1993年11月29日都内にて

1993年11月29日都内にて

2022.4.08

高倉健「歌」と「旅」:その1

2021年に生誕90周年を迎えた高倉健は、昭和・平成にわたり205本の映画に出演しました。毎日新聞社は、3回忌の2016年から約2年全国10か所で追悼特別展「高倉健」を開催しました。その縁からひとシネマでは高倉健を次世代に語り継ぐ企画を随時掲載します。
Ken Takakura for the future generations.
神格化された高倉健より、健さんと慕われたあの姿を次世代に伝えられればと思っています。

ひとしねま

川崎浩

2014年12月24日に掲載された高倉健「歌」と「旅」。
本日は「歌」編を再掲載します。

言葉の本質を伝える低音の響き
「健さん」らしい、哀惜の情

高倉健は求道的な演技の世界だけで語られることが多いが、昭和の俳優の常で「歌の世界」との接点も少なくない。
まずもって、高倉の歌唱は、よくも悪くも「役者の歌」であった。歌手としての正規の教育は受けていないものの、森繁久弥のような言葉を本質まで伝える語りの歌と言ってよい。低音の響きのよい、ややかすれた声は、それだけで哀惜の情があり、ファンが多いのもうなずける。

◇任俠映画の主題歌

最も有名なのは、任俠(にんきょう)映画の主題歌として本人が歌った「網走番外地」(1965年)や「唐獅子牡丹」(66年)であろう。「網走番外地」が自主規制で放送禁止だったのも記憶されるところだ。録音デビューは58年の「その灯(ひ)を消すな」とされる。56年が映画デビューなので、ほぼ同時といえる。
56年は「空手打ちシリーズ」の後から「大学の石松シリーズ」と続き、翌57年は「社員シリーズ」。何とも数年後に爆発的ヒットで日本を席巻する加山雄三の「若大将シリーズ」を思い起こさせる。東映がプログラムピクチャーで高倉の方向を探っていた時代とはいえ、もし高倉の「大学生」「サラリーマン」ものがヒットしていれば、その後の「任俠もの」は生まれなかったかもしれないし、彼のヒット曲も聴けなかったかもしれないのだ。
高倉は「感覚を磨き続けるためにも美しいものを見聞きする」と語っている。それだけに写真、絵画、刀剣、自動車そして音楽と、美的趣味は大変広かった。
早逝したシンガー・ソングライター大塚博堂が好きで、特に「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」を好んだ。また、2011年の東日本大震災発生後は、山下達郎の「希望という名の光」をよく聴いていたと、関係者が語っている。

◇相手役に「歌手」多く

“音楽的”な映画も少なくない。
「幸福(しあわせ)の黄色いハンカチ」(77年)はそもそも73年、米国のポップスユニット「ドーン」が世界的にヒットさせた「幸せの黄色いリボン」が下敷きである。
高倉の相手役が意外に「歌手」が多いのにも気が付く。「幸福の黄色いハンカチ」では武田鉄矢、「駅STATION」(81年)では倍賞千恵子、いしだあゆみら数え始めればきりがない。「居酒屋兆治」(83年)でも、高倉の相手がシンガー・ソングライターの加藤登紀子であったことはくっきりと記憶されている。主題歌「時代おくれの酒場」は、もちろん、加藤の詞曲で歌唱は高倉である。

◇美空との共演が象徴的

だが、象徴的に映画と音楽の強い関係を感じるのは、美空ひばりとの共演作品ではないか。
60年から始まった「べらんめえ芸者」シリーズでの共演は、任俠もの以前に大変人気を呼んだものである。そこで高倉が歌うことはなかったが、“演歌の女王”(当時のひばりは演歌に限定されてはいなかったが……)と、リズミカルに青春コメディーを演じる姿はファンに強い印象を与えた。
62年の「三百六十五夜」には、逸話がある。
青春もの、ギャングものでもなかなか芽の出ない高倉を大きく売り出そうと、妻の人気歌手、江利チエミとの共演を話題にして東映が企画した。しかし気の強い江利は「亭主だからこそ出ない」と申し出を蹴り飛ばした。そもそも江利は東宝のスターであったから、東映に出演しにくい時代なのだが、当時の岡田茂東京撮影所長ら東映サイドは、その態度に怒り「お前は女房になめられてる。大スターになって見返せ」と高倉に発破をかけたのである。
「三百六十五夜」は、ひばりと共演し成功するが、63年に岡田は高倉を最初の任俠映画と呼ばれる「人生劇場 飛車角」に準主役で抜てきする。ここが高倉の最初の節目といえようか。

◇ブラック・レインで歌唱

映画の歌唱シーンで強い記憶を刻んでいるのは米国映画「ブラック・レイン」(89年)のキャバレーシーン。レイ・チャールズの「ホワッド・アイ・セイ」を共演のアンディ・ガルシアと歌いまくる場面であろう。
「ホワッド・アイ・セイ」がヒットしたのは59年。くしくも高倉と江利が帝国ホテルで結婚式を挙げた年である。
高倉はこの年に、江利の作詞、「黒い花びら」で間もなく第1回レコード大賞を獲得する中村八大の作曲で「愛のブルース」という曲を歌っている。ほとんどジャズと言っていい曲で、近年のベスト盤CDなどにも収録されているので、お薦めである。江利の愛情を感じる歌である。
江利に対する高倉の強い愛情も語り続けられているが、高倉主演の映画「鉄道員(ぽっぽや)」(99年)に、大竹しのぶが江利の代表曲「テネシー・ワルツ」を口ずさむシーンがある。これは降旗康男監督の計らいであろうか。

◇2曲「お蔵入り」のまま

十数年前に高倉が録音した「対馬酒唄」(荒木とよひさ作詞・徳久広司作曲)と「流れの雲に」(川内康範作詞・渡久地政信作曲、62年のフランク永井のカバー、77年の天知茂主演ドラマでもリバイバルした)という2曲が「お蔵入り」したままになっているという。高倉は関係者に「自分が死んだら出してもいいよ」と語っていたといい、近い発表が期待される。
高倉の事務所は、「生前から、賞をいただくような人間ではない、という本人の意向」を尊重し、死後に打診された幾つかの賞を辞退している。その中にレコード大賞特別栄誉賞があった。残念ではあるが、これも「健さんらしい」と納得する。
高倉健は銀幕のスターではあるが、音楽ファンとしても忘れ得ぬ大スターであったのである。

*21年生誕90周年を記念して「対馬酒唄」、「流れの雲に」は「風に訊けー映画俳優・高倉健 歌の世界ー」に収録され発売されました。

ライター
ひとしねま

川崎浩

毎日新聞元記者

カメラマン
ひとしねま

小田晴彦

元毎日新聞出版社写真部

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