和について考える今だからこそ、〝アクチュアルな作品〟として見てほしい」と語った。 樋口真監督は、「ウルトラセブン」では頻繁に描かれていた〝首を切る〟などの残酷表現が簡単にテレビでできなくなった今、「『ウルトラセブン』にはない、新しい必殺技などを考えてほしい」と、これからの世代を担う若者に期待を込めた。 【関連記事】 ・気鋭アニメ3監督 世界の創り方「爆発力」「全てコントロール」「固定観念捨てる」 東京国際映画祭シンポジウム ・「ガンニバル」でディズニーに新風吹き込む 山本晃久プロデューサー 東京国際映画祭 ・井上真央「難しかったシーンは全部って言いたい」 「わたしのお母さん」舞台あいさつ 東京国際映画祭 ・東京国際映画祭 二宮和也「『ラーゲリ』開幕にふさわしい」 華やかレッドカーペット ・総力特集!東京国際映画祭2022
2022.10.30
第35回東京国際映画祭で29日、14年ぶりに復活した「黒澤明賞」の授賞式が行われた。受賞したアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ、深田晃司両監督は、世界的巨匠が与えた自身への影響を、口々に語った。 安藤裕康チェアマンは「黒澤明作品を貫くテーマは、正義と人間愛。今の日本と世界が最も必要なもので、時宜を得た賞だと思う」とあいさつ。トロフィーと賞金100万円が贈られた。 アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督 (C)2022TIFF 授賞式のために来日 メキシコ出身のイニャリトゥ監督は、2000年のデビュー作「アモーレス・ペロス」以来、精力的に作品を発表。米国に進出し、「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(14年)でアカデミー賞作品賞と監督賞など、「レヴェナント 蘇えりし者」(15年)でも監督賞を受賞。黒澤賞の授賞理由は「『アモーレス・ペロス』で世界の目をメキシコ映画に向けさせ、作品ごとに新しい試みに挑戦している」としている。 イニャリトゥ監督は、授賞式のために前日夜に到着。日本と黒澤監督への敬意を込めてあいさつした。 「22年前に東京国際映画祭で『アモーレス・ペロス』がグランプリを受賞し、賞金10万ドルを贈られて人生が変わった。『バベル』では撮影のために5カ月、日本に滞在し、素晴らしい経験をした。その後、映画祭の審査委員長も務めたし、旅行もした。日本文化とは音楽、文学、映画で深く関わっている。黒澤監督は巨匠の中の巨匠、神様のような存在で、その作品は世界の目を開いた。わたしの作品でも『羅生門』は『アモーレス・ペロス』につながるし、『乱』『七人の侍』は『レヴェナント』に、『生きる』は『Biutiful ビューティフル』に影響を与えた」。賞金は自身でもうけた大学の講座に寄付するという。 深田晃司監督 (C)2022TIFF 「野良犬」で古典映画に目覚めた 深田監督は06年「ざくろ屋敷 バルザック『人間喜劇』より」を発表。「淵に立つ」(16年)がカンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞、「LOVE LIFE」(22年)がベネチア国際映画祭コンペに出品されるなど、国際的な活躍が続く。日本映画界の問題についても積極的に発言、コロナ禍であえぐミニシアター救済のためクラウドファンディングを呼びかけた。 深田監督は「偉大なイニャリトゥ監督との受賞はうれしい。黒澤監督には遠く及ばないが、よりがんばれという意味合いも込められていると思う。10代で『野良犬』を見て、古い映画を見始めた」と喜びを語った。続けて「明るい話ではありませんが」と前置きして、日本映画界の現状について言及した。 (C)2022TIFF コロナ禍 映画人の心のケアが課題 「黒澤監督らが活躍した黄金時代と違い、自分が映画界に入った2000年代は監督や俳優、スタッフはフリーランスで雇用も不安定だった。その後も日本映画界は変化に対応できず、低収入、長時間労働などの問題を抱え、コロナ禍でますます厳しくなった。ハラスメントもクローズアップされ、芸術文化に携わる人たちのストレスが増大している。心の健康を守っていくことが課題だ」と訴えた。賞金は自身が関わるメール相談窓口「芸能従事者こころの119」のために寄付するという。 授賞式後、受賞者と関係者を招いての晩さん会が開かれた。コロナ禍前に行っていた立食形式のレセプションに代わる、交歓の場。映画祭ポスターをデザインしたコシノジュンコプロデュースのショーなどで、国内外の招待客を楽しませた。 【関連記事】 ・インタビュー:矢野顕子の曲のおかげで「今回は半歩ポジティブ」 深田晃司「LOVE LIFE」 ・リド島で流れた矢野顕子の歌声 「LOVE LIFE」世界へ ベネチア国際映画祭滞在記 深田晃司 ・気鋭アニメ3監督 世界の創り方「爆発力」「全てコントロール」「固定観念捨てる」 東京国際映画祭シンポジウム ・インタビュー:映画祭の国際性強化し存在感を高めたい 安藤裕康・東京国際映画祭チェアマン ・総力特集!東京国際映画祭2022
第35回東京国際映画祭のガラ・セレクション部門に出品された「月の満ち欠け」のQ&Aが29日行われ、上映後に登壇した廣木隆一監督が大泉洋、目黒蓮ら俳優陣の演技を称賛した。愛する妻梢(柴咲コウ)や娘瑠璃(菊池日菜子)を亡くした小山内堅(大泉洋)と、27年前にある女性、正木“瑠璃”(有村架純)と許されざる恋をした大学生、三角哲彦(目黒蓮)。無関係だった彼らの人生が“瑠璃”という女性の存在で交錯するラブストーリーだ。 生まれ変わりを信じる 佐藤正午の直木賞受賞作でベストセラーとなった小説の映画化。廣木監督は「話や人が入り組んでいて映画にするのは大変だと思ったが、僕はわりと挑戦者。人間関係をすっきりさせてファンタジーとして成立すればいい」と製作に取り組んだ。「生まれ変わりとか、どこかで信用している部分もあって、親戚に子どもができるとどこかのおばあちゃんやおじいちゃん?という見方もあって、リアルに考えて作った」 司会から、豪華なキャスティングについて聞かれ「大泉さんが最初に決まった。大泉さんは唯一、観客と同じように生まれ変わりを信じているわけではない普通のお父さん。皆さんの目線で演じてくれてそれが映画のベースになっている。それが最後には、生まれ変わりを信じてみようかという気持ちを表現してくれた」と感謝の言葉を述べた。 役に溶け込む 目黒蓮 続いて、観客との質疑応答が始まった。Snow Manの目黒蓮への質問には「蓮君は、現場で自分のキャラクターを守るように、他の人と口を利かずにすごく役に没頭していた。そのたたずまいがいい役者。大泉さんの家を訪ねるシーンでも、自分の中では緊張感もあって彼のいいところが出ていたし、いい経験になったと思う。シーンの雰囲気が出ていて大泉さんもやりやすかったのではないか」と高く評価した。 有村との恋愛模様や感情移入についての問いでは「蓮君と有村さんのシーンは、2人の関係が近くなっていくのがごく自然に分かるような芝居をしていた。有村さんが亡くなった後に一人で涙を見せるシーンも素直に役に溶け込んでいて、印象的なカットになった」と続けた。 高田馬場駅前 CGで再現 次に、子役の演出を聞かれ、3人ともオーディションで選んだとした上で「台本を読ませず、現場でその場で覚えて言ってもらった。台本を渡してしまうと、お母さんやお父さんと練習してきてしまう。みんな天才だった」。大泉さんに抱きついて泣くシーンでも「ここは泣いた方がいいですか」と僕の所に来て聞くので、「いいよ、泣いて」と話したら、見事に泣く演技をしてくれた。「それにつられて大泉さんも泣くいいシーンになった」と感心することしきりだった。 さらに、再三登場する1980年代の高田馬場駅前の風景と世界観を尋ねる質問には「歩いてる人と車以外は全てCG(コンピューターグラフィシクス)。雨のシーンとかセットでないと撮れない。茨城県筑西市のスポーツ施設の駐車場にグリーンバックを張り、忠実に再現された街並み、80年代ファッションのエキストラ、お店の看板もCGで作った」とスタッフの作品への思いとこだわりを披露した。「今行っても見られません。この映画でしか見られません」と会場の笑いも誘った。 【関連記事】 ・永野芽郁 「スイッチが入った戸田さん、怪物みたいだった」 「母性」舞台あいさつ 東京国際映画祭 ・井上真央「難しかったシーンは全部って言いたい」 「わたしのお母さん」舞台あいさつ 東京国際映画祭 ・河合優実主演作「少女は卒業しない」初披露に「映画が放たれた」 東京国際映画祭 ・稲垣吾郎「僕にあてて脚本を書いてくれたことがわかり、撮影が楽しみだった」「窓辺にて」ワールド・プレミア ・総力特集!東京国際映画祭2022
鈴木隆
第35回東京国際映画祭のNippon Cinema Now部門で29日、「アイ アム ア コメディアン」の舞台あいさつとQ Aが行われた。お笑いコンビ、ウーマンラッシュアワーの村本大輔を追ったドキュメンタリーで、村本と日向史有監督、相方の中川パラダイスが登壇した。 テレビから消え渡米 村本は、政治的発言をきっかけにテレビ出演が激減し、芸人修業のため韓国やアメリカに渡航。しかしコロナ禍で行き場を失った。 観客から「日本の笑いとアメリカの笑いの違い」について質問されると、「一番違うのは、芸人の知的レベルですね」と笑いを誘いつつ「(アメリカのコメディアンは)社会の出来事と普段からつながっているから、笑いにする。日本は(自分と社会を)分けているように感じる」と述べた。 さらに社会問題との向き合い方が、日本では年齢層によって違うと続けた。「原発をネタにするようになって笑いは増えているんですが、みるみるうちにお客さんの年齢層が上がっていった」と述べ、「アメリカでは同じテーマでも、若い人たちが一緒に聞いていることに驚きました」と振り返った。 日向監督「撮影断られたことがない」 「村本さんとの関係をどのように構築していったのか」という質問に、日向監督は「撮影をさせてくださいと言ったときに、一回も断られたことがない。村本さんは何でも撮ってくれというスタンスだった」と答えた。 村本は「ほんとに、ずーっと一緒にいた」と続ける。「第三者がどういう目で僕のことを見ているかを作品にしてもらった」と、本音を話せる関係だったことを明かした。 日向監督による本作のテレビ版「村本大輔はなぜテレビから消えたのか?」が、衛星放送協会オリジナル番組アワードグランプリに選出されている。観客から「テレビ版と本作とのかぶりがほとんどなかったが、映画のテーマは?」と質問されると、監督は「村本さんの中に、たくさんのテーマがあった」と答えた。 「家族が大事」に行き着いた 「テレビ版は、テレビの中の表現の自由に絞ってやりたかった。村本さんといろんな話をさせてもらう中で、家族を大事にしているということに行き着くので、それを撮影させてもらいたかった」という思いを明かした。 最後に村本が「実は、5日前に母が亡くなりまして……」と切り出した。直後に「ウソです。今日は母が来ているんです」とサプライズ登場。会場からは拍手が湧き起こり、母親は「ニワトリが一生懸命飛んでるんやというくらい、本人も一生懸命頑張ってるので、これからも末長く応援よろしくお願いします」。村本は「産んでくれてありがとう!」と返し、会場は和やかな空気に包まれた。 【関連記事】 ・「ガンニバル」でディズニーに新風吹き込む 山本晃久プロデューサー 東京国際映画祭 ・河合優実主演作「少女は卒業しない」初披露に「映画が放たれた」 東京国際映画祭 ・井上真央「難しかったシーンは全部って言いたい」 「わたしのお母さん」舞台あいさつ 東京国際映画祭 ・東京国際映画祭 二宮和也「『ラーゲリ』開幕にふさわしい」 華やかレッドカーペット ・総力特集!東京国際映画祭2022
第35回東京国際映画祭で28日、 「交流ラウンジ」に ウォルト・ディズニー・ジャパンの山本晃久プロデューサーが登壇した。濱口竜介監督の「寝ても覚めても」や「ドライブ・マイ・カー」などを手がけた山本さんが、映画製作の舞台裏や自身の映画論について語った。 広島の空気流れた「ドライブ・マイ・カー」 「ドライブ・マイ・カー」は元々、韓国の釜山で撮影予定だったが、新型コロナウイルスの影響で撮影が不可能になった。そこで、山本さんが代わりに広島での撮影を提案したという。自身が兵庫県出身で、瀬戸内の風景の良さに思い入れがあったようだ。山本さんは広島で、濱口監督は九州で、ロケ候補地の下見をし、報告し合ったという。 広島に行った山本さんは「まず国際会議場に行ってこれはいけるぞ。映画の支えになるかもしれない」と直感を得たのだとか。また、作中で主人公の家福が泊まる宿を見つけたこともあり、確信を得たのだと語った。広島の魅力について「空気の流れがいい。あれだけ川が流れているなんて知らなかったと、濱口監督とも話しながら撮影していた」と明かした。 スピルバーグ監督から「素晴らしい」 第94回米アカデミー賞にて国際長編映画賞を受賞した「ドライブ・マイ・カー」だが、授賞式では隣の席に座っていた女優ジェシカ・チャステインから握手を求められて、信じられなかったと本音を語った。また、スティーブン・スピルバーグ監督からも称賛の言葉を受けた喜びを語った。スピルバーグ監督は、アカデミー賞の作品賞にノミネートされた映画は家族で見るのが恒例だそう。そこで「今年1本だけ、「ドライブ・マイ・カー」だけ家族で誰も批判しなかった。文句なしに良かった。僕も、3時間なんて全く感じなかった。素晴らしい映画だった」という言葉を受けたことを明かした。 山本さんは、東京国際映画祭TIFFシリーズ部門でワールド・プレミア上映された「ガンニバル」のプロデューサーも務めている。 かなりグロテスクな描写も含む作品だが「この作風をディズニーで扱うことで、新しいディズニーを打ち出せる」と意気込みをにじませた。山本さんがプロデュースした「スパイの妻」の黒沢清監督からも、「なんであれが、ディズニーでできるんですか」と、言われたという。まさにその反応を狙っていたのだと、山本さん。思惑通りに話題が広がっているようだ。 「ガンニバル」より。 (C)2022 Disney プロデューサーは「最初の観客」 山本さんにとってプロデューサーとは、「監督にとっての最初の観客」だと語る。「監督のことをよく理解していなければならないし、作品のイメージを厳しく、愛情を持って考える。作品の持っている、持ちたがっているイメージを考え続けるしかない」 撮影現場にはなるべくいるように心がけているという。驚かれることもあるというが、「現場に居ることで、映画の重大な岐路を監督やスタッフたちが間違えそうになる時に助けになる」とその考えを語った。 日本での映画作りは資金面でも難しいと語る。若手の映画製作者へのアドバイスとして「本当に企画に自信があるんだったら、直接プロダクションやプロデューサーに持ち込んだらいいと思います」とアドバイスした。 【関連記事】 ・プロデューサーが明かす「ドライブ・マイ・カー」誕生秘話 「難産でしたねえ」 ・気鋭アニメ3監督 世界の創り方「爆発力」「全てコントロール」「固定観念捨てる」 東京国際映画祭シンポジウム ・井上真央「難しかったシーンは全部って言いたい」 「わたしのお母さん」舞台あいさつ 東京国際映画祭 ・稲垣吾郎「僕にあてて脚本を書いてくれたことがわかり、撮影が楽しみだった」「窓辺にて」ワールド・プレミア ・総力特集!東京国際映画祭2022
2022.10.29
東京国際映画祭コンペティション部門に出品されている「カイマック」。エロチックで風刺がきいて、時に大笑い。欲望にかられた男女の群像劇だ。わたしがこれまで見たコンペ10作の中で、抜群に面白い。デビュー作「ビフォア・ザ・レイン」でベネチア国際映画祭金獅子賞を受賞した、北マケドニアのミルチョ・マンチェフスキ監督の最新作で、東京が世界初披露だ。「東京は披露するのにぴったりだと思った」というマンチェフスキ監督に聞いた。 「カイマック」より (C)Banana Fillm,Meta Film, N279 Entertainment, Jaako dobra produkcija, all rights reserved, 2022 (C)Maja_Argakijeva 人生の最良の部分を求めるわがままな大人たち 「カイマック」は、北マケドニアやトルコなどバルカン半島で一般的な乳製品。「同時に、比喩的に最良の部分という意味合いでも使われます。人生の最良を求めようと奮闘する人たちを描こうと思いました」とマンチェフスキ監督。 といってもこの映画の登場人物は、世界の平和や理想のためではなく、みんな自分のことだけ考える。「そう、全員が犠牲者であり裏切り者なのです。物語が進むうちに、変貌していく人たちを描いています」 登場するのは2組の夫婦。裕福なエバとメトディは、妊娠したくないが子どもは欲しい。脳に障害のあるドスタにメトディとの子どもを産ませて、自分たちの子どもとして育てようとする。一方、カランバとダンチェは、中産階級。ダンチェがカランバの浮気現場を目撃して怒り狂うものの、なぜか相手のビオレッカと意気投合。3人は一緒に暮らし始める。 人間を探究 影に目を凝らし 発想の起点は「大人のラブストーリー」だったという。「ハリウッド風ボーイ・ミーツ・ガールの甘い映画にはうんざりしていたし、こういう映画は少ないからね」。そしてタブー。「家族や性、性的嗜好(しこう)といったことを探究しようと思った。閉ざされた扉の向こう側をのぞき、偽善のマスクをはぎ取ってみた」 奇抜な設定の物語は、意外な方向に転がっていく。ドスタは出産したら用済みのはずだったが、子育てはメトディの手に負えず、呼び戻して住み込みで世話をさせる。次第にドスタの態度が大きくなり、均衡が崩れていく。ダンチェとビオレッカは2人だけで愛し合うようになり、カランバは邪魔者扱いされる。 「脚本を書いているうちに、自然とこうなりました」と言う。「はじめにテーマを設定するのではなく、なんとなくこんな感じの物語かなというアイデアがあって、それが発展していく。物語の赴くままに従うのです。書いているときはゲームのように楽しい」 女性の社会的立場や代理出産、性的モラルなど、現代社会の問題が取り込まれたブラックコメディーとなった。しかしそれも「意識したわけではなかったんです」。「中心にあるのは、理想主義ではなく、人間への関心です。理想は人のために掲げるはずなのに、結局人を傷つけることになる。宗教でも政治でも。追求するのは人間性、特に影や弱い部分。その方がより面白い」 ハッピーエンドは退屈 「社会や政治は自然と入り込んでくるものです。イヤでも目に入りますから。意識するとプロパガンダになるし、芸術性を損ないかねません。そして展開にヒネリを加え、物語の構造や語りのスタイルを探究していく」。皮肉な結末は「ハッピーエンドなんか、退屈でしょ」とニヤリ。 世界的に知られるが、寡作。「じっくり取り組むし、パーソナルな映画の資金集めは大変だからね」。新鋭が目立つ東京国際映画祭のコンペの中では、ひときわ存在感を放つ。3大映画祭でも歓迎されそうなのに、なぜ東京に。 「ワールド・プレミアに東京を選んだのは、ここがぴったりの舞台だと思ったから。これまで2回、東京国際映画祭に来て、すばらしい経験をさせてもらったしね」。すでに新作を準備中とか。「年を取ってきたから、もっとたくさん作ろうと思って。今度は銅像を盗んでくず鉄屋に売り払う姉弟の物語」。完成したらぜひまた東京へ。「そうできたら、光栄だね」 「カイマック」の日本での配給は未定。映画祭期間中、11月1日にも上映される。お見逃しなく。 【関連記事】 ・気鋭アニメ3監督 世界の創り方「爆発力」「全てコントロール」「固定観念捨てる」 東京国際映画祭シンポジウム ・ツァイ・ミンリャン監督 日本で誕生日「長年のファンに感謝」 東京国際映画祭 ・イスラエルとパレスチナの対立と日本の武道がつながった 「アルトマン・メソッド」ゲスト来日 東京国際映画祭 ・稲垣吾郎「僕にあてて脚本を書いてくれたことがわかり、撮影が楽しみだった」「窓辺にて」ワールド・プレミア ・総力特集!東京国際映画祭2022