「敵」

「敵」©1998 筒井康隆/新潮社 ©2023 TEKINOMIKATA

2025.2.05

音声ガイド制作者が聞くモノクロであること、役者の表情のこと、女性の下着のこと 「敵」吉田大八監督インタビュー

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

筆者:

松田高加子

松田高加子

ここ数年、私にとっての敵は、年齢です。と書くと、私が年を取って老けていくことを敵視しているように聞こえるかもしれませんが、そこではなく、年齢に関しての社会通念のようなものを敵だと感じることが多々あるのです。20代からずっと活躍されている俳優の女性の笑顔がすてきな画像についていた「50代でこのかわいさは何?!」というようなSNSでのコメント。こういうものを見ると、敵の存在を感じます。この俳優は今の年齢だからこそのすてきさを備えたうえで、そこに写っているのに、と。

吉田大八監督の映画「敵」では、主人公の渡辺儀助(長塚京三)は77歳。東京都内の山の手にある実家の古民家で一人つつましく暮らしている。静かなたたずまい、清潔感のある暮らしは、一人の人間の理想的な晩年とも言える様子が見られる。一応、オチのような形でなるほどそういうことか、と敵の正体を知ったかのような気持ちにならないでもないのですが、人の暮らしの中にはあらゆるところに敵が潜んでいるな、と改めて思った作品でした。



ここでは、バリアフリー鑑賞サポートの一環である音声ガイド制作を通じて、作品紹介をしています。今回は、私は音声ガイド台本のメインの書き手ではなく、副担当。どういうことをするのかと言うと、同じ部屋のドアを「引き戸」「扉」などさまざまな言葉に言い換えてしまっていないかなどの文言のチェックや、映像とそごがないかなどをチェックする係。音声ガイドは作品を読み解く作業です。吉田監督と共に音声ガイドのユーザーである視覚障害モニターと、ナレーターに読んでもらう前の原稿をチェックするモニター会がありますが、そこにも参加しました。そして、今回は吉田監督に直接インタビューをするチャンスを得ましたので、そこで音声ガイド制作を軸に伺ったことを掲載します。
 

想像以上に刺激的で興味深い体験

松田:まず、吉田監督にとって、バリアフリー音声ガイドと日本語字幕制作は初めてだったと思いますが、私が担当した音声ガイド制作についてお聞きしていこうと思います。やってみていかがでしたか?

吉田監督(以降吉田):音声ガイドを制作した後、知り合いとか直接スタッフに話したんですけど。感動と言ったら大げさですけど、自分たちが普段、大事な映像とか音声に対していらない説明に時間を費やしてるんじゃないかっていう気づきがありました。モニター会の際に、自分が伝えたいことに対して気にしていろいろと言いがちだったんですけど、その度にモニターさんから、「いや前のシーンで こうなっててこうなってるんだから当然こうですよね」と言われたりして。 自分たちが見えたり聞こえたりすることに甘えて、想像するっていうことをおろそかにしている。それは作り手としての自分もそうだし、観客としての自分も。たとえば「随分思い切った省略だな」とか思う。昔の自分はそう思ったかな?とか、映画ってそもそも全部そんな説明に時間使うのってもったいなくない?というようなことを結構ぐるぐる考えて、そのことを周囲にも熱っぽく話しました。また機会があったら、仕上げには関わらない撮影時のスタッフも参加したい人が多いと思うので、誘いたいと思いました。そんなふうに人を誘いたくなるような想像以上に刺激的で興味深い経験でした。

松田:自分の映像が言葉になったわけですが、納得できましたか?

吉田:納得できましたよ。モニター会でいろいろ議論したじゃないですか。僕も提案したし、それで話し合って結果落ち着いたところとか、逆に僕の提案よりこうした方がいいと言ってもらったところもありましたし、「達成感」というと大げさかもしれないけど。

松田:モニター会はすごく達成感ありますよね。

吉田:あのモニター会の短い時間(約4~5時間)で映画一本の新しいものができたみたいな快感はありましたね。

松田:よかったです。音声ガイド原稿を書いたメインの担当者からも、丁寧な暮らしというのがちゃんと映像になっていたので、そこを描写することを頑張りましたということだったので、監督が納得感を持たれたのであれば、よかったです。

女性の下着を音声ガイドでは…

松田:そのメインの担当者から質問を預かってきていまして、(瀧内公美演じる)靖子のはいていた下着が、原作では「飾りも何もない白いパンティ」なのに、映像では繊細なレースの飾りのついたものでした。監督はどこまで口を出されたのでしょうか?と(笑い)。

吉田:その質問、モニター会でも聞かれた気がする。

松田:あの時はですね、書き手としては、レースであることも言いたいし、白色はもちろん言いたい。でも尺が限られているので、どこがこだわりですか? とお聞きしたのだと思います。そこをくんだガイドにしたいという意味で。

吉田:あ、そうか。原作では、「飾りも何もない白いパンティ」だった? それはさ、やっぱり筒井康隆さんの世代だとそれがスタンダードなわけで、スタンダードが違う。原作の儀助というのはさ、恐らく大正生まれなんですよ。今回は、長塚さんと年齢は同じなんですけど、世代が違うんですよ。そうなると、あの長塚さんがイメージする、いや、儀助のね、儀助のイメージするノーマルな女性の下着という時に、筒井さんとは絶対違うはず。

松田:あのシーンはリズムが大事ですよね。バッ!と見せている。なので、音声ガイドも一言でバシッと決めないといけない。「真っ白なパンティ」と一言でガイドしてあります。けれど、本当はもうちょっと言いたかった、というのが書き手からのコメントです。

吉田:レースと言っちゃうと、あとで回収しなくちゃいけないと思わせちゃうかもしれないから。

松田:覚えておかないといけないと思わせちゃうかもですよね。あそこで大事なのは、ドキッとさせることなので、「真っ白なレース付きのパンティ」と言うと、言葉が長くなってもたついてしまうので……。

吉田:白がパンッと入ったという目で見た時のインパクトに近いものが伝わるといいんでしょうね。

松田:そうです。映像の感じは一言でバシ!の感じなので。よかったです、あのシーン。

ロマンチックな男の話

松田:今回は、私はサブの担当者だったのですが、原稿を書いた担当者が、通常の音声ガイドと比較すると、ちょっと情緒的な言葉を使っていたんですね。

吉田:あ、そうなんですか。

松田:はい。ただ、正しいとか間違っているとかはないので、モニター会で文言に関して、情緒的すぎないかなと確認を入れましたが、監督は、いいと思ったというような反応だったので、作品性に合ってたんだなと思って、よかったです。吉田監督がとてもロマンチックな方だなと感じていました。

吉田:そうですか? まあ、でもロマンチックな男の話でもありますからね。主人公の決着のつけ方なんか、撮影の時に、よりロマンチックになったんですよ。もうちょっとあれはリアルというか、撮影の脚本では「背中を撃たれてみっともなく倒れる」みたいなふうな予定だったんですけど、撮影していくうちに長塚さんのロマンと、あと儀助が元々持っていたロマンみたいなもの、複数のそういうものに後押しされて、ああいう形になったのかもしれませんけど。

モノクロだから感度がビンビン立つ

松田:バー「夜間飛行」で、女子学生の歩美(河合優実)に手料理を食べたいとねだられ、「失われた時を求めて」(プルースト著)に出てくる料理ならどれでもいいとリクエストされるシーンに続く音声ガイドは初稿の時点では以下のような原稿でした。

帰宅する儀助。書斎に直行。
古いコートの前を通り過ぎ、本棚を眺める。

この古いコートは、亡くなった妻のものです。実は私も同じように見ていました。つまり、若い女性に手料理をねだられて、うきうき帰宅して、「失われた時を求めて」の原書の置かれた本棚へ行く。ドアの横につってある古いコート、昼間は懐かしむように顔を埋めるようにして匂いを嗅いでいたのに、見向きもしないのだな、と見ていたのですが、監督にはその意図はなかったということがありました。

吉田:僕は全然気がついていなかった(笑い)。見ている人がそうやって広げてくれないとつまんないですよ。でもそれももしかしたらモノクロだったから、というようなこともあるかもしれない。みんな感度がビンビン立つわけですよ。

松田:よりミステリアス感が増したりしますもんね。

吉田:色で見分けがつかないから何が映ってるかっていうのに、もうちょっと前のめりになる。前のめりになったところになんかバーンみたいな、こっちの狙いを入れるといつも以上に効果が出るってことはきっとあって。モノクロにしない理由があんまりないというかね、なぜモノクロにしたんですかって聞かれるのと同じぐらい、なぜカラーにしたんですか、ていうぐらい、もうちょっとチョイスの幅としてねモノクロが増えても全然おかしくないと思いました。ただ自分も観客の立場で考えた時、映画を何か見ようと思ってモノクロってのはちょっと身構えるじゃないですか。飛び込みたいっていう気持ちと、なかなか折り合わないですよね。モノクロで4時間の映画があって、僕それを見たいと思いながらずっとリストに入れてるだけで見てないんですけど、いつ見たらいいかわかんないですよ。 めっちゃ疲れそう(笑い)。

 松田:思い返した時に、色があったように思い返してしまうってことはやっぱり見ながら同時に、自分の中で色を塗ったりして補完しているのかもしれないと思うと、いつもより疲れているのかもしれませんね。全く見えてない視覚障害にしてみると、映像そのものに色があってもなくても変わらない。いずれにしろ、色を思い浮かべながら見ている方は多いと思います。

吉田:自分の気づきのポイントのいくつかの中で、今回の機会っていうのは自分がモノクロの理由を考えるときも一つ関係してますよね。

表情を伝えるということ

松田:最後に、ラストの儀助の表情が大事だったので、表情の描写がうまくはまらなかったらどうしよう、と懸念してモニター会に臨んでたんですよ。最後の長塚さんの縁側のシーンでの演出は、どうやって長塚さんにお伝えしたんですか?

吉田:あそこは、脚本でこういう流れでここに最後座ってますということだけで、こういう顔してくださいって僕は言ってないと思うんです。長塚さんのお出しになった表情を見て。 いいですね、ということで撮影したような気がします。

松田:共同作業なんですね。

吉田:そうです。俳優の表情に関しては、もうちょっと口角上げてとか、もうちょっと目上げてとか、言う時がないわけじゃないけど、表情の中身まではね、なかなか指定できないですよね。僕は演出が細かいってよく言われがちですけど、さすがに表情のディテールを伝えるってことはないですね。絶対に俳優はプランを持ってくるはずだし、さすがにそれにはまずは触れられない。もちろん何か違和感があったり、大きく自分のプランと食い違っているなと思ったら何か言うかもしれませんけどね。 

松田:映画では、表情で伝えるという性質のシーンが多々あるのですが、視力を失って間もない人の方が、より表情を知りたがる傾向がありまして。今どういう表情をしているの?って。こちらも、なるべく応えたいと思って書き足したりしますけど。でもその後、映画を見慣れてくると、そこは表情の説明いらないかな、と言い始めたりするんですよね。

吉田:そうすると、ガイドでの説明を引いていくわけですよね。

松田:しかもラストのシーンとなると、ここまで見てきているので、めちゃくちゃ変なこと言わない限りは、あまり聞いていないんじゃないかなと思うんですよ。既に自分の「映像」があると思うから。ですけど、私たちはガイド制作者としては、書かざるを得ないので、皆さんが最後まで見てきた作品を台無しにしないような言葉で書かないといけないんです。

(ここで吉田監督と一緒に仮当てした音声ガイド入りのラストシーンを見てみました)

吉田:(長塚さんの表情について)「穏やかな表情」って言ってましたね。なるほど。いいんですよ、それで。どう見せても映画って見る人によって違うというのは、もう作り手としては断念があるので。

松田:本当はなんて言ってほしかったですか?

吉田:いやそういうのはないですよ。そこに関しては手出しできないんですよ。穏やかだろうが静かだろうが。穏やかという言葉に対する受け止め方も人によるし。

松田:そうですね。多分視覚を使わずに鑑賞して、最後ここで穏やかな、と聞いたところで、自分の中で持っている「穏やか」で見るっていうか。

吉田:何もない穏やかではないよね。普通にね、1日働いた農家の人が最後に穏やかな顔でお茶を飲んでるというのとは違うじゃないですか。その前に、胸を撃たれて、 一回意識が飛んで、その後にしている穏やかな表情っていう。そんなにズレはないんだけどその幅の中でいろいろズレるのが、それがだから映画が豊かかどうかっていうことだと思うんですよ。監督が映画を一番理解しているとか、伝わり方について一番責任を持つという考え方はあんまり意味ないとそう思います。

松田:ありがとうございました。
 
「敵」の音声ガイドは、劇場でアプリUDCastとイヤホンを使って聞くことができます。もちろん、どなたでも聞いていただけます。ナレーターは藤井佑実子さん。作品にぴったりの声音で、心地よく聞くことができると思います。機会があれば、インタビュー中に出てきた音声ガイドの確認をしてみてください。

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