第78回毎日映画コンクール女優助演賞の広瀬すず「キリエのうた」=内藤絵美撮影

第78回毎日映画コンクール女優助演賞の広瀬すず「キリエのうた」=内藤絵美撮影

2024.1.24

女優助演賞 広瀬すず「キリエのうた」 「アイナちゃんと共演」に即決 結婚詐欺師役には「なんで私⁉」

毎日映画コンクールは、1年間の優れた作品と活躍した映画人を広く顕彰する映画賞です。終戦間もなく始まり、映画界を応援し続けています。

勝田友巳

勝田友巳

「キリエのうた」で演じたのは、アイナ・ジ・エンド演じる主人公キリエ/路花(ルカ) の親友、イッコ/真緒里。岩井俊二監督がアイナの歌声に触発されて始まった音楽映画で、アイナは劇中でも圧倒的な歌声で物語を引っ張っていく。それだけに、受賞には「え、私?みたいな。監督とアイナちゃんが作り上げた作品だと思うので」。しかし岩井監督が盛り込んだファンタジーの趣と描かれる厳しい現実を結んだのは、やはりこの人の力量だろう。「賞をいただくのは作品が届いた、見てもらえたという証し。出演者として素直にうれしいです」。謙虚に喜んだ。
 

 

撮影現場の化学反応 特等席で

キリエは東日本大震災で家族を失い、歌う時以外は声が出ない。映画は震災から10年にわたるキリエの流転と再生を、時制を行き来しながら描く。イッコは少女時代からのキリエの親友だ。陽性で奔放、結婚詐欺で世を渡る謎めいた存在である。

イッコ役に「なんで私なんだ⁉」。それも良い意味で。「結婚詐欺師なんて面白いもの与えてくださるなと。なかなか出合えない役だと思う」。出演は即決だった。アイナはパンクバンドBiSHとしてデビューし、現在はソロで活動するミュージシャン。その歌は以前から聴いていて、好きだったという。

「アイナちゃん主演と聞いたので、それだけで『あ、やりたい』と。すごく面白い化学反応が起きるって、確信したんです。撮影では、いろんな人の世界がバシャーッと混じった感じで、それを一番の特等席で見られて、ラッキー」


「キリエのうた」Ⓒ2023 Kyrie Film Band

イッコとキリエは同じ部分が欠けている

岩井作品には「ラストレター」に続く出演で、「監督とは特に話もしなかった」とお任せ状態で撮影に臨んだ。「脚本では漫画や映画で見るような典型的な〝女子キャラ〟だったけど、チャラッとしてるだけじゃない、さまよってるだけの人に見せたくなくて。自分が表現するならこういうイッコでありたいなと。脚本にバックボーンは書かれてないけど、生き様があったはず。イッコとキリエはただの仲良しこよしではなく、同じ部分が欠けている者同士、依存し合ってる。お互いの居場所だけど逃げ場でもある。そういう感覚でしたね」

その関係性に近づこうと、アイナとも接近した。しかし「自分はコミュニケーション能力高いわけじゃなく、どうしようかなと思ってた」。それが、クランクインが映画の冒頭場面、雪の北海道からで、この撮影がアイナとの距離を縮めたという。

「笑っちゃうくらい寒かった。体温って、人を近づけると思うんです。お互いに『大丈夫?』『寒い!』と温め合う時間が心地良くて、距離が縮まった。あの撮影はいろんな感情がキュッと詰まった、平和な時間、人生の一部として記憶に残る景色でした。青春でしたね。北海道からでよかった」。その後の撮影も順調に進んだ。「これで合ってるのかなと、思いながらでしたが、生まれた感情に素直でいようと。現場でヒントを見つけながら演じていました」


アイナ・ジ・エンドの爆発力は唯一無二

アイナは映画初出演。現場では「段取りってなに」「いつもこんなリハーサルやるの」と初めて尽くし。それでも、共演して驚いた。「何なんだこの人!みたいな。爆発力は唯一無二で、役者は嫉妬しますよ。刺激になったとかじゃなく、自分にはできないって分かる。生まれ変わったらその才能ほしいわと思うほどでした」

映画の終盤、キリエはイッコとともに、津波の記憶が残る海辺を訪れる。イッコがそばにいる安心感で満たされ、やがて踊り出す。ダンサーでもあるアイナのしなやかでのびのびとしたダンスが、キリエの解放と再生を象徴する場面だ。「監督が踊っていいよ、と。長いセリフをしゃべるだけでも難しいのに、こんなふうにスッと入ってきて、その場で分かりましたって踊る。見てたら泣けてきた」


ボソボソしゃべる役があったらいいのに

14歳で俳優デビューし、是枝裕和、李相日らそうそうたる監督に繰り返し出演を請われる実力者。同じ監督と何度も組むことには「うれしいですね」と言いながら、「でも培ってきたものをお披露目してるみたいで、照れるんですよ。こうなったんだと思われてんのかな、とか。何か求められてると勝手にポジティブに捉えてますけど」。
 
明るく元気のいい役柄の印象が強いものの、実は恥ずかしがり。「俳優も、元々は恥ずかしくてやりたくなかったし、今も恥ずかしい。なるべくボソボソしゃべる役があったらいい。リハーサルでみんなに見られてると、見ないでーといつも思います。アイナちゃんの自由さにほれたというか、うらやましい」
 
エンジンの掛かり方が周囲と違うようなのだ。「監督やキャストの熱量に、ヤッバと焦りを感じることが多いです。でも、やる気はあるんです。現場に行った瞬間に『うわー、楽しい!』みたいなやる気がめちゃ出てくる。情熱がわかりやすく伝わったことがなくて。監督に不安な顔されることがいまだに多いので、申しわけない」


負けたくないと思いながら

そう言いながら、引っ張りだこ。「いつかやめると思ってたんですけど、タイミング逃したと思ってます。中途半端は嫌いで、『恥ずかしいな、イヤだな』という程度のヌルッとした気持ちではやめられない。負けたくないなと思っているうちにいろんな作品に出合った。お芝居が楽しいと思えたりするし、力以上のものを経験させてもらえる」
 
2023年も3本も出演作が公開された。「え、そんなにですか」と驚いた様子。撮影で全力を出し切るので、後を引かないのだという。杉咲花、清原果耶と共演する話題作「片思い世界」の撮影も控えている。「このメンバーでできると思ってなかった。ぜいたくだし、頑張らないと」。気合が入った。

【第78回毎日映画コンクール】
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【受賞者インタビュー】
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ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

内藤絵美

ないとう・えみ 毎日新聞写真部カメラマン

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