「呪詛」 Netflixで独占配信中

「呪詛」 Netflixで独占配信中

2022.8.14

台湾史上最も怖い!「呪詛」 観客を巻き込むSNS時代の恐怖描写:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、村山章、大野友嘉子、梅山富美子の4人です。

高橋諭治

高橋諭治

この7月にNetflixで配信スタートした「呪詛」(2022年)は、「台湾史上最も怖い」という触れ込みがネット上に飛び交っているホラー映画だ。近年の台湾ではホラーが盛んに作られており、とりわけ「怪怪怪怪物!」(17年)、「返校 言葉が消えた日」(19年)、「哭悲 THE SADNESS」(21年)は日本でも話題を呼んだ。
ひとたびヒット作が生まれると、映画ファンはさらなる怖いホラーを望み、若いフィルムメーカーたちが競い合うようにして新たな恐怖表現にチャレンジする。かつてのJホラーがそうであったように、台湾で勢いづいているホラーのマーケットは、今まさしく好循環のまっただ中にあるようだ。


 

呪いをテーマにしたP.O.V.形式の王道ホラー

主人公は若いシングルマザーのリー・ルオナン。長らく精神的な問題を抱えていたルオナンは、里親に出していた幼いひとり娘ドゥオドゥオの親権を取り戻し、質素なアパートで新たな生活をスタートさせる。娘の成長をビデオカメラで記録し始めるルオナンだったが、アパートの内外で奇怪な現象が続発。実はルオナンには忌まわしい過去があった。6年前、恋人や友人とともに超常現象調査隊を結成した彼女は、動画サイト向けの取材のために訪れた山奥の宗教施設で、ある禁忌を破ってしまったのだ……。
本作の大ヒットで一躍注目されたケビン・コー監督は、ルオナンが子育てのストレスと呪いがもたらす怪現象にさいなまれていく現在と、宗教施設でのおぞましい出来事を映像化した過去のふたつのパートを並行させてストーリーを語っていく。
 
さらに特徴的なのは、ファウンド・フッテージものと呼ばれるP.O.V.(ポイント・オブ・ビュー)視点の演出スタイルを採用していること。〝現在〟=「パラノーマル・アクティビティ」(07年)、〝過去〟=「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」(1999年)というふうに、P.O.V.方式を代表する2大ホラーのテイストをたっぷりと詰め込んだ印象だ。

 

巧妙演出で〝嫌な〟不気味さ、感情移入

すでに世界中で膨大な量の低予算ホラーが作られているP.O.V.映画は、正直なところ筆者は食傷気味である。しかしながら「ババドック ~暗闇の魔物」(14年)を連想させる〝育児ホラー〟でもある本作には、随所に巧妙な恐怖演出が見られる。例えば、娘のドゥオドゥオがカメラには何も映っていない天井を指さし、「悪者(怪物)がいる」などと言い、ルオナンを困惑させるエピソードには〝嫌な〟不気味さがみなぎっている。自分が被った呪いによって娘までも脅かされていくことに、ルオナンが罪悪感に駆られていく心理描写も〝嫌な〟感情移入を誘う。
それ以上にコー監督が注力したのが、エキゾチックな〝宗教ホラー〟としての側面だ。かつてルオナンらが訪れた宗教施設では密教の儀式が繰り広げられるのだが、おどろおどろしいムードを醸し出す美術、小道具の気合の入りようがすごい。顔や腕など全身に経文が書かれた耳なし少女の存在感がまたインパクト絶大で、この子を主人公にした別のホラーを見てみたいと思わされるほどだ。
はたしてルオナンらがタブー破りを冒した宗教施設の地下道では、いったい何が起こったのか。その真実が記録された動画をクライマックスに据えた構成は、まさにP.O.V.ホラーの王道的な展開なのだが、本作にはそれよりはるかにゾッとさせられる、ある演出上のトリックが仕組まれている。以下、ストーリー上の決定的なネタバレを避けつつ、そのトリックについて記したい。


 

カメラ目線で語りかけるのは…

冒頭シーンでビデオカメラを回し始めたルオナンは、「皆さんは祈りを信じていますか?」と見る者に語りかけてくる。続いて宗教的なシンボル、観覧車のアニメーション、呪文を提示し、彼女はこう告げてくる。「娘の呪いを解くために、皆さんの力を借りたくてこれを撮りました。私と一緒に呪文を唱えてほしい」。これがトリックの重要な伏線になっている。
ラスト直前には、上記の伏線を回収する形でカメラ目線のルオナンが、ある〝告白〟をする。「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」がそうであったように、P.O.V.ホラーにおける主人公のカメラ目線の告白は、多くの場合、自らの最期を覚悟した〝遺言〟の意味合いが強い。ところが本作のそれは、第4の壁、すなわち映画という虚構とそれを鑑賞している私たちの現実との境界を破る行為として明確に演出されている。
第4の壁を破ることは、えてして観客を現実に引き戻し、映画への没入感をそぐことにつながりかねない。しかしSNSでの動画鑑賞に慣れ親しんだ若い世代の観客にとっては、むしろフィクショナルな映像世界にいや応なく〝巻き込まれる〟という強烈な作用が働くのではないか。この呪いはリビングルームという安全地帯に身を置く私たちにもつきまとってくる……。Netflixのランキングで「今日の総合トップテン/日本」で1位に輝き、世界的にも人気を博した本作の〝嫌な〟恐怖の本質は、そんな現代性に根ざしているのかもしれない。
 
Netflixで独占配信中。

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ライター
高橋諭治

高橋諭治

たかはし・ゆじ 純真な少年時代に恐怖映画を見すぎて、人生を踏み外した映画ライター。毎日新聞「シネマの週末」、映画.com、劇場パンフレットなどに寄稿しながら、世界中の謎めいた映画、恐ろしい映画と日々格闘している。