第78回毎日映画コンクール日本映画大賞、脚本賞「せかいのおきく」の阪本順治監督=渡部直樹撮影

第78回毎日映画コンクール日本映画大賞、脚本賞「せかいのおきく」の阪本順治監督=渡部直樹撮影

2024.1.21

業界にけんかを売ったふん尿譚で毎日映コン大賞「こういうこともあるんだな」 「せかいのおきく」阪本順治監督

毎日映画コンクールは、1年間の優れた作品と活躍した映画人を広く顕彰する映画賞です。終戦間もなく始まり、映画界を応援し続けています。

勝田友巳

勝田友巳

毎日映コンでは常連だが、日本映画大賞は2000年の「顔」以来。自身の脚本賞、志満順一の録音賞と3冠を得た。「出自が独特」という「せかいのおきく」だけに、「こういうこともあるんだな」としみじみ。


循環型社会を映画にしよう

本作でも美術を担当した原田満生から「循環型社会とか、社会性のある映画を製作したい」と持ちかけられたことがきっかけだった。「美しい言葉を語る人間じゃないし、啓蒙的なことは苦手だな」と思ったものの、タイトルは「江戸のうんこ」。「江戸のふん尿をテーマにした循環型社会のエピソードで、これだったらやるよと。ふん尿や下肥え買いは、ある場面で登場することはあっても、それを中心に据えた映画はなかったはず。誰もやっていないことに興味があったし、クソみたいな世の中だし」
 
資金のあてもないまま、パイロット版のつもりで15分の短編を1日で撮ったのが4年前。資金集めは思うようにならず、翌年短編をもう1本。池松壮亮、寛一郎、黒木華と豪華な若手が顔をそろえても、まだ資金は集まらない。ツテをたどってようやく出資先を見つけ、残りの60分を撮影した。それも「京都で10日」。配給が決まらないままクランクアップ、昨年4月の公開にこぎ着けたという次第。その映画が、「怪物」や「ゴジラ-1.0」といった大作を差し置いて日本映画大賞。で、「こういうこともあるんだな」。


©2023 FANTASIA

下肥え買いと声の出なくなった没落武士の娘

江戸末期、矢亮(池松)と中次(寛一郎)はふん尿を集めて農家に売る下肥え屋だ。一方おきく(黒木)は武家の生まれだが、父親が筋を通そうとして城を追われ長屋暮らしに落ちぶれている。父親が争いの中で命を落とし、駆けつけたおきくも斬られて声が出なくなった。おきくは長屋の肥えをくむ中次と、次第に近づいていく。
 
「今の日本ではトイレも自動洗浄で、お尻も洗ってもらえる。自分のふん尿すら見ないですむような生活になった。でも臭いものとか汚いものを避けることは、人との関係性にも影響すると思う。だからこそ、今回は大胆に撮ろうと思いました。業界にけんか売ったみたいなとこもあるかな」
 
白黒スタンダードの画面に、なみなみとふん尿をたたえたオケや、詰まってふん尿が逆流するかわやが大写しになる。貴重な飯の種を一滴でも無駄にすまいと、矢亮は素手でふん尿をかき集める。「ふん尿は目方で値段が変わるから、泥水を加えて目方を増やした人もいた。ふん尿を運ぶ船のミニチュアも見たし、オケやてんびん棒も博物館にあった。お尻を拭くのはよくてワラ、庶民は板。ふん尿を売る場面で渡す対価も調査に基づいてます」


今日の社会に通じるエコロジー

そうした描写から、江戸の資源循環の仕組みが浮かび上がる。矢亮らは集めた肥えを船で郊外の農家に運んで売り、帰りに野菜を積んで市中で売る。下肥え買いがいなかったら、市中はふん尿であふれかえる。
 
「同時代の欧米ではふん尿は道ばたや川に捨て、疫病が発生したりしていた。しかし江戸ではそのシステムが出来上がっていた。日本は資源がないから、使えるものは使い倒す。くず屋、傘の修繕、タガ屋。簡単に使い捨てはしない社会は、今にもつながる。過去の物語ではないんです」
 
それにしても、カラーでなくてよかった。「いや、それは逆」。もともとスタンダード、白黒と予定していた。物語は9章構成で、それぞれの章のラストカットだけカラーになるという作り。「大手の製作だったら拒否されたけど、自主製作ならやれる。カラーは章の終わりを示すため」。もっとも撮影前に小道具が作ったふん尿を見て「クオリティーの高さに白黒でよかったと思いました」。
 
ふん尿を起点に社会をとらえ、その中で身分違いの3人の若い男女がみずみずしく描かれる。「ベースにあるのは循環型社会だけれど、テーマは幕末の庶民性、人間たち。男2人のバディーものであり、身分の差を超えた男と女の話。言葉じゃなくても通じ合う、青春グラフィティー。『世界の』というと地球レベルの人のようだけれど、名もなき一般人も世界の一員で、差はないはず。開国を迫られた幕末には、世界の足音も聞こえていた」


脚本はラストシーンから逆算

脚本賞の選考では圧倒的な評価を得たが、こちらも通常とは異なる成り立ち。「最初に作った短編はパイロット版で、新たに長編を撮影するつもりだった。印象の強い場面を意図したから、クライマックスだけ」。それが撮った分を使って長編化することになり、逆算して脚本作りとなった。「大団円のラストは撮影済みで、そこからさかのぼって脚本を書かなきゃならなかった。初めてですよ。いいセリフが書けても、つながらないからと捨てました」。俳優陣も後から物語を知って「分かっていたら違う芝居をしたのに」と悔しがったとか。
 
それでも「楽しかったですよ」と振り返る。「携帯もパソコンもないから、連絡の手立てがない。現代では会いたいけれど場所が分からないとか、すれ違いが成り立たない。人の物語として懐かしさを感じながら、自由に書きました」

 

迷いないベテランの力結集

若い俳優陣は「普段一緒にやらない人を」と配した一方で、佐藤浩市や石橋蓮司ら阪本組の常連も参加。撮影の笠松則通、録音の志満、美術の原田、照明の杉本崇と、日本映画界のそうそうたる面々がスタッフだ。「若い俳優にとっては、周りにおじいちゃんばっかり。平均年齢は60歳以上」と笑うが、低予算、短期間の撮影で完成したのはその技量のおかげ。
 
自身も撮影予定のカットとカメラ位置を図面にしてスタッフに配り、無駄なく現場をさばいた。「撮影日数は少ないし、冬は日が落ちるのも早い。作戦を練ったし、みんなベテランだから迷いがない。効率的に、というのは急ぐのでも慌てるのでもなくて、俳優の体温が高いうちにいいものを撮ろうということ」。京都の東映太秦や松竹の撮影所スタッフや俳優たちが協力してくれた。低予算の小品ながら、日本映画界の心意気と技術の粋がギュッと詰まって、これなら3冠も当然か。
 
【第78回毎日映画コンクール】
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ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

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