©2024「ディア・ファミリー」製作委員会

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2024.7.10

私にとっても大切な作品になった「ディア・ファミリー」突き進み、諦めずに全力で生きる

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

古庄菜々夏

古庄菜々夏

余命10年

鑑賞後、「もし自分が、佳美の立場だとしたらどう思う」と質問された私は口籠もってしまった。命は限りあるものだと分かっていても、自分の命のタイムリミットを意識して日々を過ごしたことはなかった。1970年代当時、心臓疾患のほとんどは不治の病だった。そんな中、心臓に先天的な疾患を抱えていた佳美は、幼くして余命10年を宣告される。


 

望んでも迎えることのできなかった今日

この映画を見て私は今、「人生のタイムリミットを意識して、精いっぱい生きているだろうか」と自問した。私たちが当たり前のように過ごしている今日は、誰かが心の底から望んでも迎えることのできなかった今日なのかもしれないということを、改めて考えさせられる。
 

家族全員で再び前を向く

佳美が生まれ育った坪井家は父・宣政を筆頭に、とにかく諦めの悪い家族だ。宣政は人工心臓が日本にまだ無いと知るや否や、自分の手で人工心臓を作ってやると立ち上がった。素人の医療器具開発なんか困難だとあらゆる医療関係者に無理だとあざけられても開発を続けた。そんな宣政を信じて家族と会社を献身的に支える母・陽子。宣政や陽子が挫折しそうになった時は姉・奈美や妹の寿美が背中を押して、家族全員で再び前を向く。
 

諦めるようなことはなかった

自分が20歳まで生きられないだろうと医者から告げられた佳美でさえ「自分でできることは、自分でやりたい」と積極的に家事を手伝い、何事も病のせいで諦めるようなことはなかった。この一言には彼女の強さと優しさが入り交じっているような気がした。もし私が同じ状況になったなら、支えてもらっているという謝意と同時に、少なからず家族の負担になっていることに申し訳なさを感じて消極的になると思うからだ。
 
 

良い話として誤解されるのも避けたかった

この映画の原作は、清武英利のノンフィクション小説「アトムの心臓『ディア・ファミリー』23年間の記録」で、物語のモデルとなったのは東海メディカルプロダクツ会長の筒井宣政氏である。

突然だが、私が高校時代に同級生と製作した映画「今日も明日も負け犬。」も、ノンフィクション小説が原作であり、起立性調節障害という病気を扱った作品だった。病気に対する諦めや悲劇だけの物語にはしたくなかったが、単純な良い話として誤解されるのも避けたかった。

実際に何度も構成や脚本を練り直し、どこまで当事者のリアルを追求して届けるかを話し合って撮影を進めていった。さらに新型コロナウイルス禍も重なり、まさに紆余(うよ)曲折の製作過程だった。しかし実話であるからこそ届けなくてはならない物語があり、実話であるからこそ人々の胸に届くものがあると信じて製作を進めていった。
 

突き進み、諦めずに全力で生きる

あれから2年、私は20歳になった。自分の夢と現実との距離を感じている。さらには同級生の就活を目の当たりにする最近は、今まで感じなかった焦りが日々募る。周囲から将来について問いただされることも少なくない。

しかし、自分が抱いた夢や目標を否定するのは自分自身より他人である。距離のある他人からすれば、無謀な挑戦などやめて、現実的な生き方をした方が良いと言いたくなる。しかし、そのような同調圧力に屈することなく坪井家は突き進み、諦めずに全力で生きる姿はとても輝いていた。自分の命があることや大切な人が生きていてくれることへの感謝を忘れずに今を大切にしたいと思わせてくれた。

映画は半永久的に見た人に寄り添い続け、己の財産となってくれる。映画「ディア・ファミリー」も、今も多くの人の命を救い続けているIABP(大動脈内バルーンパンピング)バルーンカテーテルと同じように、多くの人にとって大切な存在になるのだろう。もちろん私にとっても大切な作品になった。

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ライター
古庄菜々夏

古庄菜々夏

ふるしょう・ななか
2003年7月25日生まれ。福岡県出身。高校の時に学生だけで撮影した「今日も明日も負け犬。」(西山夏実監督)に主演し「高校生のためのeiga worldcup2021」 最優秀作品賞、最優秀女子演技賞を授賞。All American High school Film Festival 2022(全米国際映画祭2022)に参加。現在は東京の大学に通いながら俳優を目指す。

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